第12話 騎兵について
「んー、まだか……まだだな、もう少し」
「大尉、何やってるんですか」
「タイミングを図ってんだよ」
西の丘の上にて、ヴラド=パイク大尉は混乱を極める敵補給基地を見下ろしていた。
そこは帝国軍の防衛砲台があった場所だ。
累たちによって最初の砲撃を受けた後、帝国砲兵たちも反撃しようとした。
そこに突撃侵入し、砲台を占領したのがヴラド大尉たち。きっかり三分で砲撃を一時停止し、その隙に騎兵で占領するという、味方砲兵との事前の打ち合わせの成果である。
ヴラド大尉は、双眼鏡で丘の下を眺めながら、部下に聞き返した。
「お前、実戦は初めてか」
「はい」
「そうか。じゃあ教えてやる。騎兵の役割は大きく三つだ。一つは追撃。逃げる敵を追いかけて殺す。これが一番大事な仕事。二つ目は偵察、敵のとこに行って、見て帰って報告する。そんで最後が――」
「あの、伝令とかって」
「あ? お手紙の配達なんて馬に乗れば誰でもできるだろ。わざわざ俺たち騎兵使うかよ。歩兵部隊にだって伝令用の馬ぐらいあるしな」
「そ、そうなんですか。すいません。じゃあ、最後の役割って」
「ああ、そいつはな……」
そこで言葉を切って、ヴラド大尉は双眼鏡を胸襟にしまった。
「今からやるぞ――突撃準備」
その視線の先では、炎と煙から逃れた帝国兵たちが、基地の東側に集結しているところだった。彼らは反撃の準備に手いっぱいで、丘の上のヴラド大尉たちに気付いている様子はない。
ヴラド大尉は、辛うじて戦闘隊形に整列した彼らの横腹を見つめて。
「突撃」
獰猛な笑みを浮かべて手綱を打った。
待ちかねたような愛馬のいななきとともに、ヴラド大尉は丘を駆け下りる。背後から百の騎兵がそれに続く。土を蹴立てて轟く蹄の音が万雷のように響いた。
そこでようやく、帝国兵たちは背後の丘を見上げて気が付いた。
「き、騎兵だとっ‼⁉」
騎兵突撃。
大きく重い軍馬が疾走してぶち当たる。その威力はもはや、軽自動車の集団がつっこんでくるに等しい。
全く無防備で背後からの突撃を食らった帝国兵たちが、まるで蹴散らされる落ち葉のように宙を舞う。
敵歩兵の戦列に対して奇襲を仕掛け、その衝撃力によって一撃のもとに粉砕する。
それが騎兵最後の役割にして、彼らが戦場の花形である理由である。
これに歩兵が対抗するには四角く集まった方陣を組み、銃剣の切っ先を外に向けて馬の本能を恐怖させ、自分から避けてくれるようにするしかないのだが。
「ほ、方陣を組――」
「遅えよ!」
ヴラド大尉は馬上から、敵兵の帝国語の叫びに応えるようにサーベルを振り下ろした。
馬の筋肉が生み出す速度に乗った刀身が、野菜のように容易く敵兵の首をはねる。
「はっはー!」
思わず、ヴラド大尉はご機嫌な声を出す。
しかし騎兵突撃は、突撃する方も無事ではすまない。
時速100キロ超で疾走する馬から落ちれば即死ないし重傷。たとえ死ななくとも、動けなくなったところを敵兵、あるいは味方の馬に潰されてしまう。
実に物理的な問題として、ぶつかる方にも反作用が発生する以上、避けられない損害である。
だから戦場では、特に騎兵の死亡率が高い。三十歳まで生き残っている騎兵は腰抜けと言われるほどである。
だが、ヴラド大尉は臆さない。恐怖を感じない、わけではない。
けれど、その上で、震える手で手綱を握りしめ、馬を返してもう一度。
一回ごとに死ぬかもしれない突撃を再度行う。
「はは、はは、はっはー!」
そのスリルを楽しむことができるからこそ、彼は天性の騎兵だった。
※ ※ ※ ※ ※
累は呆然と、その光景に見惚れていた。
人馬一体の高速走行物体が、隊列をぶち砕き帝国兵たちを吹き飛ばしていく。
白い軍服が次々と舞い上がり、叩き落され、無数の蹄に潰された血まみれの切れ端が地面に広がる。
「わあ……!」
累はまるで、初めて遊園地にやって来た少女のように声をあげた。
歓声を上げて敵の戦列をぶち抜き、またUターンして戻っていくヴラド大尉が見える。
そして馬上から閃く騎兵用のサーベルが、稲刈りのように逃げ惑う命たちを刈り取っていく。
累の中で、ナポレオンの戦記が再生された。ミュラ、ルクレール、ケレルマンの騎兵突撃もこんな感じだったのだろうか。
ずどどど、と馬の蹄が地面を震わせる。命を踏み潰す音が響く。
ぞくぞくと、累は下腹部を震わせた。
『あ、あの……ルイ様?』
「へ……あ、ああ。すみません。ちょっとイってました」
『え?』
「いや、何でもありませんよ」
ターチャからの言葉に頭を振る。いけない、まだ仕事中だった。
「ターチャさん。マクシミリア総司令官へ、この結果を報告してくれますか」
『は、はい!』
半透明のターチャが消える。ターチャ本人が活動中は、どうやら累には話しかけられないようだった。
さておき、これで決着はついただろう。
間もなく、基地にいた帝国兵たちは全て無力化したと、累は部下からの報告を受け取った。
ならば、次にすることは決まっていた。
「焼き払ってください。跡形もなく」
累の命令により、基地に火が放たれた。
立ち並ぶ倉庫が、物資もろともパチパチと燃えはじめる。勿体ないが、持っていくことはできないので仕方なかった。
「さて……負傷した人は今のうちに私の所へ来てください」
負傷兵たちの治療を始める。その最中に、累は見つけた。
「――」
目があった。その男はもう死んでいた。
累は、男の顔を覚えていた。行軍中に励ました兵士の一人だった。
治癒の力は、死者をよみがえらせることはできない。
「……」
累は、心配していた。
もしも、自分に良心があったらどうしようかと。
敵兵を殺しても、累は平気だった。
しかし、死んでしまった味方を、自分の命令によって命を落とした人間を見て。
その頬を、一筋の涙が伝った。
「……ありがとう、ございます」
それは、悲しみや後悔の涙ではなかった。
累の胸に沸き上がったのは感謝。ただただ圧倒的な、感謝だった。
思わず膝をつき、その場で手を合わせて感謝する。
ありがとう。
私のために死んでくれて本当にありがとう。
どうか、安らかに眠ってください。
あなたが寂しくないように、これからたくさんそっちに送りますから。




