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第4話 対峙の行方

マルギットが生んだマデュラ子爵家第一子はアルノ―と名付けられた。


『罪人の家名』と罵倒ばとうされることへも立ち向かう強さを持つ様にと『鷲のように強い』意がある名とした。


アルノ―がすくすくと育ち2年が経つ頃、マルギットは第二子を身籠みごもる。


その間、第一子アルノ―を出産した時に体感したあの夢とも現実とも解らない漆黒の闇をゆっくり沈んでいく現象は現れなかった。


漆黒の闇の中で聞いた言葉がふとした時に頭に蘇える度にマルギットは己を戒める思いでいた。


『あぁ、100有余年、待ち望んだ。この時を待ち望んだ。マルギット、もうすぐだ・・・・』


冷たい闇の中で重々しい声が歓喜に振えているようで不気味に感じた言葉。


(あれ以来、声は聞こえい・・・・が、なぜか胸騒ぎがしてならぬ)


マルギットはあの声も言葉も空耳であって欲しいと強く強く願っていた。


その日は王都都城で一月に一度、催される王家主催の饗宴の日だった。マルギットはつわりが酷く、珍しく饗宴の席への参加を見合わせ王都別邸で臥せっていた。


うつらうつらしているとあの時と同じ感覚に襲われる。


漆黒の闇の中をゆっくりと潜っていく感覚にうっすらと眼を開け辺りを見回した。どこまでも続く漆黒の冷たい闇の中だ。


(・・・・また・・・・二度とここには来たくはなかったというのに・・・・)


己の意思ではどうすることもできないこの現象にマルギットは身を任せる他なかった。


あの時と同じ、冷たいベールが身体を包みこんだ。と、同時に冷ややかな声が耳元でささやく。


『マルギット、久しいのぉ。2年の時を要したが時がきた。そなたの夫をにえにする時がきたぞ。急ぎ領地の屋敷に戻り地下通路へ行け。地下通路を3回曲がった右側の石壁に六芒星の刻印がある。六芒星の刻印にそなたの左手を重ねろ。


 その奥にある隠し部屋の中央に六芒星の魔法陣が敷いてあるのだ。壁際にある石の椅子に夫を座らせ両足首の内側を切れ。暫くすると夫の血が六芒星の魔法陣に行き渡る。そなたが魔法陣の中央に身を置けば我がそなたの中で復活をする。今よりももっとそなたと同化できる。


 そして、我が復活すれば黒魔術も復活を遂げる。そうなればそなたの思い通りだ。王国滅亡もっ!愛しいエステールの当主の命もそなたの思うがままだ。楽しみにしておれよ』


漆黒の闇の中、冷たいベールが怪しい声と共にマルギットの身体を包み込んだ。


マルギットはぐっと身体に力を入れた。


声がでないことも身体が動かないことも解っている。頭の中に言葉を思い浮かべれば声の主に伝わる気がした。


『そなたは誰だ?そなたの思い通りに私が動くと思うか?我が夫は、ハイノは優しい心根を持っている。私が生まれた時からずっと傍にいてくれた優しい夫だ。にえなど、そなたの復活など興味がないわっ!


 私はエステール伯爵を愛しくなど思ってはいないっ!ただ、あの方の理想イデアに賛同したいだけだ。18貴族の結束を強め他国からの侵略など許さぬ強固な国を築く理想イデアの力になりたいだけだ。王国の滅亡など願ってもいないっ!エステール伯爵の命を欲っしてなどいないっ!』


マルギットは頭の中で力強く言い放った。


『ふっ!はっはっはっはっ!』


怪しい声は高らかな笑い声をあげる。


『そなたっ!正気か?エステールの当主が言う様な夢物語が現実のものとなると思っているのか?


 そなたっ!18貴族のやからから受けた仕打ちを忘れたのか?王家星読みの勝手なえにしの結びを許すのか?王国がそなたにマデュラに何をしてくれた?ただ、18貴族に席を設けてくれているだけであろう?


