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第7話 チャンスについて


「私はこの部隊を任されるにあたって、総司令官のマクシミリア元帥から任務を命じられています。……と、その前にまず、現状の説明をしましょうか」


 大佐服の累は、長机の上に広げられた戦略地図を俯瞰しながら言った。


「私たち公国軍、その主力は現在約1万人。この街から東に30キロ――」


 累はつい、感心して言葉を止めた。

 30キロとか言ったけど、単位とかもちゃんと相互翻訳してくれるのめっちゃ都合良いですね、この異世界。まあいいや。


「こほん。私たちヴァイエル公国軍は現在、この街から50キロ東に離れた要塞を中心に防御陣地を築いています。

 要塞内の2000の兵士と、外の8000の兵士が、相互に援護する形の防御態勢ですね。まあ強固な布陣と言えるでしょう。

 対して敵軍、ハプストリア帝国軍は3万の兵士が前面に展開中。その後方には大よそ1万の予備部隊、合計戦力4万が控えているようです。皆さん、どう思います?」


 ヴラド大尉が真っ先に言った。


「まずいすね」


 彼は一度くしゃみをして鼻から花弁を出した。失敬と言って続ける。


「戦争は防御側が有利です。攻撃側より少ない人数でも持ちこたえられる。とはいえ、1万対4万じゃ物量差が大きすぎます。このままだと、いずれ押し込まれて負けちまうでしょうね」


 その遠慮のない物言いに、周囲の士官たちが白い目をした。

 しかし累としては好印象だった。変な遠慮をせずに、ちゃんと悲観的な現状分析を言ってくれる方が良いと思う。


「私もそう思います。なので、可及的速やかに手を打つ必要があるというのが、私とマクシミリア最高司令官の共通見解です」


 そこで累は勝手に最高司令官の名前を出した。自分の発言にはくをつけておくためだ。


「よって私たちに下された任務は、敵軍の補給線を断つことです」


 累の言葉に、士官たちは頷いた。

 それは起死回生の一手としては最も妥当で教科書的な提案だったからだ。

 

 補給線とは、作戦線、後方連絡線などと呼ばれる軍事上の概念である。

 この時代の軍隊とは銃を持った人間の集まりである。彼らは家に帰らず、集団で野外キャンプをしながら戦場まで歩き、戦う。

 だから常に必要とするのだ。衣食弾。着替えと水と食料と、そして弾薬を。

 それはどんな大軍でも例外はない。いや、大軍だからこそ、より強くその制約に縛られる。なぜなら、単純に人数が多ければ消費する物資の量も輸送コストも増加するのだから。


 これがざっくりいえば兵站という概念であり、そのため軍隊の後ろには食料や物資を乗せた馬車などがひっきりなしに往来する輸送ルートが作られることになる。

 まるでへその緒のように、一つの軍隊の背中から補給基地までをつなぐその線を指して、一般に補給線と呼ぶ。

 それは軍隊が人間の集団である以上、活動するために絶対に欠かせない生命線ライフラインである。

 だから、切断しに行くのだ。


「というわけで、私たち第十六独立歩兵連隊はこれから敵の背後に回り、その物資補給線を壊滅させます」

「無理ですよ。大佐」


 ヴラド大尉が手を挙げた。


「俺らはたった1000人の一個連隊です。敵の補給線はざっと10本はありますし、その全部を襲うなんてとても手が回りません。それに、敵だって補給線が襲われることぐらい承知でしょうから、防御用の部隊もいるはずです。

