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静寂に潜む影

 夜明け前の冷気が、薄く埃をかぶった窓ガラスを白く曇らせる。

 その冷気は、まるで生き物のように床を這い、カイルの素足から体温を奪っていく。

 その乳白色の向こうで、まだ夜の支配から逃れられない空が、深い藍色をしていた。

 それは、彼が時折夢に見る、絶望の淵の色によく似ていた。


 カイル・ヴァーミリオンは、荒い息と共に悪夢の底から浮上した。

 喉の奥が砂のように渇き、心臓が警鐘のように激しく脈打っている。

 全身を鉛の外套のように拘束する倦怠感と、シーツが冷たい汗でじっとりと肌に張り付く不快感が、彼を現実へと引き戻す。


 宿舎に割り当てられた三階の簡素な部屋は、しんと静まり返っていた。

 しかし彼の耳には、まだあの轟音と、引き裂かれるような悲鳴が、生々しくこびりついている。

 まるで自分の血が激流となって体内を駆け巡るような音が、耳の奥で鳴り響いていた。

 また、あの夢だ。

 忌まわしい、焼き付いた記憶の残滓。

 忘れたくとも、彼の魂に刻み込まれた烙印。


 ——熱い。肌を焦がす熱風。呼吸をするたびに、肺が灼けるようだ。吸い込む空気そのものが、見えない刃となって気道を切り裂き、鉄錆のような味が口内に広がる。


 ——黒煙が空を覆い、昼のはずなのに夜よりも暗い。舞い上がる火の粉が、地獄の蛍のように闇を彩り、恐怖に歪んだ人々の顔を悪鬼のように照らし出す。昨日まで「おはよう」と挨拶を交わしたパン屋の親父の、小麦粉と汗の匂いがしたはずの顔が、信じられないほどの苦痛と憎悪に歪んでいる。


 ——誰かの絶叫。甲高い女の声。野太い男の怒号。そして、全てをかき消すような、赤ん坊の泣き声。それは、世界の終焉を告げる産声のようだった。


 ——木が軋み、家々が崩れ落ちる轟音。長年親しんだ我が家が、巨大な獣に噛み砕かれるかのように、無惨な音を立てて砕け散っていく。石畳がめくれ上がり、大地そのものが断末魔の叫びを上げている。


 ——巨大な影が空をよぎる。見上げる暇もなかった。ただ、その影が通り過ぎた後、世界が真っ赤に染まった。まるで、天が裂けて血を流しているかのようだった。その影は、絶望の象徴であり、圧倒的な力の顕現だった。


 ——『カイル!』


 ——誰だ。俺の名を呼ぶのは。聞き覚えのある、優しい声。熱を出した夜、冷たい濡れタオルで額を拭いながら、歌を歌ってくれた、温かい手で頭を撫でてくれた、母か?


 ——『カイル!生きろ!』


 ——力強く、絶望に満ちた声。分厚い胸で抱きしめてくれた、大きな背中。俺に剣の握り方を教えてくれた、父か?


