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第10話 抗らがえない宿命

フッ・・・・


重いまぶたを開けたマルギットは暗闇の中にポツンと浮かぶ赤黒い光に目が留まった。


「ここは・・・・?」


マルギットは赤黒い光の方へ吸い寄せられる様に歩き出した。一歩踏み出す度にフワフワと足元が揺れ、眩暈を起こしている様でおぼつかない。


「ここは?どこ?・・・・足元が・・・・」


ポツリ、ポツリとひとり言呟きながら赤黒い光に吸い寄せられるように歩みを進めると、その姿が徐々に鮮明になってきた。


「・・・・誰?・・・・」


赤黒い光だと思っていたがどうやら人が佇んでいる様だ。


身体に沿う様なスラリとした臙脂えんじ色のドレスを身に纏った女性。更に近づくと腰まである赤い髪が目に入った。


ギクリッ!!!


マルギットは何故かこれ以上近づいてはいけない気がして、立ち止まろうとするが、己の意思で歩みを止めることができない。


「なっ!なぜ?なぜ止まらぬのだ」


抗うことができずに近づくと臙脂えんじ色のドレスを纏った赤い髪の女性が赤黒い光を発し振り向いた。


ドキリッ!!!


その女性は鏡に映るマルギットそのものだった。


「あっ・・・・あっ・・・・ここは・・・・」


己の意のままにならない足を何とか止めようとマルギットは太腿を押えた。


ニヤリッ・・・・


マルギットに生き写しの女性はその姿にニヤリと笑う。


『ふっ・・・・ふふっ・・・・待ちかねたぞ、マルギット!』


その声は5年前にポルデュラが鎮めたマルギットの中にいるもう一人のマルギットで、憎しみが色濃く表れた黒の影そのものだった。


『どうしたのだ?黒の影でないことに驚いたのか?ふふふ・・・・そなたの子が我の糧になってくれた。この姿があるのはそなたの子のお陰だ』


「なっ、何を言っているの?」


『解らぬ訳がなかろう?その様に己を偽るのも終わりにいたせ。全て、そなたが望んだ事だ。小さき頃から堪えに堪えたそなたの憎しみ、怒り、苦しみ、全てを晴らすときがきたのだ。ようやくだ、ようやくここまでこれたのだぞ。少しは喜べ』


臙脂えんじ色のドレスのマルギットはニヤリと笑い口元に左手を添えた。


『準備は整ったのだ。5年前に風の魔導士ポルデュラにそなたの泉深くに鎮められたがな・・・・ふふふ・・・・それも我の思い描いた通りだ。お陰で力を蓄えられた。あぁ、案ずることはないぞ。泉深くに鎮められた事でそなたの・・・・』


身動きが取れず佇むマルギットを臙脂えんじ色のドレスのマルギットがにらみつける。


『そなたの心の迷いだな・・・・あの不甲斐ないと申していた夫を愛するなど、子らと共に過ごす穏やかな日々が幸せだなどと、本来のそなたの意思とは反する偽りの日々。


 そう抱く感情を受けずに済んだからな。我が闇、黒魔術は相反する光に弱い。そなたが抱いた偽りの感情は光だ。その光を直接に浴びれば我の力は損なわれる。


 光に満たされれば我は消滅するからな。ポルデュラに礼を言わねばならん・・・・ふっふふふっ・・・・はははっ!!!わっはっはっはっ!!!』


突然に高らかな笑い声を上げた臙脂えんじ色のドレスのマルギットを呆然と見つめた。


「なにが・・・・その様におかしいのですか?私は、ハイノを心から愛しています。今の暮らしが私の求める安らぎ。偽りなどでは、決して偽りなどではないっ!」


マルギットは己を説得するように大声を上げた。


『ふっふふふ・・・・どうした?その様に取り乱すことはなかろう?それが本心であれば、そなたが心底願ったことであれば、今、なぜここにいる?なぜ?ここに来たのだ?解っているのであろう?本心ではないのだ。


 偽りを本心と思わなければ己の弱さを拭う事ができぬのだ。己を責めずともよい。そなたのあり様は変わらぬのだ。我と同じなのだ。憎かろう?クリソプ男爵が、あやつの言葉に怒りがこみ上げたであろう?黒魔女と罵られたことが、殺してやりたいと願ったであろう?そなたを苦しめ続けたあの男をっ!』


スッ・・・・

フワリッ・・・・


臙脂えんじ色のドレスのマルギットはマルギットに近づくと左頬に触れた。


ヒヤリッ・・・・

ビクッ!!!


