これからはガチで頑張ります
朝。
まだ太陽が本気を出す前、王都の空は澄んでいて、風はどこかひんやりしていた。
そんな中、いつもの修行場に俺――カイル・セレスティアは立っていた。
そう、立っていた。今日はいつものように座っていない。
むしろ、珍しくしっかりと構えていた。両足を肩幅に開き、両腕を前に出し、ぐっと拳を握る。
(よし……今日からはちょっとだけ動くぞ……!)
先日の戦いで、俺は思い知った。
演出だけじゃ、本当に大切な人は守れない。
ズルと偶然でここまで来たけど、それだけじゃ足りないって、やっと分かった。
リィナが、俺を信じてくれた。
俺の演出だけの修行を、まっすぐな目で信じ続けてくれた。
それなのに――守るために動けなかった自分が、悔しかった。
だから、決めた。
「俺、今日からちょっとだけ……真面目に修行します」
自分自身に向けて、そう呟いた。
たったそれだけの言葉なのに、不思議と胸がすっと軽くなった。
そして、俺はスキルを起動する。
《修行演出・軽装モード:動作拡張・筋導演式》
足元から淡く光が立ち上がり、腕や脚に光の導線のような模様が浮かび上がる。
まるで本格的な武術使いのようなオーラをまとって、俺の全身がゆっくりと輝き始めた。
――もちろん、見た目だけ。
でも今日は、それだけじゃない。
俺はしっかりと腕を振った。
背筋を伸ばし、呼吸を意識し、肩から拳にかけて“力の流れ”をイメージする。
ゆっくりと、一回。
呼吸を整えて、もう一回。
たったそれだけのことなのに、身体の内側がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……疲れる。けど、なんか気持ちいい)
今までの座ってるだけとは明らかに違う。
身体を動かすと、魔力がわずかに反応するのが分かる。
たぶん、ちゃんと修行ってやつをしてる人たちは、毎日こんな感覚と戦ってるんだろうな。
「これが、努力の入り口か……」
そんなことをぽつりと呟いたときだった。
背後から拍手が聞こえた。
「……立派です、カイル様!」
振り返ると、そこにはリィナがいた。
白い上着の袖をまくり、軽装に身を包んだ彼女が、嬉しそうに微笑んでいる。
「今日の修行、早いですね。わたしも合流しようと思っていたのに……先を越されました」
「いや、今日からはちょっとだけ真面目にやってみようかと思ってさ」
「本当ですか!?」
「ちょっとだけな」
リィナは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「でも、ちょっとだけでも前進です。カイル様が自分の意志で動こうとしている。それだけで、わたしはすごくうれしいです」
「……そう言ってもらえると、なんか照れるな」
俺は視線をそらしながら、拳をもう一度振った。
リィナはその横で、同じ動作を丁寧に真似る。
たったそれだけなのに、空気が少し変わる。
同じ動作。
同じ呼吸。
たった一緒に動いてるだけなのに、不思議と心が穏やかになる。
演出スキルは、周囲の風をやわらかく撫で、二人の動きに合わせて淡い光の輪を浮かべていた。
それはまるで、舞いのような――儀式のような、美しい修行。
そして、それを見ていた者たちがいた。
※※※
「おい……見ろよ……動いてるぞ、修行神が……!」
「本当だ……今日は座ってない……立ってる……振ってる……!」
「動作修行に入ったってことか……カイル流、次の段階か!?」
周囲の修行者たちがざわつき始める。
たった数人だった見物人は、あっという間に人だかりに変わり、広場は軽い騒ぎになっていた。
俺とリィナは、そんなことも気にせず、動作を続けていた。
ひとつ、ふたつ、呼吸を合わせながら、ただまっすぐに。
(……悪くないな、これ)
たしかに、ちょっとだけ疲れる。
でも、楽しい。気持ちいい。
リィナと一緒に動いてると、それが修行かどうかなんて、あまり重要じゃない気がしてくる。
俺のスキルは、まだ見せかけかもしれない。
でも、その中にある想いだけは、本物なんだって、そんな風に思えた。
※※※
夕方。修行を終えたあと、二人で並んで水を飲んでいた。
「どうでした? 動く修行は」
「……腕が軽く筋肉痛だけど、まあ悪くなかった」
「明日も、やりますか?」
「うん。やろうか」
自然と、そんな言葉が出た。
続けたいと思った。
演出だけじゃなく、ちゃんと何かを得ていく日々を。
そんな俺を、リィナがそっと見つめてくれていた。
ほんの少しだけ、彼女の手が俺の手に触れた。
それだけで、なんだか胸の奥がじんわりと熱くなった。
※※※
その夜、王都郊外の廃工房にて。
《修律会・実行部隊》――バルナが、薄暗い室内に立っていた。
目の前にある玉座のような椅子には、ひとりの男が座っている。
その男は何も語らず、ただ静かにバルナの報告を聞いていた。
「……彼の力は、ただの演出ではありませんでした。信仰が、彼を強くしている。
そして今、その信仰はますます拡大しています」
バルナが膝をつく。
男はようやく口を開いた。
「セレスティア・カイル――その力の根源は、“周囲の信頼”か」
「はい。演出スキルが、本来以上の効果を発揮しているのは、明らかに民衆の影響です」
「ならば、次は信仰そのものを折れ。神が神であるための土台を砕け。
――彼を、人々の目の前で偽りの偶像として引きずり下ろせ」
男の瞳が、うっすらと笑ったように光った。
「承知しました」
カイル・セレスティアの前に、新たな試練が迫っていた。