「…くそっ」


 カイルは乱暴に頭をかきむしり、ベッドから上半身を起こした。

 記憶はいつもそこで途切れる。

 思い出そうとすれば、頭蓋の内側を焼けた針でかき混ぜられるような激痛が走り、思考は霧散する。


 彼は窓際に寄り、虚ろな目で白み始めたストーンハート領の街並みを見下ろした。

 石造りの家々が夜の藍色からゆっくりと輪郭を取り戻し、静まり返った石畳は朝露に濡れて鈍く光っている。

 遠くのパン屋の煙突から、細く白い煙が立ち上り始めているのが見えた。

 平和そのものの光景が、彼の内なる混沌をより一層際立たせる。

 その静けさが、かえって耳鳴りを悪化させた。


 彼は自分が何者なのか、その出自を正確には知らない。

 確かなのは、物心ついた時には王都の孤児院にいたということだけだ。


 伝え聞くところによれば、彼は、竜と英雄の戦いによって焼き払われたという『名もなき村』の跡から、唯一の生き残りとして発見された幼子だったらしい。

 「カイル」という名前以外の全ての記憶を失い、身元を示すものは何もなかった。

 彼の姓である「ヴァーミリオン」——燃え盛る朱色を意味するその名も、発見時の状況から孤児院の院長が与えたものだ。


『お前は炎の中から見つかった。だが、炎に焼かれ尽くすのではなく、炎そのもののような生命力で生き残った。ならばその名を名乗り、強く生きなさい』


 皺だらけの優しい手で頭を撫でながら言った院長の言葉を、彼は今でも覚えている。

 自身の出自を持たない男。それがカイル・ヴァーミリオンだった。


 失われた家族の手がかりを、そして自分が何者なのかを知りたい。

 その一心で、彼は勉学と剣の修行に没頭した。

 孤児院の子供たちが寄り添って眠る夜も、彼は書庫の隅で蝋燭(ろうそく)の灯りを頼りに古い書物を読み漁った。

 冷たい石の床、(かび)と古い紙の匂いだけが、彼の幼い頃の友人だった。


 特に彼が惹かれたのは、竜に関する記述だった。

 英雄譚に描かれる邪悪な怪物としての竜ではなく、それ以前の、神話の時代に語られる、自然の化身としての竜の物語。

 彼はそこに、自らの失われた過去の鍵があるのではないかと、漠然と感じていた。


 彼の才能はすぐに開花し、奨学金を得て王都の士官学校へ進学すると、学業、剣技ともに常にトップに立ち、開校以来最高の成績を収めて首席で卒業するという快挙を成し遂げた。


