偽カイル襲来
信頼対決から、数日が経った。
王都では今、ちょっとした修行ブームが巻き起こっていた。
「カイル様の修行、再現してみたよ!」
「俺も毎朝、火の輪の中で拳を振ってます!」
「光らせるタイミングが難しいんだよな~……」
広場や道場では、カイル式の“動作演出修行”を真似する若者たちが増えていた。
その様子を見ながら、俺は少し複雑な気持ちで水を飲む。
(なんだこれ……俺、なんか文化作ってない?)
「やっぱり人気ですね、カイル様」
隣ではリィナが嬉しそうに笑っている。
でも俺は思わず顔をしかめる。
「いや……ここまでくると、ちょっと怖いっていうか……」
俺はズルしてきた。努力しないまま、偶然スキルで評価されただけの存在だったはずだ。
だけど、いま俺の名前で人が動き、街が変わっている。
(……ほんとに、これでいいのか?)
自分に問いかける。
その答えは、まだ出ていない。
※※※
その夜。王都から遠く離れた山岳地帯。
黒い霧が渦巻く廃都――そこに、《修律会》の本拠が存在していた。
中央の円形ホールには、四方を囲むように幹部たちが立ち並ぶ。
そして、その中心に――カルマ・ゲインがいた。
長い銀髪。無表情。漆黒の長衣をまとい、片手に光る魔晶盤を掲げる。
「……カイル・セレスティア。信頼判定戦に勝利。以降、信頼指数の急上昇が確認されている」
その声は静かだが、会場全体の空気を支配していた。
「民衆の意識が彼に集中しすぎている。彼が意図せず導いている集団信仰は、やがて思想を歪める」
幹部の一人が言った。
「彼はまだ神ではない。だが――その兆しを持っている」
「ならばどうする?」
「消しますか?」
「否」
カルマが答えた。
「否定は逆効果。今の彼に敵を与えれば、信仰はさらに強化される。
我々がすべきは、彼を民衆に疑わせることだ。」
彼の指が魔晶盤をなぞる。
映し出されたのは、カイルの修行映像。それに付け加えられた別のエフェクト。
「次なる段階、幻影導破計画を実行する。彼の演出を模倣し、各地に偽カイルを出現させる」
「……それは、彼の信頼を……?」
「歪ませ、混乱させ、分裂させる。
信仰の炎とは、広がるほど制御が難しい。――今、その芯を焦がすべき時だ」
静かに、黒い計略が動き出す。
※※※
その頃、王都。
俺は広場で演出の調整をしていた。
もう、ちょっとだけマジで練習するようになったのは、リィナのためでもある。
というか……あいつの視線が怖い。
「カイル様、それ……演出の出し方、いつもより早くなってませんか?」
「えっ、まじ? なんか昨日から、勝手に出てくるんだけど……」
確かに最近、スキルの反応が変だ。
演出が自動補正みたいな動きをし始めていて、ちょっとやりにくい。
そんな時だった。
「うおっ!? 見ろ! あれ……!」
通行人が叫び、俺たちの視線がそちらに向く。
別の通りの角。そこに――
俺の演出を模倣した男が立っていた。
淡く輝く輪、焔鳥の残像。
だが動きがどこか不自然で、目元には黒い仮面。
「……誰だ、あいつ……」
ざわつく民衆。
リィナが眉をひそめる。
「カイル様の……偽物……?」
俺はゆっくりと歩き出す。
胸の奥で、何かが――危険を告げていた。