 100有余年前と何も変わってはおらぬっ!このままではマデュラはいずれ取り潰されるぞっ!領地もそなたもそなたの子らも全て失うのだぞっ!そうなる前に手を打つのが当主としての役目ぞっ!


 何が18貴族の結束だっ!できもしないことを言うなっ!王国東側では禁忌を犯し続けているではないかっ!見て見ぬふりぞっ!どこの家名も己の事しか考えてはおらぬはっ!


 何をしようと、王国に良かれと動こうと罪人の家名、裏切り者の家名と言われ続けているのがその証ではないかっ!


 そなたっ!そなたも幼き頃よりさげすまれてきたであろうがっ!赤い髪、緋色の瞳は罪人の家名の印と言われ続けてきたであろうがっ!それを許すのかっ!それでも我の魂を引き継ぐマルギットかっ!』


冷ややか声の中に激情の様な怒りが身体に伝わってくる。それでもマルギットはハイノをにえにすることも王国を滅ぼすことも望んでいない己の思いを認識した。


己の中にいるもう一人のマルギットと対峙するかのように頭の中で静かに反論をする。


『誰に何を言われようと気にもとめぬと決めたのだ。エステール伯爵ハインリヒ様が思い描いた理想イデアを何としてもやり遂げると決めたのだ。


 ハイノもそのこと賛同してくれている。子を授かり、我ら夫婦はお互いを信頼できるまでになったのだ。いや、私が変わったのだ。ポルデュラ様から銀色の風の珠を授かった事で、ハイノがどれほど私を大切に思い、愛しんでくれていたのかがやっとわかったのだ。


 わかったからこそ、私もハイノの思いに応えたいと思えたのだ。憎しみや怒りではなく、愛するとはこの様に穏やかな思いを抱くものなのだと知ったのだ。


 かつてハインリヒ様へ抱いていた思いは愛ではない。ただの憧れだったと気付いたのだ。己には持ち合わせていない凛々しさと美しさを兼ね備え、常に王国を思い動かれるお人柄に憧れを頂いていたと解ったのだ。


 ハイノに対する愛とは別物だと理解したのだ。私にはハイノが必要だ。愛し愛され信頼できるハイノが必要なのだ。ハイノが傍で支えてくれているからこそマデュラ子爵家の当主として王国のために役割を果たせると思っている。


 ハイノをにえにするなど許さぬっ!そなたは永遠に私の中で、この冷たい漆黒の闇の中で眠っていればよいっ!私の邪魔をするなっ!』


マルギットは己の中にいるもう一人のマルギットに反論をしながら夫ハイノやエステール伯爵ハインリヒに対する感情を再認識した。


グルンッ!!

グルンッ!!!


冷たいベールが幾重にもマルギットに巻きつく。


(うぅぅ・・・・くっ苦しい・・・・)


マルギットはもがく事もできない中で苦しみを訴える。


『ふっふふふ・・・・どうだ?苦しかろう?我はずっとその様な苦しみの中にいるのだ。100有余年、耐え忍んできたのだっ!そなたの思い等どうでもよいはっ!


 いいだろう。そなたが夫をにえにせねばどうなるかを見ているがよいっ!後悔をしてもどうにもならぬぞっ!


 マルギットっ!我は今の我を保つためにかてが必要なのだ。復活の刻を迎えるまでのかてがな・・・・


 ふっふふふっ・・・・まぁ、よいわ。見ておれマルギット。そなたがその内に自ら我に助けを求めてくるのを楽しみしているぞっ!わっはっはっはっはっ!!!!』


ハッ!!!


「がはっ!がはっ!」


マルギットは目覚めたと同時に勢いよく嘔吐した。


「ごぼっごぼっ・・・・ごほっ!!はぁ・・・・はぁ・・・・ごほっ・・・・」


「マルギット様っ!」


丁度、水差しを手に寝室に入ってきた女官のベーベルが苦しそうに嘔吐するマルギットに慌てて近づいた。


「ごほっ・・・・大事・・・・ない。だ・・・・大丈夫だ・・・・」


マルギットのつわりは第二子が生まれるまで続いた。

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