第8話 憎しみの鎮静
ポルデュラが語る100有余年前の因縁の真実にマルギットは胸に湧き上がる冷たく重苦しい黒々としたものを感じていた。それが己の中に眠るもう一人のマルギットの声が聞えた時と同じ感覚だと気付くとマルギットは慌ててポルデュラの名を呼んだ。
「ポルデュラ様っ!私の中に眠る者が出てまいりますっ!黒々とした冷たい闇がっ!あっ・・・・ああぁ・・・・ポル・・・・デュラさ・・・・ま・・・・」
マルギットは両手を天蓋付のベッドの天井へ向け助けを求めるかのように声を上げた。
「堪えられなんだか・・・・致し方あるまいなっ!なればここで鎮静するしかなかろう!」
ガタンッ!!
ポルデュラがベッド脇の椅子から勢いよく立ち上がったのと同時にマルギットが天井へ向け上げた両手がパタリとベッドへ落ちた。
シュゥゥゥ・・・・・
シュゥゥゥ・・・・・
黒々とした靄がマルギットの胸の辺りから湧き上がる。
「くるか・・・・」
ポルデュラは左掌を上向きにすると銀色の風の珠を乗せた。
「ふっ!ふぅぅぅぅ・・・・」
銀色の風の珠を乗せた左手を胸の前に置くとふぅと長い息を吹きかける。
スゥゥゥ・・・・・
シャラン・・・・
シャランッ・・・・
吹きかけた長い息が銀色の風の珠にあたると細い銀色の鎖がマルギットの胸から湧き上がった黒い靄を囲う。
シュゥゥゥ・・・・・
シュゥゥゥ・・・・・
黒い靄はマルギットの胸から螺旋状に広がる。
スゥゥゥ・・・・・
シャラン・・・・
シャランッ・・・・
螺旋の動きに這わせる様にポルデュラの左手から放たれる銀色の鎖が巻きつく。
「ふぅぅぅぅぅ・・・・」
ポルデュラは銀色の鎖に息吹を吹き込んだ。
「ふっっ!!憎しみより出でし闇の者っ!この者の泉深くに眠りし古の黒の魔導士マルギットよっ!その眠り覚めることなく、銀の鎖を持ちて再び泉の奥底に鎮めるものなり。この者の泉深くに眠り、その眠り覚めることなし。銀の鎖を持ちて再び泉の奥底へ還れっ!」
シャリンッ!!!
ポルデュラの銀の鎖が螺旋状に広がる黒い靄を巻きこむとマルギットの胸の中へ向け逆回転をしていく。
シュゥゥゥ・・・・・
シュゥゥゥゥ・・・・
シャリンッ!!!
螺旋状に広がった黒の靄は銀色の鎖と共にマルギットの胸の中へ全て吸い込まれた。
シーーーーーン
マルギットの寝室が静まり返るとポルデュラは再び左掌の上に銀色の風の珠を乗せた。
「・・・・そう、やすやすとはな・・・・」
ポルデュラが呟いた瞬間だった。
ブワンッ!!!
ジャァァァァリンッ!!!
黒い靄とポルデュラが放った銀色の鎖が一気にマルギットの胸から溢れ出たかと思うと
ジャランッ・・・・
シャンッ・・・・
銀色の鎖が空中で散り散りになり
シュゥゥゥゥ・・・・
シュゥゥゥゥ・・・・
黒の靄がマルギットの胸の上で一つの塊になった。
漆黒の闇を思わせるその靄はポルデュラを見下す様にゆらゆらと揺らめいている。
『ふっ・・・・ふふふ・・・・ラドフォールか・・・・そなたが空けた風穴があったればこそ、マルギットと話ができたわっ!復活するには糧が足らなんだ。まぁ、この形を保つことはできるがな。たかが、風の魔導士ごときに我は止められぬ。そなたの力を頂くとしよう。次の子が宿るまではマルギットの中に留まるしかないからな・・・・ラドフォール・・・・ラドフォールッ!ラドフォールッめっ!王国と共に滅ぶがいいっ!ふっははっ!ははははっ!!!』
黒の靄は高らかな笑い声を上げ、ワンッ!!!と大きくうねるとポルデュラに襲いかかった。
シュンッ!!!
