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第6話 風の魔導士の来訪

深い紫色のマントに身を包んだ人物を連れ立ちハイノはマルギットの寝室の扉を叩いた。


トンットンットンッ


部屋の中からの返答がない事を確認するとハイノは取っ手に手をかけ扉を開けた。


ガチャ・・・・


「マルギット、入るぞ」


寝室はローズマリーの香がに充満していた。難産の末、死産だった第二子の出産後、医師の勧めで炎症を抑える効果が高いローズマリーの精油を炊きつづけている。


ハイノはベッドへ近づきマルギットの様子を窺った。


「マルギット?眠っているのか?」


マルギットは穏やかな表情で寝息を立てていた。


「ポルデュラ様、失礼を致します。わざわざお越し頂きましたのにマルギットは眠っております。ポルデュラ様のお部屋をご用意してありますからマルギットが目覚めるまでどうぞ、部屋にて寛がれて下さい」


マルギットの寝室の入口で佇む深い紫色のマントに身を包んだポルデュラへハイノは申しわけなさそうな顔を向けた。


「ハイノ殿、気にする事はない。そうじゃな、ちと、マルギット殿の様子を診せてくれるか?それとローズマリーの精油を炊くのはやめた方がよいの。代わりにヒソップの精油を炊いてくれ」


ポルデュラは袖口から紺色の小袋を取り出すとハイノに手渡した。


「ヒソップには浄化の作用があるのじゃ。部屋の空気を入替えた後に炊いてくれ」

「承知しました・・・・」


ハイノは受け取った紺色の小袋をじっと見つめてから顔を上げて不安気な表情をポルデュラへ向けた。


「あの・・・・ポルデュラ様、マルギットは私には言えない何かをずっと抱えているように思うのです。ひどく思い悩んでいるというか・・・・私は・・・・私にはマルギットを救ってやることができないのです。小さき頃からマルギットの傍にいても何もできずに・・・・」


ハイノは己がマルギットの助けになってやれない事が情けなくも哀しいとポルデュラへ訴えた。


「ハイノ殿、そなたのその想いがマルギット殿の助けになっているのじゃ。そなたは助けになれぬことを『哀しい』と言う。『悔しい』とは言わずにな。


 そなたのその優しさがマルギット殿を闇より守っているのじゃよ。そなたでなければ今頃、マルギット殿はマルギット殿でなくなっているぞ。安心致せ。そなたはそのままでよいのじゃ」


ポルデュラは左掌を上向きにするとハイノの額に銀色の風の珠を送った。


「ハイノ殿、ヒソップの精油を炊いた後に私を呼んでくれるか?それまで部屋で休ませてもらおう」


ポルデュラはハイノに微笑みを向けるとマルギットの寝室から静かに出て行った。



―――清々しい空気と爽やかな香りにマルギットは目を覚ました。


(胸のつかえが取れる様な香・・・・これは?)


天蓋付のベッドの天井へ目をやるとハイノがベッド脇から顔を覗かせた。


「マルギット、目覚めたか?」

「・・・・ハイノ、王都から戻っていたのですね」

「ああ」


マルギットに呼応するハイノはいつになく愛おしそうな眼差しをマルギットへ向けていた。


(ポルデュラ様と話はできたのだろうか・・・・)