その手のあまりの冷たさにマルギットの身体は強張った。


「身体が動くっ!」


己の意思で動く身体を取り戻したマルギットは一歩後退した。


バッ!!!

ガシッ!!!


だが、直ぐに勢いよく腰を掴まれ引き寄せられ、己と同じ緋色の瞳でぎっと見据えられた。


『無駄だ。ここから逃げることはもはやできぬっ!そなたが己自身の意思でそなたの泉奥深くに潜ってきたのだ。我に会う為にな。そして、我を復活される為になっ!


 そなたが殺したいほど憎んでいるあの男はどうだ?よい働きをしてくれただろう?あやつがそなたを疎んでいることを利用した。黒の影を植え付けたのだ。


 ふふふ・・・・復活する前では黒魔術は使えぬがな、黒の影を植え付ける位は容易い事だ。後はあやつ自身が育ててくれた。ふふふ・・・・これで、我は復活する』


禍々しい揺らぎを孕んだ緋色の瞳で見据えられたマルギットは怯むことなく己の意思を貫こうと声を上げた。


「そなたがどう動こうと何を考えていようとそなたの思う通りにはさせぬっ!私はハイノと共に王国のため、私と同じマデュラの印を持ち生まれた子のため、100有余年前の憂いを晴らすと決めた。そなたの思う通りにはさせぬっ!いや、決してそなたの思う通りにはならぬっ!」


マルギットは懇親の力を振り絞り、抗いの言葉をぶつけた。しかし、臙脂えんじ色のドレスを纏ったマルギットはその様子をあざ笑うかのように言葉を繋いだ。


『よいぞ、マルギット!その調子だ。その調子で怒りを増幅させればよい。憎しみを膨らませるのだ。苦しくなるであろう?本心を偽れば苦しさが増す。取り除きたいであろう?取り除きたいのであれば抗らがうことをやめればよいだけだ。我の声に従え。我に従うことだけがそなたの本心を満すことができるのだ』


臙脂えんじ色のドレスのマルギットはそう言うとピタリとマルギットの頬に己の頬を寄せた。


『どうだ?冷たかろう?そなたの泉は冷たいのだ。このように冷たく、赤黒い、時を経た血のようであろう?さぁ、マルギット!我を真に目覚めさせよ。そなたの夫をにえにするのだ。これはそなたの宿命なのだ。宿命を受け入れよ。我を真に復活させることこそがそなたの宿命なのだっ!』


マルギットは臙脂のドレスのマルギットの胸を突き飛ばし大声を上げた。


「やめてっ!ハイノをにえになどしないっ!私の本心は変わらぬっ!ハイノと共にっ!この生涯をハイノと共にっ!宿命など知らぬっ!宿命など知らぬわっ!」


激昂するマルギットに我が意を得たりと言った不敵な微笑みを浮かべている。


『ふっ・・・・そうか、残念だな。どうしても我を目覚めさせぬというのか。そうか・・・・ふっふふふ・・・・よかろう。では、我は別の手を使うとしよう。そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ。そなたを、マデュラの印を忌み嫌うあの男の思うつぼとなるぞ。忠告はした。せいぜい後悔をせぬことだなっ!!あっはっはっはっ!!!』


高らかで不気味な笑い声に呆然としているとマルギットの足元がぐらつき身体がフワリと宙に浮いた。


グンッと勢いよく背中を何かに引っ張られる。


「なっ、なんだ!?」


更に強く背中が引っ張られ、胸が締め付けられる様に痛んだ。


「うっ・・・・ぐっ!」


マルギットは痛みに堪えられず背中を丸め、両手で胸を押さえた。瞼を閉じるとすぅと胸の痛みが軽くなるのを感じる。


(・・・・何だ?暖かい・・・・)


どこかで香った清々しい香りが身体を包み込んだ。


(・・・・これは?ヒソップの香?・・・・)


