決戦! カイルvsユリウス
炎印祭――決勝戦当日。
朝焼けが《聖紅炎競技場》を照らす中、会場には空前の人波が押し寄せていた。
修行者、民衆、貴族、商人、果ては魔術国の外交官まで――
演出修行という新たな道が、ここで一つの答えを示すからだ。
「信頼の火が、恐怖の影を焼き尽くせるのか?」
「また、逆にその光は、影によって飲み込まれるのか!?」
人々の視線が一点に集まる。
そして、場内にアナウンスが響いた。
「決勝戦――カイル・セレスティア VS ユリウス・シェイド!」
俺は、ゆっくりとステージへ歩き出す。
空は高く澄み、群衆のざわめきが波のように響いていた。
※※※
ユリウス・シェイド。
黒衣の長身、仮面をつけ、口元すら見せぬその男は、かつて修律会の負の演出管理官として名を馳せていた。
演出によって心を導くのではなく、“支配するための演出を研究していた男。
これまで数々の《修律会》のメンバーと戦ってきたが、こいつはその中でも飛び抜けた知名度と影響力を持つ。
《修律会》が世間から激ヤバ組織というイメージを抱かれているのも、彼の影響が大きいだろう。
《修律会》の象徴ともいえる存在だ。
凄まじい相手ではあるが、こいつさえ倒せば流石にもう組織も俺には近付いてこないだろう。
「……久しいな、カイル・セレスティア」
「……お前、俺のこと知ってたのか?」
「君の演出は、私の研究対象だったからな。信頼による共鳴演出――初めはただのバグスキルかと思ったが、君はそれを自律進化させた。ならば、次はそれを壊す番だ」
「へぇ……それで、わざわざ敵になるってわけだ」
「違うな。私は演出そのものを否定したいのだ。感情で力を得るなど、危うすぎる。信頼も希望も、すぐに裏切られる。私が証明しよう。恐怖こそが、最も安定した支配力だと」
「……なるほど」
俺は、軽く拳を握る。
「そういう奴を、ラスボスって言うんだよ」
※※※
鐘が鳴る。演武開始。
ユリウスは一歩踏み出しただけで、空気が凍りついた。
ステージ全体に、見えない黒い圧が広がっていく。
《演出術式:恐圧領域《影葬結界》発動》
「く……!」
観客の一部が息を詰まらせ、座り込む。
それは演出というより、呪術に近かった。
視線を向けるだけで、胸を締めつけるような圧力。
心に潜む恐怖を具現化させ、それを演出として増幅する――
「これが……支配型の演出か……!」
「君の火は信頼で燃える。だが信頼など、私“影の中ではすぐに冷える」
ユリウスが影をまとって迫る。
拳に乗せられた黒い炎が、俺の演出と交差する。
《防御演出・信炎守陣:起動》
だが、影の一撃はあまりにも重く、俺の演出の表面を裂いた。
「っ……!」
「ふむ。信頼が揺らいでいるな。では、私から君の信者たちにひとつ、映像を見せよう」
ユリウスの仮面が、魔晶映写装置とリンクし、空中に映像を浮かべる。
そこに映されたのは――
《カイル様に騙されたと語る偽の証言者たち》
《演出の不完全性を示すねつ造された動画》
《火の鳥が実は魔獣の召喚とされる論文》
観客がざわつく。
「これ……」
「演出って、操られてるのか……?」
「信じてたのに……」
《信頼値:減衰中/演出力25%低下》
「くそっ……こんなやり方……!」
だが、それがユリウスのスタイル。
恐怖と疑念で相手を封じる、負の演出。
「どうした? 足が止まっているぞ。君の演出は、信じられている限り力を持つのではなかったか?」
「……ああ。確かにそうだよ」
俺は拳を握りしめる。
「信じられてなきゃ、俺の演出は光らない。
でもな――それでも信じようとしてくれる奴がいる限り、何度でも立ち上がれる!」
《条件再構築:個別信頼値集中型演出回路に移行》
《演出再点火・信炎核 再起動》
再び現れる、あの炎の修行者。
それは俺の意思が具現化した、自分自身のもう一つの姿。
「俺の力は借り物じゃねぇ。信じてくれた人と一緒に、作ってきた力なんだよ!」
演出が進化し、観客席に反応が戻る。
「カイル様……やっぱり……」
「信じる……信じたい……!」
「あの火の鳥は、嘘じゃない……!」
《信頼値:急上昇中/演出力回復・自己顕現レベル3》
拳に力が戻る。
炎の修行者がユリウスの影を焼き払う。
ユリウスが一歩後退し、影を再構築しようとしたその瞬間――
「――今だ!」
俺と炎の分身が、同時に拳を振り抜く。
正面突破。
影の仮面が砕け、ユリウスの身体が吹き飛ぶ――!
※※※
静寂のあと、大歓声。
「勝者――カイル・セレスティア!」
競技場が震えるほどの拍手と歓声が沸き起こる。
SNSは瞬く間に火を噴いた。
【信じる力が勝った!】
【演出は心! カイル様の勝利に涙】
【影に勝った光――修行神が本物になった日】
「おめでとうございます、カイル様……! 本当に……!」
観客席から、リィナが拍手をしながら讃えてくれた。
「ありがとな。お前が信じてくれたから、立ってられた」
「いえ、わたしこそ……信じてよかった」
俺たちの修行は、ようやくここにたどり着いた。
でも――物語は、まだ終わらない。
演出は、信頼は、そして信じる心は――
これから世界を変えていく。
「ハハハハハ!!」
祝福ムードの空間を狂気を含んだ笑い声が切り割いた。
笑いの主は、先程まで戦っていたユリウス・ジェイド。
「何がおかしいラスボス。これで《修律会》も終わりだぞ」
《修律会》で一番の広告塔を倒した。
これで奴等のメンツはボロボロ。
それだけでなく、この祭りを通して《修律会》は俺と直接対決して何度も負けている。
もう、こいつらを脅威だと思うものもいないだろう。
「フハハ! 俺に負けていれば、まだお前は軽い傷を負う程度で済んだのになあ!」
狂ったように笑い、ユリウスは俺を指差した。
「修律会のラスボスは俺ではない! 真のボスはカルマ・ゲイン!! お前は彼と直接対決をせねばならない。彼に勝てるわけがない! お前はもう終わりだ」
そう告げ、ユリウスは満足したのか、力尽きたのかは知らないがその場で失神した。
「カルマ・ゲイン……」
まだ決着はついていなかった。