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信頼の向こう側へ

 観客席が静まり返っていた。


 演武台の中心、石畳の舞台には二人の修行者が向かい合って立っていた。


 ひとりは俺――カイル・セレスティア。

 演出と信頼で持ち上げられた、修行神(仮)。


 そしてもう一人は、修律会・第七観測室所属。

 《鏡面執行者》を名乗る男、メノ・クリュオス。


 彼は黒い布で全身を覆い、仮面のような鏡を顔につけていた。

 その瞳にはまったく感情がない。ただ、冷たい水面のような静けさを湛えている。


「準備はよろしいでしょうか?」


 審判役の修行官が、緊張した声で問いかける。


「ああ。こっちはいつでも」


「……問題ない」


 その瞬間、鐘が鳴った。


 公開演武、開始。


 ※※※


 メノは動かなかった。

 相変わらず、微動だにせず、ただこちらを見ている。

 ……探ってるか

 俺も、まずは構えを取る。


 《修行演出・式神開放:信炎・鳳翔陣》


 足元に三重の炎陣が展開され、背後から火の鳥が舞い上がる。

 会場がざわつく。すでに観客はこの演出をカイルの象徴として認識している。


 だが、次の瞬間。

 メノの仮面が淡く輝いた。


「――模写・鳳翔」


 まったく同じ演出が、彼の背後にも展開された。


「なっ……」


「この鏡面は、演出の形と信頼の揺らぎを模倣する。

 君が信じられる限り、それは実体だ。だが――君への信頼が揺らげば、その演出はただの幻となる」


 そう言った瞬間、彼の炎鳥が突進してくる。

 俺は即座に《守輪・改》を展開し、バリアを張ったが――


「っ……!」


 重い。


 演出の模写なのに、まるで本物の火の意志を持っているようだった。

 あいつの鏡、演出だけじゃない。信頼の圧まで再現してやがる


 観客席がざわつく。


「どっちが本物……?」

「同じ演出、二人……?」

「本物のカイル様は……?」


 ざわつきが、やがて疑念へと変わっていく。

 そのとき――


 《信頼値:わずかに減衰中》


 頭の中で、スキルが反応した。

 演出が、弱くなる。

 ……やべぇ……!


 今までの俺の力は、民衆の信頼があったからこそ実体化してきた。

 だが、今。俺の力は、信頼の揺らぎによって、削がれていく。


 ※※※


「カイル様……!」


 観客席で、リィナが立ち上がっていた。

 拳を握りしめ、震えながら呟く。


「信じてください……! あの人が、本物です……!」


 その声が、わずかに空気を変えた。


 でも――それはまだ、届かない。


 メノが淡々と語る。


「信頼とは、儚いものだ。炎は風に揺れ、やがて消える。君の力も――同じだ」


「……違うな」


 俺は息を整え、拳を握った。


 今まで、俺は信じてもらうことに頼っていた。

 でも、本当に必要なのは――


「俺自身が、信じることだ。俺の修行はズルだった。でも、誰かのために本気になったのは、嘘じゃない」


 演出スキルが反応する。


 《条件解放:自己信念共鳴による演出進化を確認》

 《新スキル派生――信炎・自己核顕現発動可能》


 その瞬間、俺の背後に現れたのは――火の鳥ではなかった。


 それは、人の姿をした炎だった。


 赤い外套に身を包み、剣を背負った炎の修行者――

 まさしく、俺自身の意思が具現化した姿。


「これが、俺の本当の演出だ。信じることを選んだ俺の、自己演出核。」


 俺が拳を振ると、その炎の修行者も同じ動作を取る。


「……これは……模写できない……?」


 メノの声がわずかに揺れた。


「そうだよ。これは、誰にも真似できない演出だ。

 ――俺が、俺を信じたからこそ、出せたんだ」


 そして、拳が交錯した。


 ※※※


 勝敗は、明らかだった。

 メノの演出は消え、仮面にヒビが入った。

 彼は静かにうつむき、崩れ落ちた。

 審判が宣言する。


「勝者――カイル・セレスティア!」


 会場が、大きく揺れた。


「本物だ……!」

「模写できない炎……あれが……!」

「信じた……信じてよかった……!」


 SNSでもこれは話題になった。


【速報】カイル様、演出に炎の自分を召喚!?

 →ガチで涙出た

 →誰にも真似できない信頼って、あるんだな

 →信じることの演出……カイル様はやっぱ神

 →カイル様! 貴方も選手として大会に出場してくれ!

 →それな! ぜひ出てくれ!

 →運営に頼もう! カイル様を大会に出せって!

 →それじゃ署名を募ろうぜ!


 ※※※


「え、ええ。わかりました。出場させていただきます」


 その夜。

 炎印祭を仕切る運営から電話がかかってきた。

 SNSで俺を本戦に参加させろという便りが多すぎるらしい。

 参加してもらわなくては大会自体が中止になりかねないレベルだそうだ。

 半泣きしながらお願いしますカイル様。本選に出てくださいと懇願された。


 俺はしぶしぶ引き受けたのだ。



「ふう。まさか大会自体に参加する事になるとは」


 溜息を吐き、俺は壁に寄りかかる。

 開会式のセレモニーだけかと思えば《修律会》と対決する羽目になるし、それが終わって今度こそゆっくりできると思えば今度は本選に出るようにお願いされる。

 実に慌ただしい事だ。


「カイル様! 大会に出るんですか?」


 リィナが駆け寄ってくる。


「まあな」

「カイル様なら優勝できますよ! 私、応援してますから!」


 優勝か。

 以前の俺なら考えもしなかった事だ。そもそも、自分に自信がなかったから人前で修行をするのも怖かった。


「でももう、怖くない。だって――今の俺には、信じる自分がいるからな」


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