マルギットはハイノの己を労わる眼差しに王都城壁訓練施設にいるポルデュラに話ができたのかを聞くに聞けない思いに駆られる。


「気分はどうだ?部屋に風を通したのだ。清々しいであろう?精油も変えたのだぞ。ローズマリーからヒソップにする様にとポルデュラ様がご用意くださったのだ」

「えっ!ハイノ!今、何と仰ったの?」


「うん?部屋に風を通して、精油を変えたと申したのだが?」

「ローズマリーからヒソップの精油に変えた?どなたから頂いたの?」


「私じゃよ、マルギット殿。久しいの。随分と独りで堪えたようだの。あれほど何かあれば直ぐに私の元へ来るように申したではないか?子を亡くしたのじゃな。辛かろう」


窓辺に銀色の長い髪、深い緑色の瞳のポルデュラが佇んでいた。


「ポっポルデュラ様!」


マルギットが慌ててベッドから身を起こそうとするとフワリッと銀色の風の珠がマルギットの身体を包み込み、そっとベッドへ横たわらせた。


「そのまま横になっておればよい。今は大事を取る時じゃ」


ポルデュラはマルギットが横たわるベッドへ歩み寄り、ベッド脇にいるハイノに視線を移した。


「ハイノ殿、悪いがマルギット殿と二人にしてくれるかの?仔細は私が王都へ戻った後にマルギット殿がそなたに直接話すじゃろうから。それでよいか?マルギット殿」


マルギットは幻でも見るかの様にポルデュラを見つめていた。まさかポルデュラがマデュラ子爵領まで出向いてくれるとは露ほども思っていなかったのだ。


「はい、ポルデュラ様の仰せのままに。仔細は私から夫に話します。ハイノ、今はポルデュラ様と二人にして下さる?」


ベッド脇にいるハイノにマルギットは視線を向けた。


「そうか?承知した。では、ポルデュラ様、どうか、どうか、マルギットをよしなに願います」


ハイノは椅子から立ち上がり、右手を胸にあてポルデュラに挨拶をすると扉へ向かった。


「ハイノっ!」


己を呼び止めるマルギットの声にハイノは振り返った。


「ハイノ、感謝するわ。王都からよくぞポルデュラ様をお連れ下さって、感謝するわ。私はハイノなしでは生きてはいけないの。ハイノ感謝するわ」


マルギットの言葉にハイノは一瞬、驚いた表情を見せるが直ぐに緩めた頬に微笑みを携え部屋から出て行った。


「星読みのえにしはどうじゃ?マルギット」


マルギットとハイノのやり取りにポルデュラが微笑みを向けた。


「はい、私には過ぎた夫です。星読みのえにしに感謝しています」

「そうか、それはよかった」


マルギットの言葉に心なしかほっとした表情を浮かべたポルデュラにマルギットは第二子出産の経緯を語りはじめた。


「ポルデュラ様・・・・実は、子は・・・・子は死産でした。私の中からの冷たい声に抗い切れませんでした」


「わかっている。そなた独りでよくぞ堪えたな。そなたの中にいるもう一人のマルギットと話をしたのか?」


「・・・・はい・・・・やはり、もう一人の私なのですね・・・・私は、やはり・・・・罪人の魂を引き継いだ者なのですね・・・・青き血が流れるコマンドールを死に追いやった黒魔術を扱う黒魔女マルギットの魂を・・・・」


ツッツッッ・・・・


天蓋の天井を見上げるマルギットの眼尻から涙がこぼれ落ちた。


ポルデュラはベッド脇に歩み寄るとマルギットの唇を左手二本指で塞いだ。


「その様に己を戒めずともよい。そなたであって、そなたではないのじゃからな。そなただけでは致し方のない事なのじゃよ」


ポルデュラは少し哀し気な目を向けた。


「ここからは独りではないぞ。安心いたせ。ただ・・・・」


ポルデュラの深い緑色の瞳がキラリと光った。


「ここからは独りではないが、覚悟を決めてもらわねばならぬ」


ゴクンッ・・・・


ポルデュラの真剣な眼差しにマルギットは固唾を飲んだ。


「・・・・覚悟・・・・で・・ございますか?」


「そうじゃ。覚悟じゃ。これより話す事は王家とラドフォール公爵家のみが知り得ることじゃ。因縁の当事者であるエステール伯爵家も知らぬ。いや、敢えて伝えていないのじゃ。


 されど、そなたの中にいるもう一人のマルギットの事じゃからな。そなたには聞いてもらわねばならぬ。その上でどうするかをそなた自身に決めて欲しいのじゃ。


 どのような道を選ぼうともそなた自身が決めたことならば『後悔』はあるまい。後悔をしないための悔恨を残さぬための覚悟じゃ」


ポルデュラはハイノが腰かけていたベッド脇の椅子に座りマルギットの両手を包みこんだ。


ポルデュラの言葉をじっと聞いていたマルギットは、ポルデュラに両手を包まれると不思議に腹の底から力が湧いてくる様に感じ、一つ深く息を吸った。ポルデュラの深い緑色の瞳を己の緋色の瞳で見つめて


「ポルデュラ様、我が夫にポルデュラ様へのご助力をお願いするよう伝えた時点で既に覚悟はできております。


 私は、いえ、私とハイノは、マデュラ子爵家は、シュタイン王国5伯爵家筆頭序列第一位エステール伯爵家現ご当主ハインリヒ様が描かれたシュタイン王国の理想イデアを、シュタイン王国を強固にするための理想イデアを、共に創り上げたいと願っております。


 そのためであればいかような事でも致す覚悟がございます。どうか、我らにお力をお貸し下さいっ!ハインリヒ様の理想イデアをお助けできる力をお貸し下さいっ!」


マルギットは己の両手を包むポルデュラの手を強く握り返した。


「そうか・・・・そなた、その様に考えていたのか・・・・わかった。私にできるうる限りの力を貸すとしよう」


マルギットの覚悟を感じたポルデュラは、その思いに応えたる様に力強くマルギットの手を握った。

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