Episode1 #シンデレラの奇跡は、ありまぁす!
青い空、白い雲、初夏のそよ風に運ばれてくるのは、揚げたてコロッケのにおい。
紫陽花を追い越して向日葵が咲き出しそうな、晴れのち晴れの帰り道。
わたしは、初めてブレザーに袖を通してはしゃいだあの日を思い返していた。
◇◆◇
ベージュのブレザーに、同系色でチェックのプリーツスカート。
丸襟ブラウスの胸元には、茜色の紐リボンを着けて。
髪も染めず、楽してローツインテにしてる地味めな装いのわたしでも、鏡の中にはちゃんと女子高生がいた。
え? いや、おさげじゃないから。
ローツインテだから。
「おぉ、これが制服の力……勝ったね」
色々ポーズをとって満足したわたしは、いそいそと部屋着に着替え始めた。
嬉しくてとりあえず着ちゃったけど、入学式は今日じゃない。
◇◆◇
そんな、希望に満ち満ちていた春の景色を、まるで昨日のことのように思い出す。
二年生になって学校生活にも慣れてきた。
かといって、進路を意識するのはまだ先で。
最も高校生を満喫できると言ってもいい、今この時期に。
「今日も独り寂しく下校なんだよね、これが」
登下校ルートの閑散とした商店街を歩きながら、誰にともなく呟いた。
「「えっ?」」
一緒に帰っていた友人と、鏡の前でポーズを決めている一年前の自分からの驚きの声を尻目に、あ、一句できました。
「夏くれど 未だ終わらぬ かくれんぼ」
「えっ? なんで急に俳句を??」
「靴屋に探す ガラスの靴を」
「なんか夢のないシンデレラみたいなこと言いだしたー!」
よくみてたアニメを真似して、たまに心の短歌を詠むんだよね。
あとは眼鏡があれば文学少女になれそうなのに、惜しむらくは別に視力は悪くない。
「ねぇってば」
ここの商店街は、さっき通り過ぎたお肉屋さんのコロッケやメンチが美味しいし、アイスクリームショップもあるし、結構気に入っている帰り道だ。
ただ、この雑貨屋さんの閉店セールの看板って一年の頃からある気がするけど、いつ閉店するのかな。
いや、これってそもそも……
「あれー!? もしかして、消えかかってるのかな? この私の存在が!?」
いきなり友人が目の前に飛び出してきて、芝居がかった仕草で両手を広げてる。
ブラウスのボタンを二つ外した首元には、紐リボンの代わりにハートモチーフのネックレス。
暗めピンクブラウンのハーフツインボブ。
眼鏡は文学少女の証と思いきや、本当はコンタクトにしたかったらしい。
コンタクトショップで店員さんの「指先に乗せてひゅってなる方が表です」って説明が理解できずに、結局フチなし眼鏡で妥協したらしい。
二年から一緒のクラスになって、席が近かったからよく話すようになって、気付いたらだいたい一緒に帰るようになってたな。
自分の手が透けてきていないかをしきりに確認してほっとしたあと「私はここにいるよ!?」と訴えるような眼差しで見つめてきた。
とりあえず飴ちゃんをあげておこう。
今日は黒糖飴。
「結局、さっきの詩人気取りはなんだったのよ」
どっちかというと、おじいちゃん気取りだよ。
「ちょっと心の短歌がね」
「あーね」
「普通、高二っていったら相方ができたり、もっとこう何かあるものじゃないのかなぁって」
とは言うものの、運命的な出会いなんて現実にはそうそう起こらない。
ピンクのバスに乗っているわけじゃないし、猫が導いてくれるわけでもない。
「相方との出会いっていうのは、やっぱりツッコミの人を探してるの? あ! 占ってあげようか」
飴をころころしながらわたしをボケの人だと思っているらしき友人に、次あげるのはハッカ味にしてやろうと決めた。
ああでもチョコミント好きらしいから、平気かな。
友人いわくスッキリするのがいいって言うんだけど、スッキリしたい時はチョコじゃないと叫びたい。
学校の屋上で叫びたい。
「文化祭の舞台に立ちたいわけじゃなくて、人生のパートナー的なあれね」
「あれ? あーそっちか」
言いながら小型タロットの束を鞄から取り出す友人。
ちなみに、わたしは占いとかあんまり信じないというJKにあるまじきタイプ。
だったんだけど、友人いわく引いたカードに意味があると考える遊びってことらしい。
インスピを刺激するだけで結局解釈は自分次第って話を聞かされてるうちに、最近ちょっと興味が出てきたところなんだよね。
このまえ夜中にお腹空いたけどどうするべき? って引いてもらったタロットがTEMPERANCE(節制)だったときは、二人して思わず唸っちゃった。
「文化祭っていえば、去年のシンデレラもっかい観たい」
