演出では守れないこともある
修行祭の熱狂が嘘のように、次の日の王都は静かだった。
いつもより人通りは少なく、どこか空気が重い。
まるで――誰かが、何かを待っているような。
俺はリィナと別れて、久しぶりにひとりで修行場にいた。
いつも通り、演出スキル《修行演出》を使って軽く座禅しているだけ。
(……昨日は、危なかったな)
あの観客席にいたフードの男。
あれは間違いなく《修律会》の者だった。
ただ見ていただけとは思えない。何か、次の手を打ってくるはず。
「……やるなら、正面から来いよな」
ぽつりとつぶやいたそのとき、スキルがふと反応した。
――というか、最近たまにあるんだ。スキルが勝手に警戒演出みたいなのを出してくることが。
演出スキルを鍛えすぎて、ただ修行を演出するだけでなく、「修行中に周囲の危険が起きた場合の演出」
が新しく搭載され、まるで本物の探知スキルみたいに動く瞬間がある。
――警戒。
方向:西街道の外れ。強い魔力干渉を検知。
「……リィナ?」
あいつ、今朝修行場までちょっと寄り道してから行きますね”って言ってた。
まさか、寄り道先で――!
※※※
一方その頃、王都の外れ。森の入り口。
リィナは、灰色のローブをまとった男の前に立っていた。
「あなた……《修律会》の方、ですね?」
「そう名乗る必要もない。だが、その通りだ。――私は《実行部隊》所属、鏡呪師バルナ」
バルナと名乗った男は、無機質な声で言葉を継いだ。
「君に興味はない。だが、君の信仰が我々の障害となっている。セレスティア・カイル。その存在の力を生んでいるのは、君の信念だ。ならばまず、それを壊す」
「カイル様に、指一本でも触れようとしたら……わたしが、あなたを止めます」
リィナが構える。
魔力が集中し、周囲の空気が静かに揺れた。
「……面白い。だが、それが信仰の鎧でしかないことを、今証明してやろう」
男の周囲に無数の鏡が浮かび上がった。
その鏡がリィナの姿を映し、そこから幻像の呪具が飛び出す。
「歪写・連槍鏡」
無数の槍が、実体を伴って放たれる。
リィナが防御魔法を張るが、三本目で限界を超えたところで
「くっ……!」
弾けた防御の隙間を突いて、残る槍が肩をかすめた。
その瞬間、リィナが小さく呻いた――
※※※
「リィナぁあああああああ!!」
俺は駆け出していた。
気づけば、全力で。こんなに速く走ったのは、たぶん人生で初めてだ。
走りながら、スキルを最大出力で展開する。
《修行演出・応用展開:真形態“炎陣・守輪”起動》
地面に展開される炎の魔法陣。
それが俺の足元から広がり、敵の視線を奪いながらリィナとの間に遮断の壁を築いた。
「……お前が、バルナか」
「遅かったな、偽りの修行神」
男の声は淡々としていた。だが、確かに敵意をはらんでいる。
「よくもリィナを……! 信じてくれた奴を傷つけるとか、最低だな、オイ!!」
「信じる力こそが、君をここまで高めた。そして、それを逆手に取れば君も壊せる。……証明する」
「させるかよ……!」
俺の前に再び浮かぶ、無数の炎の輪。
これまでの見せかけとは明らかに違う。スキルは今、俺の感情に呼応して、現実を変え始めていた。
「演出でも……信じてくれる人がいるなら、それは“本物”になる!」
炎が、爆ぜた。
巨大な火柱がバルナを包み、その身を弾き飛ばす。
呪具の鏡は砕け、男は木の幹に叩きつけられた。
それでも立ち上がったバルナは、口の端をゆがめた。
「……成る程。演出が本物になる、か。だが次は……信仰を奪わせてもらう」
言い残すと、バルナはその場から退いた。
霧のように姿を消し、気配ごと溶けていく。
※※※
夕暮れの草原。
俺は、倒れ込んでいたリィナにそっと手を伸ばしていた。
「大丈夫か……?」
「はい……少し、かすっただけです。カイル様が来てくれて……よかった」
「……ごめんな」
「謝ることなんて、ありませんよ。わたしが勝手に……飛び出しただけです」
それでも、俺は彼女の手を握ったまま、言葉を続けた。
「もう、演出だけじゃ守れないって分かった。俺が本気にならなきゃ、誰かが傷つく。だから……もっとちゃんと、本物を目指すよ。ズルしても、手を抜いても、守れるくらいに強くなる」
リィナは静かに、微笑んだ。
「……わたし、ずっと信じてます。演出も、カイル様も」
小さな灯火のような、その笑顔を見て、俺は静かにうなずいた。