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第十七話 二つの戦線

 「軍神」ヴァルガスの死から一月。エレジア大陸に平和は訪れなかった。

 東方の脅威は去ったが、今や王国は南と西、二つの戦線に同時に直面するという、建国以来最悪の事態に陥っていた。

 南では、「賢者」アルドゥスが自らを「新世界の神」と称し、魔力によって支配下に置いた南方諸国連合の軍勢を率いて、王国の穀倉地帯へと侵攻を開始していた。

 彼の軍は、魔法によって強化された兵士だけでなく、古代の魔導書から召喚された異形の魔物をも擁しており、その進撃は熾烈を極めた。

 西では、「影の手」セレーネが、巧みな外交術と謀略によって、長年王国と中立を保ってきた西方の商業都市国家群「三国同盟」を味方につけていた。

 表立った軍事侵攻はないものの、セレーネの「影」は王国内部に深く潜入し、要人の暗殺や流言飛語による人心の攪乱など、じわじわと王国を内側から蝕み始めていた。

 王都の玉座の間では、連日、重苦しい軍議が続けられていた。

 玉座の王の前には、王国の将軍や貴族たちが居並び、カイル、リィナ、そしてリアムもその末席に控えている。

「アルドゥスの軍を放置すれば、この冬、王国は飢えることになります!全軍を南に集結させ、奴を討つべきです!」

 ある将軍がそう叫ぶと、別の貴族が反論する。

「馬鹿を言え!その隙に、西の三国同盟が攻めてきたらどうする!セレーネの恐ろしさは、戦場にはない。我々の寝首を掻くことにあるのだぞ!」

 議論が紛糾する中、玉座の王は、地図を睨み続けていたカイルに問いかけた。

「カイル・ヴァーミリオン。君の意見を聞かせてもらおう。我々は、どちらの敵を先に討つべきだと考える?」

 カイルは静かに顔を上げ、一同を見渡した。

「どちらも、です。しかし、やり方が異なります」

 彼の言葉に、議場がざわめく。

「リアム殿には、王国軍の主力を率いて南方戦線に向かっていただきます。目的は、アルドゥスの撃破ではありません。彼の進撃を、可能な限り遅延させること。防衛に徹し、王国が誇る要塞線で、来たるべき決戦の時まで持ちこたえていただくのです」

「では、西はどうするのだ!」

 ある貴族が鋭く問うた。

「西の脅威は、軍隊ではありません。セレーネという一人の女が結んだ、『偽りの同盟』です。軍で攻め滅ぼせば、他の西側諸国をさらに敵に回すだけ。この問題は、軍ではなく、別の方法で解決すべきです」

 カイルは王に向き直り、はっきりと告げた。

「セレーネの作り上げた蜘蛛の巣を、内側から断ち切るのです。偽りの密書を作成し、彼女と西側諸国の間に相互不信の種を蒔きます」

 そのあまりに大胆で、危険な計略に、議場は再び騒然となった。

 リィナは、その狡猾な計画に、思わず不安そうな声を漏らした。

「ですが…人を騙すようなやり方は、本当に正しいのでしょうか…」

 その声は、重々しい軍議の場ではかき消されそうなほど小さかったが、玉座の間に響き渡った。

 貴族たちが、理想論を口にする若輩者を冷ややかに一瞥する。

 その時だった。

「勝利のためなら、時に毒も薬になる。お嬢ちゃんのその甘さが、一番の命取りだぜ」

 部屋の隅で壁に寄りかかり、腕を組んで黙っていたリアムが、初めて口を開いた。

 その場違いなほどぶっきらぼうな口調に、全ての視線が彼に集まる。

 リアムは、居並ぶ将軍や貴族たちを意にも介さず、カイルに向き直った。

「で、坊主。お前のその回りくどい計画を要約すると、つまり、『あいつより、もっと上手い嘘をついて、仲間割れさせる』ってことでいいのか?」

「…概ね、相違ありません」

 カイルが動じずに答えると、リアムは満足そうに口の端を吊り上げた。

「気に入った。単純で、悪党らしくていい。よし、その作戦、乗ってやる」

 リアムのその不敬とも取れる態度に、貴族の一人が色をなして叫んだ。

「無礼者!王の御前であるぞ!」

 しかし、それを制したのは、玉座の王自身だった。

 王は、カイルの冷徹な論理と、リアムの型破りな奔放さ、そしてリィナの揺るぎない良心、その三つの不協和音が、奇跡的な均衡を生み出していることを見抜いていた。

「…良かろう」

 王は、静かに、しかし威厳のある声で言った。

「カイル・ヴァーミリオンの策を採用する。リアム卿は南へ。カイル、リィナは西へ向かえ」

 こうして、王国の命運は二つに分かたれた。

 リアムは、国の存亡を賭けた防衛戦のために南へ。

 そしてカイルとリィナは、見えざる敵との諜報戦を繰り広げるため、西の三国同盟の中心都市、港湾都市リューベックへと旅立った。

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