 現実的に考えるとですね、我々にできるのは精々輸送馬車をちまちま襲ったり、橋を壊したり道に木を倒したり、地味な嫌がらせをするのが精々かと」


 コンビニに例えよう。

 敵軍を構成する各部隊を、それぞれコンビニ店舗だとする。それらを戦闘不能、つまり営業停止に追い込むことが累たちの目的。

 そのための補給線の切断とは、店舗に商品を運ぶ輸送トラックが通行できないよう、幹線道路を通行止めして物理的に遮断することだ。

 しかし、すべての道路でそれを実行するにはあまりにも人手が足りず、かつ、道路を通行止めするこちらを敵がそのまま放置してくれる訳がない、というのがヴラド大尉の意見。

 以上を踏まえて、累は言った。


「その通りです、大尉。ですから私たちの狙いは、敵の補給線そのものではありません」

「え? いや、さっき補給線を壊滅させるって」

「ああ。すみません。誤解させてしまいました。壊滅させると言ったのは、元を断つという意味でした」


 つまりは。


「私が提案するのは敵の補給線ではなく、その出発点、敵補給基地への攻撃です」


 コンビニ店舗が軍の各部隊、商品輸送のトラックと道路が補給線。

 ならば補給基地とは、トラックが出発する物流センター倉庫である。

 工場で作られたコンビニ商品は、まず巨大な物流センター倉庫に集められて仕分けされ、それからトラック一台に店舗ごとの商品群として乗せられ出荷される。

 この物流センター倉庫、すなわち補給基地を焼き払ってしまえば、そこから補給を受ける全てのコンビニ――つまり帝国軍全体が戦闘能力を失うことになる。


 補給の喪失とはそういう事なのだ。次の日から飯も水も抜き、弾薬の補給もなしで戦えと言われて戦えるだろうか? 普通に生活することすら困難なはずだ。


「帝国軍は補給線そのものへの攻撃は想定しているでしょうから、もちろん防衛戦力が用意されているでしょう。が、基地そのものは手薄なはずです。襲撃されることを想定していませんから」


 累の提案に士官たちはどよめいた。もちろん、悪い意味で。

 なぜなら累の語った計画は、あまりにも現実離れしていたからだ。

 理由は単純。距離の問題を無視していたからだ。


 士官の一人が、机上の戦略地図に目を落とした。

 帝国軍の補給基地は、前線からさらに東に150キロの直線距離にあると判明している。もちろんそこまで最短距離はとれない。見つからないように迂回しなければならないので、実際の歩行距離は200キロほど。

 通常、軍隊が歩ける距離は一日で約20キロ。ざっと見積もって徒歩で十日ほどかかる距離だ。

 累の言葉通り、そこまで戦線から離れた場所ならば手薄だという、その点だけは軍事上の常識からも正しいのだが――。

 ではここで問題が発生する。その十日分の自分たちの補給はどうするのだろう?

 士官の一人が発言した。


「恐れながら、聖女様は軍隊の常識を分かっておられないようです」


 奇襲をかけに行く自分たちだって、食料や水は必要なのだ。つまり十日分の補給を後ろに伸ばした補給線から受けなければいけないわけだが。

 補給線は、距離が長ければ長いほど輸送コストが跳ね上がる。なぜなら物資を運ぶ馬車そのものも、その間に大量の水と食料を消費するのだから。


 なおかつ占領下の土地で、道幅の広く便利な幹線道路を利用できる帝国軍と違い、累たちは彼らに見つからないよう、誰も通らないような悪路しか使えない。

 そんな状況で十日にもわたり合計200㎞の補給線を伸ばすことなど、どこの世界の軍隊にも不可能だ。


 それにそもそも、そんな長距離を十日間も補給線を伸ばしながら動けば、途中で必ず見つかってしまう。

 見つかれば終わりだ。4万の帝国軍が差し向ける討伐隊によって、累たち1000人の1個連隊は簡単に殲滅せんめつされてしまうだろう。


 要約するとそのように、その場の全員が累に反対意見を表明した。

 累は穏やかに沈黙したままそれに耳を傾けて、意見が出尽くしたタイミングを見計らって口を開く。そして、全員の度肝を抜いた。


「十日もかけませんよ」

「え」

「二日で十分です」


 全員が耳を疑い、次に累の正気を疑った。


「十日ではなく、私たちは二日で200キロを歩き、帝国軍基地を襲撃し、これを壊滅させます」


 こらえきれなくなったように、士官の一人が叫んだ。


「そんなこと、不可能です!」


 その言葉に、累ははっとした。

 ――あ、これ、チャンスだ。

 一生に一度、死ぬ前に言ってみたかったあのセリフを言える。

 絶好の、千載一遇の。ボナパルトチャンスだ。


「すうーーっ……!」


 累は咄嗟に深呼吸をした。緊張しすぎて、十回ぐらいした。


「せ、聖女様……? あ、あの、大丈夫ですか……?」

「ハアハア……だ、だだ、大丈夫です。そ、それよりも……さっきの言葉をもう一度お願いします!」

「え?」

「もう一度、早く!」


 戸惑いながら、士官は累に言われたように、同じ正論を繰り返した。


「に、200キロも先の補給基地を二日で攻略するなんて、絶対に不可能です!」


 累は言った。


「私の辞書に、不可能という言葉はないんですよ」


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