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統吾、ののか、網野が、スタジアムのゲートをくぐった。
涼しい風が統吾に吹き付ける。焼きそばとホットドッグの匂いが鼻腔をくすぐる。不意にヨダレが溢れた。
広いロビーにはトイレ、売店があり、壁際でイベントを宣伝する立体映像が流れていた。
三人は一階スタンド席を目指し進む。
通路に「お客様ご案内係」という四角いバッチをつけた係員が仰向けで倒れている。統吾の体に緊張が走る。
「ざまぁ! 潰してやった」
突然、網野が吹き出す。
「えっ?」
統吾は状況が飲み込めない。
「人間じゃねえ。ロボットだ。サイバー攻撃で動作停止させた」
網野の実力は相当なものらしい。ここまでスムーズに来れた。
ののかはさっきから口数が減り、表情も硬い。
更に通路を進むと入り口が見えてきた。デモ隊が突入を待ち待機している。
網野は、スマホから宙にキーボードを投影すると、忙しそうに操作を始めた。分厚い金属の扉を開けるためのハッキングらしい。
珍しいせいか、統吾とののかは、デモ隊に話しかけられた。
何人ものデモ隊員は熱っぽく思いを語った。
生きる権利を切望する者、人生を壊され恨みを抱える者、大切な人を取り戻したい者がいることを知った。
ののかを慰め、無事に母親と再会できるように応援してくれる者達もいた。
統吾の胸には、込み上げるものがあった。
網野が「開くぞ! かかれ!」と大声で指示を出す。
スタンド席に繋がる扉が一斉に開いた。ピアノの音色が聞こえてくる。クラシックだ。
シュプレヒコールを再開したデモ隊がなだれ込んで行く。
統吾は、ぶるっと身震いした。
録画を開始したiPhoneを右手に握り締め、左手をののかと繋いだ。
「ママはすぐ近くだね。行こう」
「うん」
消え入るような声で、ののかは答える。
入り口を通過し階段を上がると、巨大な空間が現れた。温度湿度が最適に管理された空間に、ピアノの音色が流れる。
フィールドを円形に囲む一階、二階、三階まで超満員だ。
統吾は、全身の神経が一瞬のうちに昂るのを抑えられなかった。
百メートル程先にあるステージの上で、イブニングドレスを着た黒髪の女がグランドピアノを弾いている。
「ママ!」
ののかは、ありったけの声で叫んだ。