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突然前が開けると、デモ隊はスタジアムに向かって行進を再開する。なぜか立体映像と電流は消えた。
「やった! 統吾、早く行こう」
ののかは力一杯に手を引っ張るが、統吾は「待って」「何かおかしい」と立ち上がらなかった。
目の下に深いクマの刻まれた長髪の男が、近づいてくる。顔が青白く、唇は紫色だ。髪には白いものが多く混ざり、パサついている。
「あんた達、人間だな?」
統吾は唖然とした。こんな、わかりきったことを質問するなんて、どうかしてる。
「ののかちゃん、行こうか?」
統吾は長髪男に背を向け、小声でののかに話しかけると、スタジアムとは逆の方向を指差した。ののかは困惑している。
「待てよ。すごいだろ。サイバー攻撃で立体映像も電流も消し去った」
統吾は勢いよく長髪男の方を振り向いた。
「こんなところで何をしてる?」
「この子を母親のところまで連れて行こうと思いまして」
「ママは、ののかを探してるよ。早く行かなきゃダメなの」
ののかは明らかにむしゃくしゃしている様子だ。
「まだ会ったことのない脳内チップ非適応者だな。何がしたいんだか聞いてやるよ」
長髪男が広げた灰色のシートは四隅に小さな球体が付いている。そこから空気を噴射し、扇風機を兼ねた浮かぶテントになった。三人は下に座った。熱った体が楽になる。
統吾が事情を話し終える。網野と名乗る長髪の男はタバコを口に挟み、何やらブツブツと独り言を始めた。統吾には苦手な匂いだった。
少しすると網野はののかに視線を向けた。
「よし、そんなに母ちゃんに会いたいんだったら、スタジアムに連れてってやる。何があるか、わからねえけどな」
「どうやって連れて行くんですか?」
「サイバー攻撃で障害物は全て取っ払う」
「よかったね! ののかちゃん! ママに会えるね」
ののかは目を輝かせ首を縦に振った。
「では、ののかちゃんをよろしくお願いします。僕はここで失礼させてもらいます」
「ダメ。ママを探すって約束したじゃん」
ののかは、統吾の手をきつく握りしめた。
「俺に丸投げすんなよ。兄ちゃんが最後まで面倒見ろよ」
網野が統吾を軽蔑する様に見る。
「ですよね。すいません」
統吾は後頭部を掻いた。
網野が再び話し始める
「研究所の開所セレモニーは全世界だけじゃなく、火星まで放送される。俺らは、そこに乗り込んで新人類ユートピア地球共和国の人権弾圧を訴えるんだ」
「デモ隊は放送に映り込むつもりですか?」
統吾の問いに、網野は頷く。
「そうだ。政府に交渉して脳内チップ非適応者の権利と生存を保証させる」
こんな緊縛した光景を撮影できたら、絶対にインスタグラムでバズる。Youtubeで盾だって貰える。統吾は心の中でガッツポーズをした。
網野はスマホから立体映像を投影した。スタジアムの見取り図を使い、段取りを説明する。
「ピアノが始まったらデモ隊を突入させる。その流れで演奏してる母親に、この子を引き渡せ」
「統吾、ののかをちゃんと連れてってね」
ののかが、すがるような視線を向ける。
「網野さん、ののかちゃん、了解です」
統吾は歯切れ良く返事をした。
セレモニー開始まで、あと十一分。