第13話 勝利について
ハプストリア帝国軍側前線、司令官天幕にて。
「わ、我が軍の補給基地は完全に壊滅し、集積していた軍需物資も焼き払われた模様! 今日も含めて、全戦線の部隊にわたって以降の補給は絶望的な見通しですっ!」
オットー将軍は、呆然としたまま報告を聞いていた。
「馬鹿な……」
なぜ、補給基地が襲撃されるのか。
同様の報せを受けて、天幕にやって来ていた参謀が言う。
「あ、あの……まさか、二日ほど前に目撃された敵軍の仕業では」
「まさか!」
オットー将軍は二日ほど前に、部下からある報告を受けていた。
曰く、敵の一個連隊ほどが前線を迂回しこちらの後方に回り込もうとしている。背後連絡線への攻撃が目的であると考えられるため防衛と索敵を厳にするよう対処した、という報告だったのだが。
まさかその一個連隊が? 補給線ではなく基地を狙って攻撃したのか?
混乱気味に呟いた参謀に、オットーは首を強く横に振った。
「馬鹿な事を言うな! そんなことが、あり得るものかっ! 前線から補給基地までたった二日で歩いて行けるはずなどない! たとえ二日間徹夜で歩いたとしてもたどり着けるか怪しい距離だ! 仮にそれができたとしても……二徹で歩かされた兵士がまともに戦えるわけがないだろうがっ!」
そんな作戦は軍隊に、いや人類に実行不可能だ。
「て、敵国には奇跡の力を使う聖女が言い伝えられておりますが……」
「馬鹿な。それこそ、ただのおとぎ話だ!」
オットー将軍は士官学校で、戦争とは盤上遊戯のようなものだと教わった。一手一手、互いに兵隊を進めて、敵陣に入って王を取るゲームだと。
だがしかし、だ。
いきなりこちらの背後に瞬間移動のごとき速度で侵入してくる敵兵への対処など、教わっていない。
オットー将軍は唐突に直面した理不尽を否定するように、かぶりを振った。
「ええい! そんな世迷言はどうでもいい! 恐らく、かなり前からこちらの背後に潜んで襲撃の機をうかがっていた敵兵がいたのだ! そ、それよりも今は……」
補給線が元から絶たれた今、もう悠長に構えていられない。
いっそまだ余力があるうちに、強引に敵に総攻撃を仕掛けるか。勝てれば、敵の物資を奪って補給できる。
が、もし負けなくとも、敵に24時間以上持ちこたえられれば、自分たちの補給が途絶えた上で手持ちの物資も使い果たしてしまう。
そうなれば本当に弾も食料も水もない状態で敵陣に孤立してしまう。そんな状況では四万の数など何の頼りにもならない。敵の逆襲を受ける前に、内部崩壊してしまうのが先だろう。
副官が言った。
「閣下」
「なんだ」
「い、一時撤退を進言します」
「わ、分かっている。今考えているところだ!」
被害を最小限に抑えて撤退するなら、機会は今しかない。だが。
(こ、こんな田舎国家の雑魚軍隊相手に撤退など……! そんなことをすれば、この私のプライドが! それに本国の連中から何を言われるか……!)
オットー将軍はわなわなと震えた。
(い、いや、多くの兵士たちの命がかかっているのだ。彼らにも家族がいるのだ。自分の事を気にしている場合では……い、いや、でもやっぱり私の評価が……ぐ、ぐぐ~~っ‼)
沈黙は続き、やがて、将軍は絞り出すように言った。
「……撤退する」
※ ※ ※ ※ ※
「お、帝国軍、撤退始めたっぽいね」
帝国軍からの激しい砲撃を受ける要塞の屋上にて、公国軍総司令官、マクシミリア=ヴァイエルは呟いた。
この日の早朝に、彼は一時留守にしていた要塞に戻っていた。
「敵は明らかに総攻撃を始めているようです。危険ですので、中へ」
砲弾の雨の中、護衛と個人秘書を兼ねた副官が忠告する
しかしマクシミリアは、首を横に振った。
「違うさ、エヴァン。この砲撃は偽装だよ。こちらに悟られずに退却するための威嚇だね。退却中の荷物を減らすのも兼ねて、どうせなら砲弾を使い切る腹だろう」
彼の現状把握は驚くほど正確だった。なぜならマクシミリアは昨日、クラウスブルク市の庁舎にて、ターチャから知らされていたからだ。
累の襲撃によって、敵の補給基地が壊滅したことを。
よって、銀髪の公子は怜悧な瞳を光らせた。
「敵の砲撃が止み次第、こちらから打って出ようか。そうすれば退却中の敵の背中を追撃できる。こっちの被害はほぼ出ないよ」
「はい。将兵たちに伝達いたします。それでは、ご一緒に中にお戻りください」
「うん」
副官とともに、マクシミリアは屋上を去った。
屋内への階段を下りながら、彼は感心したように呟いた。
「あの聖女マジで頭おかしいけど、メッチャ使えるなあ……」
その日、帝国軍4万の主力は、公国軍の防衛線に全力の砲撃を加えた後、撤退していった。
しかしヴァイエル公国軍はその動きを即座に察知し、撤退する帝国軍の背後へ追撃を行い、大きな戦果を挙げた。
ハプストリア帝国軍は予期せぬ攻撃により大混乱に陥り、大きな被害を出しながら国境付近まで撤退した。
結果として、累の率いる第十六独立歩兵連隊の活躍により、ヴァイエル公国は滅亡の危機を脱したのである。
※ ※ ※ ※ ※
そして。
累たち第十六独立歩兵連隊は、再び二日の徹夜行軍を経て、クラウスブルク市に帰還した。
大通りの左右に並んだ大勢の市民たちが、割れんばかりの喝采を送る。
その中央を、累を先頭に十六連隊の兵士たちは行進していた。
「よくやったぞ!」
「英雄どもの御帰還だ!」
惜しみない拍手と歓声の雨が、合計で一週間弱を飲まず食わず眠らず、死ねぬままに駆け抜けた男たちの汚れた顔に降り注いだ。
行進しながら、兵士の一人が涙をこらえながらつぶやいた。
「……なあ、俺さ」
「な、なんだよ……」
「こんなに、人から褒められたの……人生で初めて」
「お、俺だって……親にも褒められたことなかったし!」
男たちは涙ぐむ。この時代、兵士たちの大半は貧しい家の生まれだ。
彼らは世間から爪弾きにされ、酒が飲めるからという理由だけで兵士になった。
そんな彼らは今この瞬間に初めて、社会から承認された。
「聖女様に付いてって、良かった」
「そうだな。水も飯もなくて、苦しかったけど、死ぬかと思ったけど」
涙ながらに言った。
「生きてて、よかった」
――累は、先頭で旗を持つ兵士のすぐ後ろを歩きながら、群衆に向けて微笑んだ。
人並みの承認欲求が満たされる。こみ上げてくる達成感が心地よい。
そこでふと、累は出発前にターチャからもらったハンカチを取り出した。
ずっと胸元にしまっていたそれは、赤く血で汚れていた。
「ふふ」
累はそれに口づけすると、もう一度胸元にしまい込んだ。
そこで、思いついた。
そうだ、アイドルみたいに笑顔で手を振ってみよう。
「みなさーん! ありがとうございます!」
これからもっと、もっと、もっともっと殺しますから。
応援、よろしくお願いしますね!




