炎印祭
偽カイル事件から三日後。
騒動の収束も束の間、俺の元に、王都鍛錬者ギルドを通して一通の公式招待状が届いた。
『カイル・セレスティア殿。貴殿を《炎印祭》特別修行演武の客演修行者として招待いたします。ぜひ、開会式のセレモニーで修行を披露してください。開催地トランゼリア自治区・聖紅炎広場』
炎印祭――それは、演出士たちの誇りと信頼が火花を散らす、年に一度の祭典だった。
祭りの幕開けを飾るのは「修行演舞部門」。
これは、派手さや威力を競うものではない。
いかに観客の心を打つ修行の演出を魅せられるか――それが勝負の分かれ目となる。
演出の構成力。
演者の信念。
そして、どれだけ“信頼される修行”として伝わるか。
そういった要素を、観客と審査員が総合的に判断し、上位8名が選出される。
選ばれた8名が進むのは、炎印祭最終ステージ。
ここでは一転して、実戦形式の演出対決が行われる。
ただし、ただのバトルではない。
演出の中にどれだけの信頼を宿せるか――
観客からの共鳴度もリアルタイムで反映され、
炎の強度や変化、演出の持続力すら左右される。
それは、ただ力を見せつける戦いではない。
信じてもらえる力を、拳に込めてぶつけ合う――
まさに、信頼の極地を問われる最終決戦なのだ。
「……まさか、そんな凄い場所で修行を披露する事になるとはな」
開会式のセレモニーで俺の修行を観衆に披露しないといけなくなった。
ぶっちゃけ緊張するから、嫌なんだがな。
「名誉ある事じゃないですか! この祭りは全国どころか、周辺国家にも中継される修行の祭典です!」
俺とリィナはギルドのロビーで、半ば呆然としながら招待状を見つめていた。
「修行スコアランキング上位者や、各国の宗派代表しか呼ばれないはずです。その中で開会式のセレモニーを任されるなんて! カイル様……もはや伝説の域に……!」
「ズルで修行してただけの男が、伝説って呼ばれる時代か……」
「それが、いまの時代なんです!」
ギルド職員がこっちを見てヒソヒソ話しているのが聞こえてくる。
「カイル様、炎印祭ですよ……」
「ってことは、また火の鳥の演出、見られるのかな……」
「録画魔晶具、持ってかないと!」
……不安しかない。
※※※
数日後、俺とリィナはトランゼリア自治区の空中都市《サン=グレフ》に降り立っていた。
空港を出た瞬間、待ち受けていたのは報道魔晶具と記者の大群。
フラッシュ魔術と飛び交う音声魔法の嵐の中、次々と声が飛ぶ。
「カイル様、今日のオーラの色は!? 本物ですか!? 演出ですか!?」
「火の鳥と鳳凰はどう違うのか、全国が注目しています!」
「信頼は力になりますか!?」
「えっと……うん、全部気分です」
わけわからん。
リィナが横で小声で呟いた。
「すごいですね……完全に修行界のアイドルです」
「新ジャンルつくんな」
もう帰りたい。
※※※
その夜、招待者限定の交流会が催された。
場内は各国のトップ修行者たちで埋まり、俺は異物感の塊として特別席に座っていた。
そこで現れたのが、《炎印祭》の優勝候補。
銀髪の少女。左右に分けた髪を編み、片腕には重厚な鉄製の腕鎧をつけていた。
「あなたが、カイル・セレスティア。神の演出者……ね」
「どうも。修行神(仮)です」
「仮。自覚があるのは好感。だが、私には確かめる必要がある」
「何を?」
少女――レルナ・ファーニスは、真っすぐな視線を俺に投げた。
「あなたの演出は、本当に人を強くするのか。それともただの、まやかしなのか」
会話を聞いていた他の修行者たちが少しざわつく。
だが俺は、少しだけ笑って答えた。
「たぶん、最初はまやかしだった。ズルで、ラクして、カッコつけてただけの演出だったよ。でも、それを信じてくれた人がいた。信じてくれたから、俺も信じたいって思えた」
火の鳥のように、ゆっくりと胸が熱くなる。
「だから俺は信じてる。ズルでも、演出でも、それで誰かを守れるなら、それは本物だってな」
その言葉に、レルナはほんの少しだけ目を細め、口元に笑みのようなものを浮かべた。
「では、あなたの信じる力、この目で見届けよう」
※※※
その晩。宿舎のバルコニーにて。
俺は夜空を見上げていた。
星は王都よりもずっと近くにあって、手を伸ばせば届きそうなほどだった。
「……明日、だな」
小さく呟くと、隣に気配があった。
リィナが、湯上がりのまま羽織を着て立っていた。
「緊張……してますか?」
「ちょっとだけな。王都と違って、ここじゃ俺を知らない人も多い。
つまり、信頼はゼロから始まるってわけだ」
リィナはそっと俺の横に並んだ。
「カイル様なら、きっと大丈夫です」
「なんでそんなに、俺のこと信じてくれるんだ?」
その問いに、リィナは迷いなく答えた。
「ズルでも、偽りでも、わたしに手を差し伸べてくれたのは、あなたでした。だから、信じる理由なんて十分です」
その言葉に、少しだけ背中が軽くなる気がした。
「……ありがとな」
※※※
そして、炎印祭当日。
空は青く晴れ渡り、中央の演武場には五万人を超える観客が詰めかけていた。
そのすべての視線が、中央の修行台に立つ俺に向けられている。
絶好の修行日和だった。
開会式のセレモニーを行うのに申し分ない天候である。
音が消えたような静寂の中、俺は両手を合わせ、ゆっくりと呼吸を整える。
《修行演出・式神開放:信炎・鳳翔陣》
足元に三重の炎陣。周囲の空気が揺らぎ、火の鳥が天から降りてくる。
それは幻ではない。
信頼を力に変えた、俺の想いの化身だ。
観客が息を呑む。
俺は、語りかけるように呟いた。
「俺の修行はズルから始まった。でも、それを笑わずに信じてくれた人がいた。だから今、俺はここにいる。この演出は、俺の過去と、俺の未来――そして、信じてくれた誰かへの、答えだ」
火の鳥が羽ばたき、空へ舞う。
炎が光となり、空中に信の一文字を描いた。
――その瞬間、観客席からは歓声と拍手が沸き起こる。
それは、誰かの心を動かす修行だった。