カードをシャッフルしながら友人が思い出したように言った。
「あーね。あれ動画化すれば良かったね」
一年の文化祭で新約シンデレラ寸劇オムニバスをやったんだけど、我がクラスながら花丸の完成度だったよね。
◇◆◇
「力が……欲しいか?」
「えっ?」
「間違えた。舞踏会へ行きたいかい?」
「え、ええ」
「はああー! パンプキン ナンキン チューチュートレイン! 鼠は馬に 南瓜は馬車に!」
「シンデレラや、必ず二十二時までに帰ってくるんだよ」
「なんか早くないですか?」
「お前は未成年だからね」
◇◆◇
ふふっ、ちょっと思い出し笑いしちゃった。
「私、ガラスの靴が脱げた理由好きだな」
言いながらカードを渡してくる。
本当はトランプみたいなシャッフルじゃなくてテーブルに置いてぐるぐる混ぜるんだけど、まぁでも別になんでも良いらしい。
ちなみに、友人が好きだといってくれたエピソード、というかあの劇は実はわたしの脚本だったりする。
なんで靴だけ魔法が解けないんだろうって疑問を、約束を守ったシンデレラへの魔女からの粋な計らいって事にしたんだよね。
そして、シャッフルしてから言われた通り三枚引いた結果がこちら。
THE LOVERS(恋人たち)
WHEEL of FORTUNE(運命の輪)
JUSTICE(正義)
とりあえずファーストインプレッション良い感じなのでは?
「さっきの話だけど、出会いといえばやっぱりバイトじゃないかな? バイトバイト!」
なぜか小躍りしながらバイトを連呼してくるけど、いやそれよりタロットが気になるな。
「そういやそんなこと言ってバイトやるとか言ってたよね。どんな感じ?」
よく考えたら、ちょっと前にも言ってたわ。
出会いを求めつつ推しのグッズ代も稼げて一挙両得もろたでワハハみたいなことを言ってたし、やっぱバイトして正解だったってことかな?
と思ったけど、なぜか挙動不審になって、唐突にこの先にあるアイスクリームショップを指差してくる。
「いやーそれにしても暑いねぇ。ここはアイスでも食べてくってのは、どうかな?」
うわ。
「話の逸らし方が甘いよ。クッキーアンドクリームよりも甘いよ。」
「ウマウマシカシカな理由があったんだよ!」
出会いとバイト代の二羽のウサギを追いかけていたはずなのに、なんで馬と鹿に出会っちゃってるの。
まぁそれはいいとして、アイスかー。
わたしは親指をちょっと咥えて、空にかざしてみる。
いや別にタクシーは呼んでないよ。
乗ったことないよ。
「ん-今日はちょっとプリンの風を感じるから、アイスは明日行こう。それより、占いはどんな感じ?」
バイトの話は友人が話したくなった時に聞くとして、とりあえずはさっきの結果を聞こう。
「えっと、三枚はそれぞれ、現在、未来、どうすればいいかを表してるんだけど……恋人たちのタロットは、恋したいなー感がそのまま出てそう」
恋について考えながら引いたタロットが恋人たちって、そのまま過ぎない?
「未来は運命の輪の逆位置で、運命に翻弄される的な感じかな。なのでちょっとした問題というか、何かトラブルが起きるのかも」
運命に翻弄される女か、なんならちょっとかっこいいか。
「最後が正義だから、正しい決断をしようとか、決着をつけようみたいな意味だね」
「つまり何か問題起きるけど正しい選択をしようねってこと?」
「そうなるかな。例えば、いきなり三角関係に巻き込まれるとか」
「えー? トラブルになるような三角関係の正しい決断って、断るしかなくない?」
「それはそう」
というか、これって……
「なんか、すごいベタな並びじゃない?」
「あー私も思った。けど実際に引いた結果だし、しょうがなくない?」
「確かに」
そう考えると逆にすごいな、タロット。
「まぁ、実はそんな積極的に出会いたいわけじゃないんだけどね」
「ええっ!? じゃあ今の占いのくだりとかなんだったの!?」
何というか、出会ってしまいたい。
「買わずに宝くじに当たりたい」
「そうだね、買わずに……買わずに!? 何その受け身系の最上級みたいな欲望」
ずっと、憧れだけは抱いている。
きっと、初めて絵本で奇跡を目にしたあの日から。
シンデレラとまでは言わないけれど、いつかわたしも、わたしだけの物語が始まるんだって。
だから、わたしにとって恋っていうのはつまり――
「恋はするものじゃなくて、落ちるもの! ってね」
高校二年の帰り道。
たぶん青春真っ盛り。
恋の気配は感じられないけど、思いついたばかりの決め台詞にドヤ顔を浮かべるくらいが、今はちょうどいいのかも。
こんな陽だまりみたいな放課後が続くのも悪くない、よね?