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ペットボトルの水を飲む度、白湯を飲んでるようだ。口内が生暖かい感覚に包まれる。遠くの景色は陽炎で歪んでいた。諏訪湖はこんなに暑かったろうか。
「そうか!」
統吾は膝を打った。
2026年では、ブラックホールは数日前から夕方に現れていた。今は2076年で、五十年と十二時間後だから、明日の夜明けにまた現れる計算になる。
再びブラックホールを抜けると2026年に戻れるはずだ。右手で小さなガッツポーズをした。
ハムスターの立体映像が終わった。ののかは、笑顔でベンチに座りながら、膝から下を前後に揺らしている。
「ののかちゃん。ママを探しに行こうか」
「やった!行こう、行こう!」
ののかは、右の拳を何度もを突き上げる。
「俺さ、明日の夜明けに帰るから、それまでにママを見つけるね」
「統吾が帰るの? どこに?」
ののかが不思議そうな顔をする。
「元の時代の2026年」
「どうやって?」
「黒い穴を抜けて」
ののかは戸惑い、しばし沈黙した。
「帰る前にちゃんとママを見つけてよね」
急に険しい顔になりキッパリと言い切るののかに、統吾は「わかった。わかった」と愛想よく頷いた。
ののかからスマホと教えてもらった透明な電子機器に、統吾は話しかける。
「ののかちゃんのママはどこにいる?」
スマホからさっきの女性の声が聞こえてくる。
「諏訪湖研究所の開所セレモニーに行ってください。ママはピアノ演奏者として参加されます」
スマホは答えると、何かのパンフレットを立体で投影する。
政府が新しく開所する何かの研究開発の拠点のようだ。統吾がタップすると地図が拡大した。
会場はここから四キロ離れた場所にある。ののかを連れて歩いても二時間以内だろうか。三時間後の開始時間に十分間に合う。セレモニーを撮影し、ののかを母親に引き渡してから、2026年に戻ろう。
有名インフルエンサーになれる「ワンチャン」きた。セレモニーの様子をインスタグラムで配信するのが楽しみすぎる。
明るい表情をした統吾とののかは、古びたベンチを降り、木陰を出た。統吾は思わず水平に開いた掌で、目に降り注ぐ陽光を遮った。
統吾の後にののが並び、雑草を踏みわけ進み始めた。