 だが、彼の輝かしい経歴とは裏腹に、強力な後ろ盾のない孤児にとって、中央の要職への道は閉ざされていた。

 彼は、その卓越した能力を妬む有力貴族の子弟たちの策略により、辺境であるこのストーンハート領へと事実上、左遷されたのである。

 表向きは「辺境地域の治安強化のための抜擢」とされたが、実態が追放であることは誰の目にも明らかだった。

 中央捜査局の士官になってしばらくの後、彼が偶然にもある侯爵家の備蓄食糧横流しの不正の証拠を掴んでしまったことが、その直接の原因だった。

 正義感からそれを告発しようとしたカイルは、逆に罠にはめられ、口封じのためにこの地に送られたのだ。


「正義は、力と血筋がなければ貫けない」


 それが彼が王都で学んだ、唯一の真実だった。


 カイル自身はそれを不満に思ってはいなかった。

 権力闘争の渦巻く王都よりも、この静かな辺境の方が、彼にとっては好ましかった。

 ここでは、誰も彼の過去を詮索しない。

 ただ、「有能だが、少し付き合いにくい若き捜査官」として、一定の距離を保って接してくれる。

 それが彼には心地よかった。


 この地に着任した初日、領主の館で治安維持部隊を率いるゲルハルト隊長と対面した時のやり取りが、彼のそうした立ち位置を象徴していた。

「……話は聞いている。中央捜査局のエースが、しばらくの間、我々の部隊に協力してくれる、と。だが、それほどの大物が、なぜこのような辺境に?」

 叩き上げの古強者であるゲルハルトの、探るような問いに、カイルは表情一つ変えずに答えた。

「それは俺の知るところではない。ただの異動命令だ。理由は、命令を下した者に聞け」

 その春先の薄氷のように冷たい声に、ゲルハルトは眉をひそめた。

 だが、それでも彼は職務として労いの言葉をかけようとした。

「そうか。まあいい、歓迎する。長旅で疲れただろう。今日はゆっくり…」

「必要ない」カイルはその言葉を遮った。

「早速だが、最近この土地で起きた事件の資料を全て見せてもらいたい。些細な揉め事から未解決事件まで、一切の例外なく」

「……今からか?」

「ああ、今からだ」


 ゲルハルトが呆れて、しかしどこか期待を込めたように大きくため息をついたのを、カイルは覚えていた。

 同僚たちとの間に、温かい交流はない。

 だが、不要な干渉もない。

 それが、人間関係に不器用な彼にとっての平穏だった。


 何を考えても、過去は戻らない。

 失われたものは、二度と手に入らない。

 カイルは洗面器に汲み置いた冷水で顔を洗い、感覚を無理やり覚醒させる。

 磨かれた銅板に映った自分の顔には、二十代半ばという年齢にそぐわない深い疲労と、決して消えることのない影が落ちていた。

 彼はその影から目を逸らすように、乱暴に水をかき混ぜ、映り込んだ自分の顔を歪ませた。


 その時、階下から宿舎の管理人が階段を駆け上がってくる慌ただしい足音が聞こえた。

 老管理人特有の、少し引きずるような、それでいて切迫したリズムだ。


「ヴァーミリオン捜査官!緊急です!領主館から!」


 扉を叩く激しい音。

 新しい一日が、慌ただしく始まろうとしていた。



「わあ、今日のパン、いつもよりふわふわ!お母さん、すごい!この酵母、変えたでしょ?」

 リィナ・シルバーアッシュは、焼きたてのパンを頬張りながら、緑色の瞳を太陽のように輝かせた。


 ストーンハート領の町のはずれにある小さな農家。

 それが彼女の実家だ。

 窓の外では、父が使い古された(くわ)を肩に、畑仕事の準備をしている。

 朝露を含んだ土の匂いと、納屋から聞こえる家畜の穏やかな鳴き声が、湯気の立つ根菜のシチューの香りと共に食卓まで届いていた。


「あら、よく分かったわね。昨日、市場でドワーフの行商人から分けてもらったのよ。『山の恵みをたっぷり吸った特別な酵母』だって言ってたわ。少し高かったけど、リィナが喜ぶかと思って」

 母のエレナはそう言って笑い、リィナのカップに新鮮なミルクをこぽこぽと音を立てて注いだ。

 湯気の立つミルクの甘い香りが、リィナの心を温かく満たす。

 この平和な朝が、彼女にとってのありふれた日常だった。


「それにしても、リィナ。本当に続けるのかい? 治安維持部隊なんて危ない仕事…。お前は昔からお転婆で、男の子たちと一緒になって木登りや川遊びをしては、いつも泥だらけだったけど、怪我でもしたらどうするの。この間だって、訓練で大きな痣を作って帰ってきたじゃない。もっと安全な仕事だってあるだろうに」

 エレナは、心配そうに眉を寄せた。

 それに、とエレナは続けた。

「あなたは昔から少し不思議な子だったわ。畑の土にじっと耳を澄ませて『今日は土さんが悲しんでるから、種まきは明日にした方がいい』なんて言って、本当にその日の午後に大雨が降ったりね。他の誰にも分からない、作物が元気に育つ場所を、まるで歌を聴くように見つけ出したり…。その不思議な『土の声を聴く力』が、いつかお前にとって災いにならなければいいけれど」

