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Episode5 #⚪︎⚪︎様のいうことは〜?ぜった〜い!

 いつもの商店街に、強めの雨が折り畳み傘を打つ音が響いている。


 暦の上ではとっくに梅雨だということに、ようやく気づいたらしい。


 わたしは真剣な面持ちで、アイスクリームショップに別れを告げた。


「今日はバイトの面接あるから、このまま帰るね」


 昨日推しの配信で王子様はいつ頃来ますかって聞いたら「とりあえず王子様に見つけてもらえる環境に身を置こう。バイトしてみるとかね。どんな花も、少なくとも店先に並んでなきゃ選ばれないんだから」ってなんかまともなアドバイスが貰えちゃったんだよね。


 回答を貰えた嬉しさも相まって、すぐに求人サイトで見つけたカフェに応募してみたわたしは、決意してから行動するまで早いのが良いところ。


 確かに、この一年間学校と家でじっとしてても何かが降ってくるわけじゃなかったもんね。

 時々プリンはやってくるけど。


「あれ、結局バイトするんだ?」


 友人がコロッケを頬張りながら聞いてくる。


 今日はゆっくりアイスを食べる時間がなかったから、久しぶりにお肉屋さんに寄ってみた。


「まあね。ちょっとオラクルが降りてきてね。そっちはまだ続いてるんだ?」


 ケーキショップの店員やってるらしいけど、なぜかバイト先の話はあんまりしたがらないんだよね。

 そんな深刻な話じゃないらしいけど、またウマシカな何かがあったのかな。


「それでも私は、バイトを続けるよ」


 心なしか友人が遠い目をしてる。

 脈絡は全然わからないけど、とりあえず続いてるらしい。


 わたしもバイトを始めただけじゃ、まだ恋は始まらないかも。

 それでも、宝くじを買わないにしても、せめて落ちてそうな所を歩くくらいはしても良いよね。


 というわけで、一歩前へ!



           ◇◆◇



 雨が降り続く中、友人と別れてバイトの面接に向かう。


 前にアメリカでは傘をささないと聞いて真似したことがあったんだけど、小雨でもチリツモですごい濡れるんだよね。


 もちろん速攻でやめた。

 やっぱニューヨーカーって半端ない。


 でも普通の傘はすぐ忘れるし、いつの間にか持っていかれるし。


 前に急に雨降ってきたからコンビニで買った新品の傘を、また別のコンビニによった時にボロボロの傘にすり替えられてた時は、別れの早さにさすがに泣いた。


 白か透明の傘は自由に持って行っていいというホワイトアンブレラプロジェクトに参加するべきなのかと思ったけど、レインウェアを買ってもらったので、ぎりぎり見送ったよ。


 実はそれ以来、雨の日がちょっと好きなんだよね。


 エスニック柄の青いレインコートに、ブラウンチェックの折り畳み傘の雨の日コーデ。


 普段はこんな派手な柄の服着れないけど、雨の日だと何故か「ああレインコートね」で許されてしまうという、非日常感に感謝。

 

 目的地のカフェ、というか喫茶店かな? に到着したけど、このまま入口から入っていいのかな?

 いいよね、入りまーす。


 とその前に、軒先で折り畳み傘を収納する。

 これ地味に力いるんだよね。

 わたしはいつも先端をお腹に押し当てて切腹みたいなポーズで閉じてるんだけど、これあってるのかな。

 そしてあんまり濡れてないけど一応レインコートをタオルで拭く。

 よし、準備完了だね。

 

 深い緑色に、くすんだゴールドのドアノブ。

 アンティーク調のおしゃれなドアを開けると、少し高めの鈴の音が控えめに鳴り響いた。


 おお、カランコロンカランのやつだ!


 ちょっと感動しながら店内に入ると、ベージュのエプロンをつけた店員さんが出迎えてくれる。

 このエプロンが可愛いんだよね。


 落ち着いた雰囲気のお店に、かわいいエプロン。

 学校と家の間の駅。

 もうここまでで選んだ理由のすべてが詰まってる。

 業務内容はカフェ業務全般って書いてあってわりと謎だったけど、高校生可だし多分注文取ったり運んだりかな。

 

 「いらっしゃいませ!」


 わたしは人差し指をたてて一人だとアピールしつつ軽くお辞儀を…違う違う。


 「すみません、バイトの面接にきたんですけど」

 

 危うくほっとひと息付きそうになったけど、今日はお客さんじゃなかった。


 「あ、はい! 少々お待ちください」


 パタパタと店長を呼びにいってくれたらしい店員さんは同い年くらいに見えるし、多分バイトの子かな。

 小顔で前髪パッツンのくせ毛風ボブって、なんか小動物みたいな可愛さがあるよね。


「いやぁお待たせ。こちらへどうぞ」


 同じエプロンに茶系のバンダナを巻いたイケオジがあらわれた! 


 どうする?


 わたしは ようすをみている。


 いやいや、コマンドに「挨拶する」しかないかも。


 「あ、はい。よろしくお願いします」



           ◇◆◇



 「あなたの目の前にはレールが伸びていて、遠くからトロッコが走ってきます。その先には苺のタルトが五つ置かれていて、このままでは轢かれてぐしゃぐしゃになってしまうでしょう。近くには分岐器があって、分岐したレールの先にはパンケーキが一つだけ置かれています。あなたはレールを切り替えるスイッチを操作しますか?」


 休憩室らしきところに案内されたあと、なんかクリエイティブ系大手企業の入社試験みたいなのが始まった。


 っていうかトロッコ問題の喫茶店アレンジ?


 これってどっちを助けるかみたいな聞き方が罠なだけで、そもそも選択肢なんてない気がする。

 だって、何もしないか、誰かを傷付けるかって二択なんだから。


 と思いきや、実はわたしは知っている。

 駅前に新しくパンケーキショップができたこと、そして、この喫茶店の看板メニューが苺タルトとコーヒーのセットであること。


 まさか観察眼と愛国心を試されてる?

 仕事内容書いてなかったけど、スパイの試験とかじゃないよね?


「何もしないです」


「ほう。そのこころは?」


「誰かを犠牲にして何かをする権利は、誰にもないからです」


「ふむ。もし苺のタルトではなく、プリンが並んでいたとしたら?」


「切り替えます」


 あ、しまった。

 違う、これは罠だ! 履歴書の自己紹介に書いたプリン好きが利用された!


「雨は、好きかな?」


 あ、なんか次の質問に移ったらしい。


「レインコート着るのが楽しくて、最近ちょっと好きですね」


 羽織りっぱなしだったレインコートの襟を掴んでアピールしながら答える。


 店長は、なぜか一緒に向かいに座ってたバイトの子に目配せをする。


 えっ? 実はオーナーがバイトに紛れてる的なやつ?

 

 若干混乱していると、バイトの子が唐突にクラッカーを鳴らした。


 パンッ!


「ようこそ、苺タルトとコーヒーが自慢の我が喫茶店へ!」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 わたしのちょっとだけ特別な日常が、始まった。


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