努力なんてものは結局、ただの演出だ。
この世界には、努力が数値で可視化される制度がある。
名を【修行ランキング】――魔力の制御、筋力の鍛錬、精神の集中など、あらゆる修行の成果が定期的に測定され、数値として公表される。
努力は裏切らない。だから人は努力をする。
そして努力を見せつけるために、人々は必死に汗を流す。
上位ランカーになれば貴族入りは確実、聖騎士団からもスカウトが来る。
そして何より……モテる。
だからみんな修行に命を懸ける。
けど俺には、そんな根性も体力もない。
「……努力って、見せかけだけでいいなら最高なんだけどな」
そう呟いた俺の名は、カイル・セレスティア。十八歳、無職。
鍛錬より昼寝、修行よりごろ寝。
努力をしないことにかけては右に出る者はいない自信がある。だけど、モテたいし、褒められたいし、うまい飯も食いたい。
今日も町のギルドで、暇つぶしにスキル鑑定オーブをいじっていたら――
「スキル取得完了。ユニークスキル――《修行演出》を確認しました」
鑑定オーブが青白く光を放ち、機械音のような声でそう告げた。
俺は眉をひそめる。
「……修行演出? なんだそれ。ダサくね?」
慌ててスキルの説明文を呼び出す。
《修行演出》
→修行中の行動に、演出効果(光、音、煙、魔法的な視覚演出など)を自動で追加。実際の修行効果はありません。
「なにこれ、見た目だけかよ!」
思わず声を上げる。
詐欺か? いや、ただのハズレスキルか?
……でも、ふとあることを思い出す。
修行ランキングは、ただの“成果”だけで決まるわけじゃない。
修行をしている“姿”が目撃された場合、そのインパクトも加点対象になる。
つまり――
「見た目だけで派手に鍛えてるように見せかければ、ランキング上がっちゃうんじゃね?」
俺は思わずニヤついた。
努力せずに、努力してるように見せかける。
これこそ俺がずっと夢見ていた、最強のズルチートじゃないか。
※※※
その日の午後。
俺は町はずれの公営修行場にやってきた。
平日は割と空いていて、人の目も多すぎず少なすぎず、ちょうどいい。
俺は修行用の石板の上に立ち、深呼吸する。
「さて、見せかけの努力スタートっと」
スキル《修行演出》を起動すると、すぐに空気が変わった。
足元から風が巻き上がり、乾いた砂を舞い上げる。
周囲にほのかな光の粒子がきらめき、俺の身体を包むように漂う。
両手を構えると、そこに淡い紅蓮の炎が現れ、まるで俺の闘志が燃え上がっているかのように――
いや、俺はただ、立ってるだけなんだけどな。
次第に、演出のボリュームが増していく。
全身からモワモワと蒸気のようなエフェクトが溢れ出し、背景に謎の金色の模様が展開される。
まるで神殿の加護を受けているかのような神秘的な雰囲気すら出てきた。
「……やば。カッコよすぎる」
思わずうっとりする俺。
通りがかる人々も、その異様な光景に足を止める。
「な、なんだ……?」
「あれ、修行か? どこの流派だよ、あんなの見たことねえぞ」
「まさか……あれが噂の覚醒者……?」
いや、違う。ただの一般人がスキルで派手な演出出してるだけだよ。
だが、当然そんなことはバレるはずもなく、周囲はどんどん騒がしくなっていく。
「速報! 修行ランキングに異変! セレスティア・カイル、未知の修行法で一気に暫定1位浮上!」
町のモニターストーンにランキング速報が表示されると、見物人たちはどよめいた。
あっという間に人だかり。
まるで見世物か神の降臨でも見ているような騒ぎだ。
その中心で、俺はただ――棒立ちしているだけだった。
「……はっはっは。完☆全☆勝☆利!」
誰にもバレず、努力せずにランキングトップ。
これが俺の生きる道だ。
──しかしその裏で、ある場所にて。
「出ましたね……《虚偽の修行者》が」
その報告を受けたのは、整然と並ぶ石造りの円卓の一角、黒いローブに身を包んだ青年だった。
カルマ・ゲイン。
努力を絶対とする修行至上主義組織《修律会》の幹部にして、“怠惰”を最大の敵とみなす狂信者。
「偽りの修行をもてはやすなど、この世界は堕落している。――粛清しましょう。修行なき者に、明日は不要だ」
俺が演出で楽してモテようとしているなど、知る由もなく。
この瞬間、真面目すぎる狂信者との戦いが、静かに幕を開けたのだった。