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芝生に浮かぶテントの影に、統吾、ののか、網野が腰を下ろしている。網野がスマホに話しかけると、立体映像が切り替わった。
ラグビーやサッカーに使われそうなフィールドが映る。客席は超満員だ。様々な色のポンチョやマントを身にまとった人が多い。2076年のファッションだろうか。
ののかは、あぐらをかいた統吾の膝をつつき「始まるよ。ママもすぐ来るから早く行こう」と急かす。
「チビちゃん。ちゃんと行くから安心しろって。少しセレモニーを見物しようや」
網野は余裕の顔でタバコに火をつけた。
「ののかちゃん、少し休憩しながら待とうか。ピアノ演奏の前に移動するから大丈夫」
統吾は麦茶とカロリーメイトをののかに手渡す。
「約束破ったら針千本だからね」
ののかはしかめっ面で受け取った。
「兄ちゃん。珍しいもの持ってるな。どこで手に入れた?」
網野が驚いた顔をしている。
「何って言えばいいか……よかったら網野さんも、どうぞ」
網野が何かを言いかけたところで、立体映像から音楽が流れだす。
淡い色の和服姿の女が現れた。胸元には、地球をデザインしたバッジが付けられている。「UTOPIA」と地球の下に印字されている。
統吾は急いでポケットからiPhoneを取り出し撮影を始める。
和服女はアナウンサーらしい。
「本日は会場でのリアル参加、遠方からアバター参加のハイブリット開催です。
会場のセンサー情報を超高速通信で視聴者様の脳内チップにお届けします。雰囲気や温度、匂いまで臨場感たっぷりにお楽しみ頂けます」
統吾は耳を疑った。
「お次のプログラムは、新人類ユートピア地球共和国のルフト・ファーレンハイト総統から開所のご挨拶を頂きます」
ルフトは、硬めにセットした金髪オールバックの男だった。年齢は四十前後だろうか。背広越しでも盛り上がった筋肉の厚さがわかる。柔和な笑みを浮かべるとルフトは話し出す。
「本日は諏訪湖研究所の開所をこうして迎えられることを、とても嬉しく思います。
新たな人類の平和を願い、痛ましい過去について振り返らせてください」
ルフトは眉尻を下げ沈黙した。
「我々人類は便利さと富を優先し温暖化と環境破壊を引き起こしました。北極の氷が溶け多くの都市が海中に沈み、食料不足や水不足が深刻化しました。
人間は限られた居住地、水、食料、資源を奪い合い紛争や戦争が多発し、核兵器使用という最大の過ちを犯してしまったのです。
結末はご存じのとおりです。半分以上の地球の人口が失われました」
ルフトの表情が冷静な顔つきに戻る。
「新人類ユートピア地球共和国は、地球という一つの国家で唯一の政府です。国家間の争いを無くすことに成功しました」
ののかは、統吾の脇腹に寄りかかり寝ている。網野は食い入るようにルフトを見ている。
「残念なことに、環境破壊と放射能汚染のせいで地球に近い将来住み続けることは不可能です。そのため、政府は火星への移住計画を急ピッチで進めています。
火星緑化計画を迅速に推進するための研究開発拠点として、新人類の希望となる諏訪湖研究所を開所致します」
割れんばかりの拍手が起こる。
統吾は手で目を覆い何度か深いため息をついた。社会の授業に出てきた温暖化が、こんな悲惨な結果を引き起こすとは。
「時間だ。スタジアムに行くぞ」
網野が立ち上がり、髪を後ろにかき上げた。