開戦 すべての信頼を守るために
――それは、すべてを終わらせる祭壇だった。
地図に存在しない王都の地下。
数世紀前、魔導宗教と呼ばれる旧教が信仰の火を封じたとされる場所。
《零霊院》と呼ばれるその施設の最深部に、それは存在した。
カルマ・ゲインが手を掲げると、薄暗い空間に幾何学的な魔導陣が浮かび上がる。
「始めようか。信頼の根源を断つ、世界再秩序の儀式を」
カルマの言葉と同時に、巨大な祭壇の中央が開き、無数の管と結晶体が露出する。
そのすべてが、演出魔導の根幹――すなわち「感情因子」に直接作用するための装置だった。
この装置が稼働すれば、信頼・希望・共感といった感情を媒介とする演出が、世界から一斉に消失する。
《焔絶の祭壇》。
それは演出という概念そのものを、理に基づいて消去するための魔導兵器だった。
「情念に支配された世界では、正しさは保てない。
ならば、感情という毒を取り除くだけだ」
カルマはそう呟いた。
演出は過剰な信頼を招き、信頼は狂信を呼び、狂信は争いを生む。
ならば、最初から信じる力を存在しないものとすればいい。
カルマはそれを、「人間社会を救う最終手段」と信じていた。
「カイル・セレスティア君の火はあまりに眩しすぎた。だが、それゆえに、君を消すことで、すべてが終わる」
彼の表情に笑みはなかった。ただ、静かに手を掲げた。
「始動――《焔絶祭》、起動フェーズへ移行」
※※※
同時刻。王都・南部の廃屋にて。
カイルは修律会からの通達文を読み上げていた。
「演出演武者 セレスティア・カイルは、秩序を乱した大罪人として、修律会によって排除対象に指定された……だってさ」
その文書には続きがあった。
“当該個体は、あらゆる信頼演出の根源とされる。
焔絶の祭壇発動に伴い、当該演出因子を起点とする全演出の消去処理を行う”
「……つまり、あいつら、俺ごと信じる力を消そうとしてるってわけか」
リィナは硬い顔で頷いた。
「焔絶の祭壇が起動すれば、信頼演出だけでなく、信頼という概念”に依存する演出が世界から一斉に消えます」
「世界に火が灯らなくなるってことか」
「はい」
室内には、カイルの他にクリス、リィナ、ノア、そして少数の信修派の若者たちがいた。
その誰もが、覚悟を決めた目をしていた。
「……作戦は?」
クリスが腕を組んで言った。
「正面突破は危険すぎる。だが、内部に精通した者がいれば道は開ける」
そのとき、ノアが手を挙げた。
「零霊院の地下構造について、一部の信修派がかつて遺構研究として記録を残しています。私が案内します。直接戦うことはできませんが、道を示すくらいならできます」
「……助かる。ノア、ありがとな」
カイルはそう言って、ノアの手を軽く叩いた。
※※※
作戦はこうだ。
•カイル、ノア、リィナ、クリスを中核とする突入班を編成。
•ノアが零霊院地下へのルートを案内。
•途中で待ち構えるであろう修律会の幹部クラスに対して、リィナとクリスが迎撃。
•カイルは単身でカルマ・ゲインのもとへ向かう。
「……俺にとって信頼ってのは、奇跡じゃねぇ。積み重ねてきた証だ。
それを全部なかったことにしようってんなら、俺は、世界を相手にしてでも止めてやる」
拳を握る。指先に、わずかに“熱”が戻った。
「これは、演出じゃねぇ。俺自身の火だ」
リィナが微笑んだ。
「なら、それを照らすために、わたしも戦います。
信じた力は、否定されても――また、灯せばいいんですから」
「俺もだ」
クリスが短く言った。
「修行が無駄だって、何度も言われてきた。でも、あんたの火を見て、俺は修行ってのは人を変えるって信じられた」
「だったら、拳で通すさ。修律会の壁をな」
※※※
その夜。
王都南部、零霊院への隠された階段口にて。
風が止み、空に血のような月が昇っていた。
「……カイル様。どうか、無事で」
ノアが短冊を差し出した。
そこには、信修派の仲間たちがそれぞれ書いた“信じる言葉”が綴られていた。
「あなたの火に救われた」
「演出がなくても、あなたは光だった」
「信じたいと、初めて思えたんです」
「ありがとう、ノア。……それ、俺の中に灯して行くよ」
それは信頼そのものだった。演出ではなく、魂に刻まれたもの。
祭壇が開き、世界が感情の火を拒絶しようとする今――
それでも、火は消えない。
彼らの戦いが、始まる。




