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Episode4 #スタイリッシュ改札通過

 ある日の朝、わたしは神妙な表情で鏡と向き合っていた。


「ついに、この日が来たか」


 ブレザーじゃないと制服パワーが下がるかと思って移行期間ギリギリまで粘っていたけど、流石に今日から夏服での登校を決意する。


 だって、もう暑すぎるんだもん。


 ちなみにうちの高校の夏服移行期間は「梅雨が明けるまで」となっていて、ちょっとアバウトだけど詩的な表現でわりと好き。


 夏服姿で、鏡の前でポーズをとってみる。


 この丸襟の半袖ブラウスも可愛いからまぁいいよね。

 スカートも同じデザインだけど軽くなったし、紐リボンも着けなくても良いんだけど、やっぱ外せない。


 っと、そんなことをしていたら朝ごはんを食べる時間がなくなってしまった。


 そういえばトースト咥え転校生とぶつかり少女に憧れたこともあったんだけど、あれって腹話術じゃないと「遅刻、遅刻ぅ」って喋れないことに気づいて結局やってないや。



           ◇◆◇



 装いも新たに駅に着いたところで、前のOLらしきお姉さんが左手のスマートウォッチをかざして改札を通過して行ったんだけど、めちゃめちゃ窮屈そう。

 改札って右手でタッチするデザインだもんね。


 いや、待てよ?


 これって、左ターンしながら後ろ向きに通過したら良いんじゃない?

 怒られそうな気がすること以外、完璧な発想じゃない?


 早くターンし過ぎた時にムーンウォークしながら通過するという技がでてきたりしてね。


 とりあえず脳内で派生技を決めるとこまでいったんだけど、同時に「駅構内でのダブルアクセルならびにムーンウォークは大変危険です」というアナウンスも聞こえてきた。


 うーん、やっぱりダメか。


 開発したばかりだけど泣く泣く禁術に指定してから、とりあえず友人に「そういやムーンウォークって出来る?」とメッセージを送っておいた。


 え? これやってみてもいいかって?

 さっきのアナウンスが聞こえてなかったのかな?

 やるなよ? 絶対やるなよ!?



           ◇◆◇



 学校についたらまずロッカーからその日に必要な教科書を取り出す。


 単純に重いから、宿題とかで使う時以外はなるべく持ち帰らないようにしてるんだよね。

 なんなら宿題もなるべく授業中に終わらせちゃうし、お気に入りのミルクホワイトのリュックはいつもスカスカだ。


 今日は朝から避難訓練があるらしいんだけど、担任がお休みだから教頭先生が代わりに来てくれた。


 というか初めて見たと思うけど、教頭先生渋すぎじゃない?

 緩めの白髪オールバックで眼光もなんか鋭いし、これ多分趣味は葉巻とコニャックやってそう。


「何か質問はあるか?」


 避難経路や緊急時の心構えを話し終わった教頭先生が最後に尋ねてくる。


「学校がテロリストに占拠されたらどうすればいいですか? 反撃せず、なんとか外部への連絡を試みた方がいいですか」


 クラスの賑やかし担当がいったぁ!

 担任相手ならまだしも怖いもの知らず過ぎるし、なんで選択肢が微妙に現実的なの。


「――生きろ」


 ワンチャン怒られるんじゃないかと思ったけど、一言だけそう返す教頭先生に、クラス中から「おぉー」というどよめきが広がった。


 避難訓練の注意事項までノートにメモを取ってた真面目な子が、今の名言までメモしているのがチラリと見えたけど、わたしも心のノートに記録しておくことにしよう。


 その後の避難訓練は、理科室でテルミット反応実験で発生した炎がカーテンに燃え移って次々と燃え広がってしまい、色々な薬品もあって危険なので避難指示がでたっていう微妙に現実的な設定で行われた。


 もちろんテロリストは来なかった。



           ◇◆◇



 お昼の時間になったので、友人と一緒に食堂へと向かう。


 いつもは簡単なサンドイッチとか持ってくるんだけど、今日は鏡とにらめっこし過ぎたので久しぶりに食堂メニューだ。


 わたしのオススメは鯖の文化干し定食ご飯大盛りに生卵か、山芋の千切りに刻み海苔とワサビがのった小鉢をプラスなんだけど、TKGはいつも食べてるし今日は山芋小鉢をチョイス。


 そういえば最近お米が高騰し過ぎて、もち麦入りご飯(か、メニューによってはインディカ米)に変わるってお知らせが貼ってあったけど、全然いけるいける。


「そういやムーンウォークは何の話だった?」


 ガパオ風ライスと生春巻にトムヤムクンのエスニック定食をつつきながら聞いてきた友人に、朝の大発見を説明してあげた。

 というかオールワンコインなのに、本格的ですごいな。

 ちゃんとパクチーが入ってるところも偉い。

 正直そんなに好きじゃないんだけど、ないとそれはそれで寂しいもんね。


「えーと、怒られそうだから封印したんだよね?」


「そだよ?」


「なんで私に使わせようとするのかな!?」


「――生きろ」


 やってくれないらしい。



           ◇◆◇



 その日の帰り道では、二人して朝の避難訓練、というか教頭先生を思い返していた。


「それにしても教頭先生であのレベルだと、校長どんだけなんだろう」


 友人の疑問に、確かにと思う

 そういえば校長も見たことないなぁ。


「やたら背もたれの高い椅子で大きい葉っぱに仰がれながら、葡萄とか房ごといってそう」


「それ校長じゃなくてマハラジャだよね!」 


 え、マハラジャってそんな感じなの?

 すごろくゲームで大富豪だったイメージだけ残ってるけど。


「その状態で、朝礼でちょっといい話しててほしいね」


 友人のリクエストで想像してみたけど、葡萄むさぼりながらいい話されても感情が迷子になりそう。


「えー、いいですかぁ。よく目上の人を敬いましょうって言いますが、あれは本当は反対なんです。目上なら相手から尊敬されるような人物になりましょうというのが正しい」


「あーそれ、担任のやつ!」


 これうちの担任が二年最初の挨拶で言ったなかなか含蓄のある言葉なんだけど、そのあとクラス中からタメ口で話かけられるとは思わなかっただろうね。


 大富豪といえばお金って、やっぱり結婚相手とかだと条件に入ってくるのかな。

 アヒルすら大事にしてるくらいだし。


「みんな、ほんのちょっとずつでいい、オラに現金を分けてくれ!」


「リターンは、地球を救います?」


 愛よりは救ってくれそうではある。


「高額プランでは、現金を集めるシーンにあなたが登場!」


「道着の背中にスポンサー名入りそうだね」


 昔、日本中の人が1円ずつくれたら一億円貰えるとか妄想したなぁ。


 それにしても、大富豪ねぇ。

 大富豪の王子様、かぁ。


 そういえばシンデレラが王子様と過ごしたのって、踊って少し話してって数時間くらいだよね。

 はたしてシンデレラは、相手が王子様じゃなくても恋に落ちたのかな。


 わたしの好みって、いったいどんな人なんだろう。


「ビビナントカって願いが叶う魔法がなくても、自然にビビっとくる時がやって来るのかな」


「急にどしたの? とりあえず手に取るべきは魔法の杖じゃなくて、この右手じゃない?」


 そう言って笑いながら友人が差し出した手を、握り返す。


 思ったより、温かい。

 あれだね、なんかパンこねるの得意そう。


 相変わらずの気温だからちょっと暑苦しいけど、まぁいいか。


 そうして、いつものアイスクリームショップへと歩き出した。


「……」


 今日はラムレーズンの気分だったけど、たまにはチョコミントに挑戦してみようかな?


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