ガレンでの戦い
南方の商業都市・ガレン。
かつては信演ブームの発信地として、街の至るところに火の鳥のモチーフが飾られていた。
信修派が演出修行の教室を開き、子どもも大人も、誰かを信じる勇気を少しずつ育てていた――そんな場所だった。
――だった。
今のガレンには、その面影は一切ない。
市門には修律会の幟が掲げられ、門番たちはすべて修律官。
街の中央にあった信修派の施設は焼かれ、広場には「演出行為 禁止」と刻まれた黒板が並んでいる。
「……これは、完全に信頼そのものを封じにかかってます」
リィナが震える声で呟いた。
俺たちは変装をして街に入り、宿屋を名乗る廃屋に身を潜めていた。
表向きはただの旅人として情報を集めていたが、どこを歩いても感じるのはただひとつ――
沈黙。
人々は口を閉ざし、目を合わせず、誰のことも信じない。
そこにあるのは希望ではなく、自己防衛と恐怖だけだった。
「火の鳥……あれって、敵じゃなかったの……?」
「演出を使ってた子、昨日いなくなったって……」
「信じたら、消される……」
子どもたちのささやきが、まるでナイフのように胸に突き刺さる。
「……この街で、演出を使えばどうなる?」
「即刻、審問官によって拘束されます。
信頼因子の波形が確認された段階で、敵対意志ありと見なす――それが修律会の方針です」
「要は、信じたら罪ってことか」
酷すぎる話だった。けれど、それがカルマ・ゲインのやり方だ。
※※※
夜、街外れの廃屋に戻った俺たちは、近隣の信修派生存者と接触していた。
「わたしたちは、演出は使ってません。火を灯す真似すらしてない。
けど、それでも信じてるってだけで……兄が連れていかれました」
そう語ったのは、年若い青年だった。
彼の目は怒りに震えているというよりも、完全に“折れて”いた。
「……もう、俺たちはどうしたらいいのか分からないんです」
そう言ってうつむいた彼の背を、俺は何も言わずに支えた。
(……俺は、信じる力が人を導くと信じてきた。でも――)
この街では、その信じること自体が拷問だ。
信じることで家族が消える。演出を口にすれば失踪。
子どもたちは、火の鳥の絵を呪いと呼んでいた。
俺の、あの演出が。
あれだけ喜んでくれた笑顔たちが、恐怖で閉ざされている。
「……ッ」
こみ上げてくるものを、拳で押し込む。
俺は、力にならなきゃいけない。
でも――俺の演出は、信じてもらえないと成立しない。
今のこの街では、何もできない。
※※※
そして、その時は突然訪れた。
「カイル・セレスティアを確認。排除対象と認定」
空から降りてきたのは、漆黒の修律官たち。
中央に立つのは、仮面と灰色の法衣に包まれた審問官。
《演出起動:無響炉心〈審断式〉》
次の瞬間、周囲の空気が反転したように変わった。
《警告:演出回路に干渉が発生/信頼因子遮断・演出起動不可》
炎の修行者は出現しない。火の鳥も姿を見せない。
「……演出、出ない……?」
「対象の信頼は断絶。演出機能、無効化」
彼らの演出は、信頼を無音化する。
誰かを信じようとする心が起こる前に、その芽を摘む。
「なら、俺の拳で――!」
無理矢理殴りかかろうとしたそのとき。
「下がれ」
静かな声が響いた。
――カルマ・ゲイン。
仮面の男が、審問官の影から現れる。
背後に誰もいないのに、彼の存在だけで空気が揺れる。
「信頼の火よ。ついにここまで堕ちたか」
「……カルマ・ゲイン……!」
「君の演出は、もはや害悪だ。
信じる者が増えれば増えるほど、君は神格化され、崇拝の対象になる。
そして――それを失った瞬間、君は瓦解する。まるで今のように」
「……っ……」
火が出ない。演出が、呼応しない。
「君にとって信頼とは、何だ?」
カルマの目が、俺を貫く。
「人が人を信じること。それは、束ねることであり、同時に奪うことだ。
だから私は、断つ。信頼の連鎖ごと、君を焼却する」
《演出起動:断炎結界《黒律の火刑》》
彼の背後に、黒い炎が揺れた。
それは俺の火の鳥に似ていて、でもその芯は“否定の熱”だった。
「貴様の火はもう燃えない。ならば、私が灰に還す」
爆風のような衝撃。俺は、吹き飛ばされた。
※※※
逃げた。全力で逃げた。
あんな化け物に、今の俺じゃ――勝てない。
リィナが泣きながら叫んでいた気がする。
でも、俺はもう、その声すらまともに聞こえていなかった。
演出が出ない。信頼がない。
俺は、俺を信じることができない。
その夜、廃屋の片隅で俺は膝を抱えたまま、何も言えなかった。