「もう、お母さん。その話は何度もしたでしょ」リィナは口を尖らせた。

「私は、この町が好きなの。この平和を守りたいの。それに…ガレス様みたいに、立派な人になりたいから」


 彼女の脳裏に、幼い頃に見た英雄ガレス・ストーンハートの勇姿が浮かぶ。

 竜を討伐し、世界に平和をもたらした偉大な英雄の一人。

 十数年前の収穫祭のパレードで、白馬にまたがった彼が、沿道で転んで泣いていた幼いリィナに気づき、馬から降りて手を差し伸べてくれたのだ。


「大丈夫かい、お嬢さん。ほら、立てるかな? 転ぶのは誰にでもあることだ。でも、自分の力で立ち上がれる子は、誰よりも強い、勇敢な子だよ」


 その威厳と優しさに満ちた声に背中を押され、彼女は涙をこらえて立ち上がった。

 ふらつくその体を、たくましい手が優しく支えてくれた記憶こそが、彼女をこの道に進ませた純粋な動機だった。


「ガレス様ねえ…。あの方も、最近はすっかりお姿を見せなくなったじゃないか」

 畑から戻ってきた父のダリウスが、心配そうに言った。

 額の汗を手の甲で拭い、娘の隣にどっかりと腰を下ろす。

 その手は土にまみれ、ゴツゴツとして大きかった。

 その大きな手で、父はリィナの頭を優しく撫でた。

「まあ、お歳だからなあ。無理はしてほしくないけど。英雄様だって、人間だもの。そういえば、リィナ」

 ダリウスは、声を潜めた。

「この間の寄り合いで聞いたんだが、どうも畑の作物の育ちが悪いらしい。うちだけじゃない。どこの畑も、土の力が弱まっているようだ。去年と比べて、収穫は三割も減った。うちのカブだって、去年は赤ん坊の頭ほどもあったのに、今年は拳くらいにしか育たん。隣村のジョセフのところじゃ、生まれてくる子牛に足が一本多い奇形が見られたなんて話も聞いた。長老たちは、何か悪いことの前触れじゃなきゃいいが、なんて話していたよ。土が、まるで息をしていないみたいなんだ」

