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Happiness with you 〜幸せを渇望する少年たちへ〜  作者: 漱成
序章「Dear,my...」
4/6

第2節「私達は、今日も」  ―御島 凛

 「気をつけ、礼!」

 よろしくお願いしま〜す、と、気のない挨拶が、今日も私の鼓膜を揺らした。

 入学から、一週間が経った。

 中学校のときは長いと感じていた一週間だけど、この一週間は本当にあっという間で、息をつく暇なんてないくらいだった。最近やっと高校という場所にも慣れ始めて(まだまだわからないことだらけだけど)、ようやく一息、といったところだ。

 というわけで、ちょっとこの一週間の出来事を振り返ってみようと思う。


 入学初日。亮くんともそのお友達とも(亮くんのおこぼれ?で私も仲良くしていた)クラスが別れちゃって、私自身のお友達はみんな別の高校。つまり、私にとって新宿高校1年1組とは、全くの未知の領域だったというわけだ。

 緊張でガチガチに体が固まっているのを実感しながら、ドアの前に立ったのをよく覚えている。

 (落ち着け、私)

 心臓がバクバク、その上緊張で全くその場から動けない私に自らかけた言葉がこれだ。あのときの感情は落ち着くとかじゃあ表現できないような気がするけれど、とにかくあのときの私は、その言葉で自分を奮い立たせたんだと思う。

 よし、行くぞ。そんな思いを込め、私はドアを()()()

 ――もう一度いうと、()()()()()()()()を、()()()()()

 どこに引っ張れる場所があるのか、今となってはすっごく不思議なんだけど、あのとき何故か私は、あのどう見てもスライド式のドアを引っ張って開けようと考えたらしい。当然、開くわけがない。これまた当然、私は勢い余って後ろにひっくり返った。

「…………」

 不幸中の幸いというべきか、その時たまたま、周りに人は居なかったみたいだ。肝心のドアも窓が曇っていて見通せないやつだったから、中にいる人達に見られずに済んだ。

 ――だけど、それにしても、

(恥ずかしいっ!!)

 恥ずかしさで顔から火が出そうだった。

 たった一週間前のことだろうとすぐに忘れてしまうダチョウ並みの記憶力を誇る(?)私だけど、このことばっかりは、はっきりと覚えている。恥ずかしすぎて。

 そんなだったから、私はその場でしばらく立ち尽くしていた。今思えばドアの前にぼーっと突っ立っている相当な変人だっただろう。あのとき周りに居たのが一人だけで良かったなと、ほんとに思う。ほんとに。

 で、その時居た一人っていうのが、

「り〜ん!」

「わっ、ちょっ!」

 今授業が終わるなり、人の名前を叫びながらどついてくる、この少女だったというわけだ。

 この子の名前は矢掛糸。糸って名前が結構可愛くて好きだ。行動は全然可愛くないけど。

「ま〜じダルかった〜!1日の始まりが数学ってのがまじムカつくんだよな〜!」

「えと、うんそうだね」

「……思ってないっしょ」

「思ってないよ?」

 あの先生ちょろいから、寝ててもバレないしね。お陰で数学の時間は、私が気持ちよく寝るための時間になってる。

「お前、さては寝てたな?このやろ!」

「ちょっ、やめ、痛い痛い!」

 思い切りどついてくる糸から必死で逃れた。毎度のことながらこれ、めっちゃ痛い。

 ……何となく分かってると思うけど、糸は生粋のギャルって感じの少女だ。

 まあこの学校に来る時点で頭はいいんだろうし、髪染めてもないし、タトゥーいれてもないし、ピアスも空けてない。けどなんていうか、話し方とか。立ち居振る舞いみたいなのがもう、まんまギャル。

 そんで、

「おい穂華ー!優香ー!凛のやつ、まぁたサボってたぞ〜!」 

「え、また〜?ちょっとりんりん、あたしらより集中力ないってもう終わりじゃん!マジウケる!」

「それな〜。……ってかそんなことより誰かジュース買い行くのついてきてくんね?」

 騒がしいギャルがまた二人増えた。柏木穂華に、蒼井優香。

 ――一応言っとくけど、私自身はギャルじゃないからね?私は至って清楚で健全な女の子なんだから。……多分。

 でも、そんな事抜きにして、この子達と一緒にいる時間はとっても、――楽しい。

 笑い合って、ふざけ合って、たまに一緒にバカやって。たったそれだけで、一人じゃないんだなって、思える。

「あぁ、そう言えばりんりん、さっき寝てるのあたし見たわ。すっげぇ幸せそうな顔してたよ〜?」

「ちょ!?それは言わない約束だって!」

「それウケる!今度盗撮しようぜ!」

「盗撮するって本人の前で言うことじゃないんだって!!」

 ――だけど、そうやってじゃれ合ってると、たまに少しだけ、胸の奥がきゅうって締め付けられる瞬間があるの。

 亮くんの、こと。入学式のあの日、亮くんが言ったことを、私はまだ忘れられない。

 

 ――頼むから分かってくれ。もう、お前しかいないんだよ!!

 

 あの時亮くんと交わした約束を、結局私は破ったまま、そのことは亮くんには黙っている。

 最近の亮くんは、様子が少し変だ。以前みたいに笑わなくなって、私の言葉にも、以前のようには応えてくれなくなって。

 ()()()()の後、亮くんは変わってしまった。もう、以前の彼の面影は、どこにもない。

 だけど私は、信じたい。優しくて、誰よりも他人思いな亮くんは、まだちゃんと、そこにいるって。

 ――私達は、今日も元気です。


 

 病室の空気を揺らし続けていた、キーボードの音が止む。

 大きく背伸びをすると、私はモニターに映し出された文字列を見つめた。

 つけ始めたばかりのこの日記。まだ拙いけれど、私なりになるべく詳細に、なるべく学校での一つ一つの出来事を思い出せるように、書いた。

 お母さんが目を覚ました時に、すぐにお話を聞かせてあげられるように。

 楽しい思い出も、ちょっと恥ずかしいようなことも、ぜんぶ……。

 そこで顔を上げ、隣のベッドを見やる。

 そこには、1ヶ月前から眠ったままの、お母さんの姿があった。

 明るくて、優しくて、ちょっと天然で。

 そんな、自慢の、お母さん。

 ――そんなお母さんをこんなふうにした、あの人のことは、今でも許せないけど。

 だけど、それでもお母さんは、きっと……。

「……また来るね、お母さん」

 私はそう囁いて、病室のドアをそっと、閉めた。

 

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