ビカァァンッ!!!
銀色の風の珠が大きく膨らみ光を放つとポルデュラが銀色の光に包まれた。
『うっっ!!まっ眩しい!!!お前っ!精霊のっ!風の精霊の加護をっ!ううっ!!』
シャランッ!!!
ポルデュラを包む銀色の光が網の様に広がると黒の靄を捕えた。
『うっっ!!おのれっ!!』
黒の靄が銀色に光る網の中でもがいている。
「復活を遂げることは叶わぬ。そなたの魂は封印をされたのじゃ。100有余年前にな。どの様な封印であっても今世のマルギットにその意志がなければ封を解くことはできぬ。眠れっ!古のマルギットっ!泉の奥深く永遠に覚めぬ眠りにつくのじゃ!」
ジャンッ!!!
グワンッ!!!
ジャランッ!!!
ポルデュラは銀色の網を小さくしぼめると銀色の鎖を外側から巻き付けた。
『うぐぅぅぅ!!お・・・の・・・れっ・・・・おぼ・・・・えていろ・・・次は・・・・ないと・・・・おも・・・・え・・・・・』
シュンッ・・・・
グググッ・・・・
小さく萎んだ銀色の光の網を左掌に乗せるとマルギットの胸に押し込んだ。
シュン・・・・
「・・・・これで、一旦は鎮まるだろうがな・・・・後はマルギット殿の心次第だな。信じ任せるより他に道はない・・・・」
ポルデュラはマルギットの額にそっと唇を添えると呪文を唱えた。
「風の魔導士ポルデュラの銀の光の珠にて、この者に寄せる闇を遠ざける。映る物全てに愛と誠実が宿りてこの者の行く末を見守らん。哀しき過去を拭い去れ」
ポルデュラはマルギットの額から唇を離した。
「・・・・気休めにしかならぬかもしれぬ。いずれ黒魔術は復活を遂げる。せめて、そなたの魂が安らかでいられる様にな・・・・マルギット殿、すまぬな。私にできる手助けはここまでじゃ」
ポルデュラはマルギットの額に左手を乗せ、フワリッと銀色の風をマルギットの額に注いでいく。
「マルギット殿、終わったぞ。目覚めよ」
「・・・・うぅっ・・・・」
ポルデュラの声にマルギットがゆっくりと瞼を開けた。
「・・・・」
目覚めたマルギットの額に左手を乗せたままポルデュラは状況をゆっくりと語った。
「マルギット殿、終わったぞ。ひとまずはそなたの泉にもう一人のマルギットの憎しみを鎮めた。
だがな、そなたの心のあり様次第なのじゃよ。そなたの心に芽生えた負の感情が色濃くなれば、また浮上してくる。私にできる手助けはここまでなのじゃ。
これよりは独りで抱え込むことはないぞ。何かあればすぐに私を呼べばよい。できる限りのことはする。遠慮は無用じゃ。
そなたの思う理想を築きあげるのじゃろう?ハインリヒ殿の描く王国の理想の助けとなるのじゃろう?皆で力を合わせればよい。よいな、何かあればすぐに私を呼べ。ハイノ殿にもその様に伝えるのじゃぞ」
ポルデュラはマルギットの額から左手を離した。
ポルデュラの言葉にマルギットの眼尻からホロリと涙がこぼれた。
「ポルデュラ様、感謝します。この先は、ハイノを頼ることとします。私は・・・・独りではないのですね・・・・ありがとう存じます。ポルデュラ様・・・・」
涙が溢れ出る涙を拭いもしないマルギットに少し哀し気な微笑みポルデュラは向けていた。