ズルする演出家の師匠と真面目で努力家の弟子
リィナを弟子にして、数日が経った。
この短い時間でも、色々なことがあった。
例えば、カイル式・基本瞑想(ただ座ってるだけ)を、リィナが真剣に5時間続けた結果、
「わたしの魔力の通りが一段階上がりました!」と報告されて、俺が戦慄した日とか。
あるいは、「カイル様のような魂の修行をしたいんです!」と意気込んだ彼女が、
俺の演出を真似て全身に紙吹雪と火花を巻きつけ、修行場の掃除係に火災寸前で止められた事件とか。
……本当に、真面目すぎるってのも考えもんだ。
けどまあ、悪い気はしなかった。
俺の演出だけ修行に、あれだけまっすぐな眼差しでついてくる奴なんて、普通いない。
少しずつだけど、リィナとの距離が縮まってるのを感じる。
――今日も、彼女は俺の隣で正座している。
相変わらず、俺はただ座ってるだけ。演出スキルはいつも通り、幻想的な光とゆらめく炎で俺の身体を飾っていた。
「……はっ、はっ、はあ……」
リィナ・エルフェリアは、炎のエフェクトが立ち昇る中で息を整えていた。
俺、カイル・セレスティアはその隣で、背筋を伸ばして胡坐をかいているだけ。
(……ごめん。ほんと、何もしてないってごめん)
彼女は俺の修行を本物だと信じている。
だからこそ必死で食らいつこうとしてくれている。
正直、気まずい――
最初の頃はバレなきゃいいと思っていた。
モテたいだけで始めたチート修行ごっこだった。
でも今、俺の演出でリィナが魔力の通りを感じて、実際に成長してるのを見ると――
(俺のズルも、なんか……少しくらい、意味があるのかもな)
ふと、そんなことを思ってしまった。
※※※
修行を終えた後、二人で道場の裏手にある休憩所へ。
木陰に腰を下ろし、リィナが持参した麦茶を差し出してくる。
「はい、カイル様。冷たく冷やしてあります。鍛錬の後は水分補給が大事ですから」
「……ども。いや、鍛錬ってほどのことはしてないけどな」
思わず漏れた言葉に、リィナが不思議そうに首をかしげる。
「そんなことありません。カイル様の修行は、身体ではなく魂を燃やす修行……鍛錬の極みです」
「…………」
違うよ、と言いたい気持ちを押し殺して、麦茶を一口。
冷たくてうまい。罪悪感もセットで染みる。
「リィナ。お前、そんなに努力ばっかしてて、疲れないのか?」
唐突に聞いてしまった言葉に、彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「……わたしは、努力をしていない自分が怖いんです」
「……怖い?」
「幼い頃、兄が“才能”だけで注目されて、私はずっと劣等生でした。努力しても結果が出なくて、でも諦めたくなくて……」
そこまで言って、リィナは少し俯いた。
「だから、結果じゃなくて努力し続ける自分を支えにしてきたんです。今でも……そうしてないと、自分の価値が分からなくなる」
その横顔は、真面目で、不器用で、どこか危うくて。
俺の知っている“努力の化身”とは、少し違って見えた。
「それで、俺なんかに弟子入りしようと思ったのか?」
「ええ。カイル様の修行は、努力の到達点だと思いました。あんな風になれたら、自分を……許せる気がして」
(……やばい。これはもう、普通に裏切れねえやつだ)
もともと軽い気持ちでやってたのに、いつの間にか、誰かの人生の一部に食い込んでる。
不安定な努力にすがって生きてきたリィナにとって、俺の見せかけは救いに見えてしまっている。
自分でも分かってる。
このままいくと、どこかで絶対バレる。
でも今この瞬間は、彼女の頑張りを無下にはしたくない。
「……なあ、リィナ。お前さ」
「はい?」
「少しはズルした方が、生きやすいぞ?」
リィナは、目を丸くした。
けれど次の瞬間、ふっと微笑んだ。
「……でも、カイル様だってズルしながら誰よりも真剣です」
ぎくっ。
「たとえ演出でも、その真剣さは誰より伝わってきます。……だから、ついていきたいって思えるんです」
(……この子、バレてんじゃねえのか……?)
核心までは言わず、でも何かを見透かしたような目で、リィナは笑っていた。
* * *
その日の夜。自宅のベッドに横たわりながら、俺は天井を見つめていた。
修行ランキングの最新データを確認する。
俺のランクは、依然として1位。
でも数値の伸び方が、徐々に“実力に基づいた変化”になっている。
「やっぱ……このチート、バグってやがるな……」
信頼、尊敬、人気、他人の成長。
それがすべて、“演出”に実体を与えている。
もはや俺は、ただのサボり野郎じゃなくなってきている――
たった一人の努力狂を支える“象徴”として、現実の力を得つつあるのだ。
……もう少しだけ、真面目にやってみるか。ほんの、少しだけな。