偽物の演出家と本物の努力家
いつもの朝。
昨日と変わらない、澄んだ空気と少しだけまぶしい陽射し。
けれど俺の胸の中には、微かに引っかかるものがあった。
なんというか……誰かに見られているような、そんな感覚。
理由は分かっていた。
今朝から妙に通行人の視線が痛い。
ちらちらと、俺の顔を見る。そしてすぐに目をそらす。
何人かは、小声で何かを囁き合っているのが聞こえた。
「……ほんとに修行してんのか、あの人?」
「演出じゃね? ただのエフェクトって噂もあるし……」
その言葉を聞いたとき、俺の足がふと止まった。
(……ついに来たか)
どうやら、《修律会》の連中が動き始めたらしい。
昨日、バルナが撤退したあとも油断はしてなかった。
あいつらが真っ正面から来ることなんて滅多にない。
一番怖いのは、周囲をじわじわ蝕む疑念だ。
※※※
案の定、その日の午後には王都の情報板《魔晶掲示板》が騒がしくなっていた。
魔法具を通じて民衆同士が意見を交わす匿名情報空間だ。
【話題】カイルってホントに修行してんの?(ID:鋼のヒザ)
→あの人、いつも光ってるだけだし、正直怪しい。
→演出スコア9999って盛りすぎじゃね?
→わかる。尊敬してたけど、最近ちょっと作られた感ある。
スレッドはあっという間に炎上し、賛否入り乱れる混沌と化していた。
(……なるほどな。こう来たか)
ある意味、予想通りだった。
民衆の信仰が、俺の力の一部になっているなら
それを潰すには、こうやって“信頼そのもの”にヒビを入れるのが一番手っ取り早い。
静かに深呼吸する。
心がざらつく。でも、負けるわけにはいかなかった。
※※※
夕方、修行場。
いつものように動作演出修行をしていると、見覚えのある背中が視界に入った。
――クリス・ダルフォード。
騎士階級の出で、正統派の努力系修行者。
ランキングでは常に二位、そして……以前から俺の存在を警戒していた男だ。
熱い男で知られ、常に直向きにただ、成長を目指して鍛錬を詰んでいた。
ついた異名が修行の申し子
俺がこのスキルを宿し、頭角を現す前は、間違いなくこいつが修行の象徴だった。
「カイル・セレスティア。民衆の声は届いているか?」
「……まあ、多少は」
「ならばここで、白黒つけるのが筋だろう」
クリスが、木剣を地に突き立てる。
「公開修行対決。実践演武形式。条件は、観衆が最も信頼した者が勝ち」
「は?」
「カイル様……これは罠です。クリスさんは《修律会》とは無関係ですが、間違いなく彼らに利用されて――」
リィナが不安そうな顔で近寄ってきた。
「民衆が疑っている。ならば、見せてみろ。君の修行が、信じるに値するかどうかを」
クリスの真っ直ぐな瞳に睨まれ、俺は思った。
こんな汚れなき瞳をしている者が《修律会》に利用されているはずがないと。
俺がただの凡人だった頃、まだ何者でもなかった時代、実は彼に憧れていた。
同年代で、ひたすら前を目指して修行をしているその
姿勢に胸を打たれた。
努力がどうしてもできなかった俺は、そうなる事ができなかったから。
俺が偽物なのなら、こいつは正真正銘、本物だ。
だからこそ、挑みたくなった。
もしそれで敗れ、民衆から信頼をなくしても構わない。
《修律会》とかいう圧力だらけの組織より、真っ当に努力し続けている本物に敗れ去るのなら本望だ。
偽物のまま、本物に勝手見せたいとそう思った。
「……いや、受けるよ」
俺はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
「見せてやるよ。ズルして始まった修行でも――本気で誰かを守りたくて踏み出した一歩が、どんなもんかってな」
この瞬間、会場の魔晶板に試合告知が表示される。
【予告:特別公開修行演武】
カイル ・セレスティアvs クリス・ダルフォード
形式:同時修行/信頼判定方式
観客投票:信頼度スコアシステム導入
こうして、俺の信頼をかけた戦いが始まろうとしていた。