カイルとノア
翌朝、俺は一人で《聖紅炎広場》の西端にある修行堂へ向かった。
昨日、ノアという少女と交わした約束を果たすためだ。
朝の光が差し込む中、白石の回廊を歩いていくと、堂の扉が開け放たれ、白い修行服に身を包んだ十数名の若者たちが整列していた。
その胸元には、火の鳥を象った刺繍。
昨日、俺に向かって「信じています」と語ってきた――信修派の面々だ。
中央に立つノア・フェルシアが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「カイル様、ようこそお越しくださいました」
「ああ。呼んでくれてありがとう」
堂内に入ると、焚香の香りが薄く漂っていた。
演出修行というより、まるで“神事”のような空気が漂っている。
その静けさの中、ノアが再び口を開いた。
「わたしたち信修派は、あなたの修行に心を打たれ、救われた者たちです。
どうか、これからの私たちを導く“言葉”を、お授けいただけませんか?」
その瞬間、堂内に集まった人々の視線がすべて俺に集中した。
期待と崇拝のまなざし。
だがその光は、どこか――危うくて、強すぎた。
「……ありがとう。君たちが俺を信じてくれるのは、すごく嬉しい。
でも――それを伝える前に、ひとつだけ、ちゃんと言っておかなきゃいけないことがある」
俺は、静かに視線を上げた。
「俺は、“神”じゃない」
ピシリと、場の空気が張り詰めた。
ノアが、目を丸くする。
「でも……あなたは“火の鳥”を呼び、“信頼”を力に変えたんですよ?
それは、もう普通の人間の域を――」
「違うよ」
俺はかぶせるように言った。
「火の鳥が現れたのは、俺がすごいからじゃない。
“信じてくれた人たち”がいたから、演出が力になったんだ。
俺だけの力じゃ、あんな演出は絶対に出なかった」
沈黙が降りる。
誰もが、その言葉をどう受け取っていいのか分からず、固まっていた。
ノアが、震える声で言った。
「……わたしは、弱いんです。
何を信じていいのか分からなくて……。
でも、あなたの修行を見て、火の鳥を見て、ようやく“信じられるもの”が見つかった気がしたんです……!」
「俺も、そうだったよ」
思わず口に出ていた。
「俺もずっと、誰かに認められたくて。ズルして、見せかけだけの修行を続けてた。
でも、そんな俺を信じてくれた人がいて……そっから、ようやく俺は変われたんだ」
俺は手を前に出し、小さな演出を起動する。
火花がちらつき、手のひらの上に小さな“焔の鳥”が形をなす。
光は温かく、静かに揺れていた。
「信じるってのは、誰かにすがることじゃない。
“信じた想い”で、自分の足で立ち上がることなんだ」
その言葉に、ノアが目を伏せた。
「でも……正直、それは難しいです。
わたしたちは、あなたの演出に救われた。
だからこそ、その力を信じ続けていたい……」
「なら、こうしよう」
俺はそっと微笑んで言った。
「信じる対象は“俺”じゃなくていい。“自分の意思”で選んだ未来を、信じてくれ。
俺は、その背中をちょっと押すだけでいいんだ」
ノアは、瞳を見開いていた。
やがて、小さくうなずいて、言った。
「……わかりました。
これからは、わたしたち信修派は、カイル様を“神”ではなく――“導き手”として、信じます」
その言葉に、他の若者たちも次々にうなずいた。
みんなが、静かに、確かな意思を持って頭を下げた。
「……ありがとうございます。導き手様」
「だからその呼び方やめようぜ……?」
* * *
その日の午後。
信修派の代表者ノアから、「偶像化の否定」と「自立を促す声明」が発表された。
魔晶SNSでは、その動きが大きな反響を呼んだ。
【速報】信修派、偶像崇拝を否定!
→「信じる=立ち上がる力」って言葉、沁みた……
→やっぱカイル様、人間味あってこそ魅力だよな
→演出だけじゃなくて、言葉の力も持ってるのすごすぎる
一方で、別の波紋も起きていた。
【異端派“燃魂教”が分派?】
→演出の“本質は神の火”と主張する一派が拡大中
→カイル様の“演出原典”を勝手に教典にしようとしてる?
信頼は、受け止め方次第で歪む。
信じるという行為は、時に人を強くし、時に――狂わせもする。
* * *
夜。
屋上の縁に腰かけて空を見上げていた俺の隣に、リィナがそっと座った。
「……カイル様。お疲れ様です」
「なんか……今日は、疲れた」
星が静かにまたたいていた。
「でも、よかったですね。信修派の人たちが、“自分の道”を選んでくれました」
「ああ。今は少しホッとしてる。けど……」
俺は、遠くの光を見つめながら呟いた。
「これで終わりじゃない気がするんだ。
信頼ってやつは、あったかくて、でも……火みたいに燃え上がるときもある。
うまく付き合わなきゃ、全部焼けちまう」
リィナがそっと微笑んだ。
「だからこそ、あなたが“演出の火”を制御するんです。
この時代の、信じる象徴として」
俺は、黙って頷いた。
そしてその夜――遠くの街で、新たな火が上がった。
それは、俺の演出とは違う、黒くゆがんだ“信頼の炎”。
人々を救うための演出が、誰かに喰われようとしていた――。




