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灯せない少女ノアの意地

 戦場を、ひとりの少女が走っていた。


 その手に、剣も杖もない。

 演出も魔導も、彼女には使えない。


 だがその腕には――

「信頼」という名の短冊が、無数に巻きつけられていた。


 ノア・フェルシア。

 かつて、演出に救われたただの一市民。

 いまは、カイル・セレスティアの戦いを信じ、火を託した者の一人。


 ――私は、誰かを救える力なんてない)

 ――だけど、信じる気持ちを灯すことは、できるかもしれない


 零霊院の奥、祭壇へと続く中間階層。

 修律会の影響を受け、信頼因子の流れは途絶え、演出は正常に作動しない。


 そんな空間に、彼女はひとり立っていた。


 そして――対峙する。


「立ち入りを禁ずる。非戦闘員は即刻退避せよ」


 声の主は、修律会の通信管理官・エスヴァ。

 演出干渉系の術士であり、感情遮断領域の制御を担っている存在。


 エスヴァの周囲には、信修派の若者たちが拘束されていた。

 演出を封じられ、苦しそうにうずくまる仲間たち。


「退いて。あなたにできることはない」


 エスヴァが言い切ったその瞬間、ノアは一歩前に出た。


「……確かに私は、火も出せません。

 でも、灯してもらった火を、消さないことならできると思っています」


 ※※※


 彼女は、かつてカイルの演出に救われた。


 どん底のような日々。

 家族を信じられず、誰ともつながれず、演出は自分には縁のない光だとさえ思っていた。


 ――そんな彼女の前に、カイルが現れた。


「無理に信じなくてもいい。でも、見たいと思ったら、それだけでいいんだよ」


 火の鳥が、街の空を飛んだあの日。

 ノアの心に、小さな炎がともった。


 私も、誰かを信じていいんだ――と。


 だから今、彼女はここにいる。


 火を起こすことはできなくても、火を繋ぐことはできる。


 ※※※


 ノアは短冊を取り出す。


 それは、今までカイルの演出を見てきた人たちが、自ら書き記した信頼の言葉。


 > 「もう一度、誰かを信じたい」

 > 「この火を、子どもに伝えたい」

 > 「あなたの演出が、私を生かしてくれた」


「……これが、私たちの信じたいという意思です。

 誰かに頼まれたわけじゃありません。自分の言葉で、自分の火を託したいと思った人たちの声です」


 ノアは短冊を空中に解き放つ。


 風のない空間に、ゆっくりと舞い上がる紙片。


 だが、その瞬間。


 ――風が吹いた。


 無音だった灰の空間に、信頼因子の微細な波動が発生した。


 《感情因子干渉:規格外の信頼共鳴、観測》

 《演出補助値、回復傾向》


 通信陣がざわめき始める。


「な……何をした……?」


 エスヴァが一歩後退した。


 ノアは真っ直ぐその目を見た。


「私は、何もしていません。ただ信じた人の言葉を届けただけです」


「演出は、奇跡でも魔法でもない。信じる行為の延長にすぎないんです」


「ならば、その行為を重ねることで――火は、必ずまた灯ります」


 ※※※


 拘束されていた信修派の青年の瞳に、うっすらと光が戻る。


 そして、彼の指先に――微かに火がともった。


「……あ……俺の、火……!」


「信じてくれて、ありがとう」


 ノアがそっと呟く。


 エスヴァは、もう何も言えなかった。

 彼女の演出は、沈黙のまま霧散していく。


 ※※※


 ノアはゆっくりと仲間たちを助け起こし、次の場所へと導いていく。


 彼女は戦わない。火も使わない。


 でも、彼女の手には繋がれた火が確かに宿っていた。


「カイル様、あなたが灯した火は、ちゃんと今も燃え続けています……だから、絶対に消させません」


 その声は、静かに空へ届いていた。


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