5年前、死産で子を亡くし伏していた時、ポルデュラがヒソップの精油を炊いてくれていた事を思い出しうっすらと目を開けた。


「気が付いたか?丁度、都城に来ていたのでな。エステールのハインリヒ殿にそなたに回復術をと頼まれたのじゃ」


目覚めたマルギットの前にポルデュラの姿があった。部屋をヒソップの香りで満たし、回復術を施している最中だった。


当主会談中に気を失ったマルギットが都城の控えの間で手当てを受けれる様、エステール伯爵家当主ハインリヒが手配したのだ。


「ポルデュラ様・・・・お久しゅうございます・・・・」


ポルデュラの姿を目にしたマルギットはホロリと涙をこぼした。


「そうじゃな。久しいの。マルギット殿」


ポルデュラはマルギットの胸の辺りで円を描く様に銀色の風の珠で回復術を施しながら優しく語りかけた。


「ポルデュラ様・・・・私は、己の中にいるもう一人の私に先程また会いました」


天井を見つめマルギットはポソリと呟いた。


「・・・・ハイノをにえに復活を、黒魔術を復活させることが私の宿命だと言われました」


己が告げる言葉に次から次へと眼尻から涙が溢れ出る。


「そうか、その様に言われたか。して、どうすると答えのじゃ?」


ポルデュラはマルギットへ己の意思をたずねた。


「断りました。私は生涯ハイノと共にいると。ハイノをにえになどせぬと強く答えました」


「そうか、よくぞ申したな」


ポルデュラの声がいつになく暖かく感じて、マルギットは何とも言えない不安を覚えた。


ポルデュラはマルギットの言葉に相槌を打つだけで、いつもの様にマルギットが己で対処できうる方策へ導く言葉を発さなかったからだ。


マルギットが天井へ向けていた視線をポルデュラへ向けると、ポルデュラは今まで見せたことがない哀しみに満ちた眼差しをマルギットに向けていた。


ポルデュラの表情が全てを語っているとマルギットは悟った。


「宿命・・・・なのですね。もう一人の私が口にした言葉は真実なのですね・・・・」


ブワッ・・・・


溢れ出た涙はポルデュラの姿を歪ませた。


「・・・・うぅ・・・・うっうう・・・・」


両手を額に乗せるとマルギットは声を殺して涙を流し続けた。


ポルデュラは己で抗う事すらできず、どうしてやることもできないマルギットが哀れでならなかった。


スッ・・・・


マルギットの額に口づけを落としたポルデュラはゆっくりと言葉を繋いだ。


「マルギット殿、気休めじゃ。銀の風の珠を額に授けた。どうなろうともそなたの意志は貫けるじゃろう。だがな・・・・逃れられぬこともある。全ては受け入れるより他ないのじゃよ。事が起きた時、そなたがそなたであろう様に私にできる事はここまでじゃ」


フルフルと震え声を殺して涙を流すマルギットの額にポルデュラはもう一つ口づけを落とした。


「・・・・はい、ポルデュラ様・・・・」


マルギットはそっと瞼を閉じてポルデュラに呼応した。


ポルデュラの銀色の風の珠に包まれ静寂とヒソップの香りに満たされた控えの間に戦場を思わせる太鼓の様な大きな足音が近づいてきた。


叩かれることなく扉がバアァンッ!!!と勢いよく開いた。ポルデュラとマルギットが視線を向けると息せき切った近衛師団の騎士が立っていた。


「失礼を致しますっ!火急の言伝でございますっ!ポルデュラ様っ!至急、訓練施設へお戻り下さいっ!訓練施設にてマデュラ子爵家ルシウス様が訓練中に最上階回廊から落下されましたっ!至急、訓練施設へお戻りくださいっ!」


「!!!なに?!」


ガバッ!!!


マルギットは近衛師団の騎士の言葉に飛び起きた。


「今、何と申されましたか!マデュラのルシウスと申されましたかっ!」


近衛師団の騎士はマルギットだと認識すると一瞬驚きの顔を見せた。


「左様にございます。マデュラ子爵家、ルシウス様がっ!」


「あっ・・・・あぁぁぁ・・・・この、事でしたか・・・・あぁぁぁ・・・・」


驚きのあまりズルリッとベッドから滑り落ちたマルギットの身体を支えたポルデュラは近衛師団の騎士へ視線を向けて状況を確認する。


「ルシウス様はご無事なのか?ルシウス様付従士のガウナはいかがしたっ!」


近衛師団の騎士はマルギットの様子をおもんばかる様に口を濁した。


ポルデュラは察した様にマルギットの両腕を掴むとベッドで横になる様に促す。


「マルギット殿、私は急ぎ訓練施設に戻る。マルギット殿はここで休んでおれ。状況が解り次第、使い魔で知らせる。このままここに留まっておれっ!よいなっ!」


ポルデュラは近衛師団の騎士に騎士団総長付きの女官を一人マルギットへ付き添わせてくれるよう騎士団総長への伝言を頼むとすぐさま部屋を後にした。


ベッドの上でポルデュラの後ろ姿を見送ったマルギットの頭の中に先程の冷たい声が響いた。


『そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ』


「ハイノ・・・・ハイノっ!助けて・・・・」


マルギットはポルデュラの後を追い、訓練施設へ駆けつけたい衝動を必死にこらえながらハイノに助けを求める声を上げていた。

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