演出家と粗悪品
「おい……あれ、カイル様じゃねぇか?」
「いや、違くないか? なんか動きが変だし……目元、仮面つけてるぞ」
王都・第三通り。
そこに立っていたのは、まぎれもなく俺の演出を模した人物だった。
足元には炎の輪。背中にゆらめく焔鳥の幻影。
演出パターン、光の色、出現タイミングまで俺の修行スキルと寸分違わぬ演出。
でも、その動きは明らかに何かが違っていた。
演出だけが先行している。
演出に動きが追いついていない。
つまり、スキルを自分の感情や信念と結びつけていない、表面だけの模倣だ。
(誰だ……? どうやって、俺の演出を?)
「……カイル様、あれは……」
隣でリィナが声を震わせる。
「うん。たぶん――偽物だな」
でも、周囲の人々はまだ判断がついていない。
「え? どっちが本物?」
「昨日もこっちの通りで見たって聞いたけど……」
「カイル様なら、街の修行場で演武してたんじゃ……?」
疑問の波が、広がっていく。
演出スキルの派手さゆえに、見た目では区別がつかない。
信じていたはずの人々の目が、少しずつ――揺れている。
(……やっぱり来たか、《修律会》)
信頼を集めれば、狙われる。
演出の象徴”になった俺の力は、民衆にとっても支柱になりかけていた。
だからこそ、その支柱を折るには、俺の真実を疑わせるのが一番手っ取り早い。
本物が誰なのか分からなくなれば、信仰は崩れる。
※※※
「カイル様、どうしますか?」
リィナの問いに、俺は一拍だけ間をおいてから答えた。
「行くよ。ハッキリさせる」
俺はゆっくりと偽カイルの前に歩み出た。
通行人たちが道を開ける。
誰もが息を呑んで、その対峙を見つめていた。
正面から偽カイルを見た瞬間、確信した。
仮面の奥の目は、空っぽだった。
力も意志もない。あるのはただ、スキルのなぞり。
「よう、俺」
俺が言うと、偽カイルは首を傾けた。
言葉を発さない。反応もしない。ただ演出を繰り返す人形のようだった。
「お前の演出、確かによくできてる。けど……違うんだよ」
俺は、ゆっくりと拳を握った。
《修行演出・真形態:信炎《焔陣・双環》起動》
足元に二重の炎陣が展開し、背後に二羽の炎鳥が現れる。
「俺の演出はな、信じてくれた誰かのために出てくる。それがなけりゃ、ただの光と風の騒ぎだ」
風が舞い、火の鳥が旋回する。
そして、俺の周囲に自然と人が集まってくる。
「カイル様……!」
「本物だ! 見ろ、こっちには熱がある……!」
そう、演出が本物になるとき、そこにはちゃんと温度が宿る。
誰かに届いてほしいと願ったときにだけ、スキルは実体を持ち始める。
だから、俺は言う。
「お前にそれがあるか?」
次の瞬間、偽カイルの演出が、一気に崩壊した。
焔鳥が爆ぜ、光が消え、残ったのは――ただの仮面の男。
その身体がフラリと崩れ、倒れる。
傍にあったのは、魔導演出具と刻まれた呪具。
「……やっぱりな。スキルじゃない、道具で演出してたのか」
※※※
事件はすぐにギルドに報告され、偽カイルの“正体不明の魔道人形”として処理された。
だが、俺の中ではまだ釈然としないものが残っていた。
「これで終わり、じゃないよな……」
リィナが、そっと俺の横に立った。
「……これから、もっと揺さぶりが来ると思います」
「ああ。信じられるものが増えたってことは、同時に疑われるリスクも増えたってことだ」
他者からの信頼は俺への強さになる。
でもそれは、いつ崩れるか分からない綱渡りのような力でもある。
それでも――
「俺は進むよ。信じてくれた人がいる限り、ズルでも、演出でも、俺の全部で応える」
そう誓った。
次に来るものが、どれだけ危険でも、俺はもう逃げない。