「ええ…私も、最近そう感じてたわ」

 リィナは父の言葉に、こくりと頷いた。

「土の歌が、なんだかとても悲しげに聞こえるの。だから、心配で…」

「何かあったのかしら…領主館の周りも、なんだかピリピリしているって、隣の奥さんが言ってたわよ」

 エレナも不安そうに付け加えた。

「衛兵の数も増えた気がするし。夜中に、領主館の方から誰かの怒鳴り声が聞こえた、なんて噂もあるわ」


 両親の会話を聞きながら、リィナは少しだけ胸が痛んだ。

 平和な日常。

 それは当たり前のものではない。

 土が痩せ、人々が不安を囁き始めている。

 だからこそ、守らなければならないのだ。

 この温かい食卓も、両親の笑顔も、全て。


「よし!じゃあ、行ってきます!」

 リィナは元気よく立ち上がり、真新しい制服の埃を払った。母が持たせてくれた弁当の、温かい重みを感じる。

「気をつけるんだよ、リィナ。危ないと思ったら、すぐに逃げるんだぞ。お前の役目は、英雄様みたいに戦うことじゃないんだからな。お前は、お前のできることをすればいい」

「お弁当、忘れないでね!今日はあなたの好きなベリーのパイも入れたんだから!」

「はーい!ありがとう!」


 両親の温かい声に見送られ、彼女は軽やかな足取りで家を出た。

 澄み切った青空。

 鳥のさえずり。

 今日もきっと、平和な一日になる。

 彼女のそのささやかな期待は、血相を変えて馬を駆けらせてきた領主館からの伝令によって、町の入り口で脆くも壊された。


 ◇


 古き大陸エレジア。


 その中央に位置するエレジア王国は、人間、エルフ、ドワーフ、オークがそれぞれの営みを送る、一見平和な地だった。


 広大な大地には豊かな緑の森が広がり、清らかな川が流れ、遠くには雪をいただく壮麗な山々がそびえ立つ。

 その牧歌的な風景は、多くの吟遊詩人によって永遠の平和の象徴として謳われていた。


 朝焼けの光が東の山々を黄金色に染め上げる頃、人間の町では、石造りの家々の窓から温かい光が漏れ始め、活気のある一日が始まる。

 石畳の通りには、早くも露店が並び始めていた。

「さあ、朝獲れの川マスだよ!まだピチピチ跳ねてるぜ!」

 威勢のいい魚売りの声に、主婦たちが足を止める。

 その隣では、農家が荷車から運び出したばかりの野菜が、朝露に濡れて宝石のように輝いていた。

 市場の中央では、パン屋から甘く香ばしい匂いが絶えず漂ってくる。

 焼き立てのパンを求める人々の列からは、世間話に花が咲く声が聞こえた。

「聞いたかい?西の沼地の水が、どうも毒々しい紫色に変わったらしいよ。旅の商人が、霧の中で光る何かを見たって…」

「まあ、怖い。そういえば、うちの井戸水も、なんだか最近苦い気がするのよねえ。それに、夜になると森の方から、奇妙な鳴き声が聞こえてくることがあるの」

 そんな不安の囁きは、すぐに「南洋でしか採れない真珠だよ!」という遠国からの行商人の陽気な声にかき消される。

 子供たちは、彼の語る異国の物語と、見たこともない珍しいスパイスの香りに目を輝かせた。

 一見、どこにでもある平和な町の営み。

 しかし、注意深く耳を澄ませば、人々の会話の端々に、微かな、しかし拭いきれない不安の影が落ちているのが分かった。


 鬱蒼と茂る古き森の奥深くに、エルフたちは暮らしていた。

 彼らの住居であるテルヴィンは、生きている巨大な古代樹の枝や幹に、蔦や魔法の力で溶け込むように建てられている。

 しかし、その牧歌的な風景にも、翳りが見え始めていた。

 長老であるフィオラは、聖なる泉の水鏡に映る星々の配置に、不吉な乱れがあることに気づいていた。

 泉の水そのものも、かつての輝きを失い、わずかに淀んでいる。

 森の木々の一部は、理由もなく葉を落とし、枯れ始めている。

 森に住む動物たちも、その数を減らし、時折、病にかかった個体が見つかるようになった。

 彼らはその変化の原因を、森の外で進む人間の無秩序な開発だと信じ、人間に対する不信感と、静かな怒りを募らせていた。


 山脈の麓、岩肌に穿たれた巨大な門の奥には、ドワーフたちの堅牢な地下都市、カラク・ダールが広がっていた。

 彼らの生活は、都市の中心で燃え盛る大溶鉱炉の炎と、壁に埋め込まれた鉱石が放つ微かな輝きによって照らされている。

 だが、その誇り高いドワーフたちの間にも、焦りの色が浮かんでいた。

 最高の武具の素材となるミスリル銀の鉱脈が、ついに枯渇してしまったのだ。

 他の鉱脈を探して新たな坑道を掘り進めても、質の悪い鉄鉱石しか見つからない。

 それは彼らの経済を圧迫するだけでなく、ドワーフとしての誇りそのものを揺るがす事態だった。

「これでは、先祖に顔向けできんわい…」。

 鍛冶師たちも、満足のいく仕事ができず、苛立ちを募らせていた。


 広大な平原の端、いくつもの川が合流する風の強い高台に、オークたちの簡素な集落が点在していた。

 自然の猛威を恐れず、たくましい体と野性的な知恵で日々を生き抜く彼らは、力と実用性を何よりも重んじる。

 夜になると、集落の全員が焚き火の周りに集まる。

 シャーマンである年老いた族長が、動物の骨を火に投じ、その燃え方や煙の形で一族の未来を占う。

 彼は、最近ますます表情を険しくしていた。

「大地の歌が、聞こえぬ」彼は、しわがれた声で呟いた。

「いや、違う。歌ではない。これは、大地の悲鳴だ…。風が、苦しみの匂いを運んでくる」


 このように、エレジア王国に住まう各種族は、それぞれの場所で、世界の静かな変容を感じ取っていた。

 その平和は、一枚の薄いガラス細工のように、脆いものだった。

 物語の始まりは、そんな静かな不安を抱えた王国の、辺境の領地にある、古びた城塞の一室だった。

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