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道頓堀の桃太郎

今回は横書きでお楽しみください。

むかーしむかし。

あるところにおじいさんとおばあさんがいました。


おじいさんは六甲山まで虎狩りに。

おばあさんは道頓堀へ洗濯に行きました。









洗濯の帰り道。

ふと橋の上で川を眺めていたら。


 どんぶらこー


    どんぶらこー


と、やたらでかい桃が川を流れて来るではありませんか。



(あれやったら、三日分ぐらいにはならしまへんやろか?)



けれども、川まで戻っている間に桃は通り過ぎてしまいそうです。


おばあさんは橋の上から川を見下ろしました。

真冬の道頓堀は言うまでもなく寒そうです。

おばあさんは手すりに手を置いたまま、しばらく考えました。








どんどんと視界の中で大きくなってくる桃。 









おばあさんは決断しました。







「とおっ……りゃああああああああぁぁぁぁぁっ!」




道頓堀におばあさんの絶叫が響き渡ります。

まるで断末魔の叫びのようです。


ずぼばぁんという何かが優勝したときの光景を彷彿とさせる、盛大な水しぶき。

風を纏ったおばあさんは、穿つように川へ吸い込まれていきました。 




「うぉあぅ……ああうぁ……いぁうあっぷ」



 

おばあさんは死の淵を彷徨いました。

 







道頓堀の川辺に横たわるおばあさんと桃。

奇跡的におばあさんは助かりました。


どうやって助かったのかはわかりません。







「ひぃぃぃ……ふぅぅぅぅぅぅ…………」



おばあさんはがちがちと寒さに耐えながら桃を押していました。

目指すは一里先にある我が家です。


あ。一里って4kmくらいだそうですよ。



「ふぐぐぅ……ふはぁぁぁっ……」


桃はほんの少しずつしか動きません。

おばあさんの手が、肩が、足が。

ぷるぷると震えています。



おばあさん、がんばれ。


おばあさん、がんばれ。


おばあさん、がんばれ。











おばあさんが家へ着いた頃には日が暮れていました。

家に着いた途端、おばあさんは音もなくうつ伏せに倒れました。

どうやら燃え尽きたようです。



おばあさんがぐったりしていると、おじいさんが帰ってきました。

そして一言。


「メシ」


熟年の夫婦間の会話でした。


おばあさんが俯いたまま大きな桃を指差しました。

なにしとってん、と舌打ちするおじいさん。



おじいさんは出刃包丁を持って桃の前に立ちました。


「ふんっ!」


気合一閃。

大きな桃は真ん中からすっぱりと両断されました。

桃の片割れが重力にしたがってずれ落ちていきます。


すると桃の中から――



「おっさんなにすんねん!頭までぱっくり割れてまうやろが!!」



包丁の刃を紙一重で見切った小さな男の子が。




「なんやおもろいやつ出てきよったぞ」


おじいさんとおばあさんは男の子を大切に育てることにしました。





「名前はどうしましょうかね」


いつの間にか、魂の戻ってきたおばあさんが言いました。



「桃太郎だ」


男の子が言いました。



「キヨハラがええわ」

 

おじいさんが言いました。


なるほど、虎を狩るわけです。









男の子はすくすくと育ちます。

一年で少年へと成長しました。


なぜ一年なのか。



それはきっと、大人の事情です。









「忘れもんないか?」


戸口に立ったおばあさんが名残惜しそうにしています。

すっかり口癖になった言葉を少年にかけました。



「やかましわ」


少年は反抗期でした。

おばあさんには一瞥もくれません。



「行ってこい、キヨハラ」


少年は球を打ったり投げたりするものの特訓を受けていました。



「けっ」


少年は吐き捨てるように出て行きました。

おじいさんはその背を、どこかへ送り出すように眺めていました。

そう、どこか別の場所へ……。






少年は冬の寒空を歩いていました。

北風が吹き荒ぶ、だだっ広い雑草が生えているだけの砂利道を行く。

少年は少し震えながら、旅の目的を考えていました。



  ◆



ゆめしま(夢洲)という人の寄り付かない島。

広大で何もない島に、いつ頃からか鬼たちが住み着いていました。


そうして、夢洲は鬼ヶ島というベタな名前で呼ばれるようになっていました。


その鬼たちが近隣住民の金銀財宝を奪い、さらには姫君をさらっていったというのです。

子沢山の殿様は何とか奪い返そうとしました。

しかし、鬼たちの抵抗が激しく、手こずってしまいます。


そこで、お触れを出して一般の人にもお願いすることにしたのです。



  ◆



もうすぐ日が昇りきる頃でしたが、頬に当たる風は切り裂くように通り過ぎていきます。

おじいさんに無理やり渡された黒い兜やつるっとした黒と橙の服、金属製の棒は捨ててきました。

ときたま、通りすがりのおっちゃんが「いてこましたろか」と仇のように睨んでくるからです。





「キヨハラ、キヨハラ」


考え事をしていた少年に、ふとどこからか声が聞こえてきました。



「誰がやねん」


言いながら、少年は辺りを見回します。

すると、足元に一匹の小さなブルドックが。



「きび団子くれ」


事も無げに言いました。

ブルドックがしゃべっています。

不思議なブルドックがいたものです。


そもそもなぜ昔の日本にブルドックがいるのでしょう。

わかりませんね。



「そんなん持ってへんわ」


ブルドックに驚きながらも、少年は答えました。

事実、持っていないのです。


あるとすれば、おばあさんが渡した――かりんとうだけ。





ブルドックは物欲しげに少年を見つめました。

つぶらな瞳で、くぅーんと鳴きます。



しかし少年には、しかめっ顔で唸っているように見えました。



「ないもんはないねん」


少年はブルドックを追い払おうとしました。

そのまますたすたと歩いていきます。


すたすた。


すたすた。





「どっかいけや!」


ブルドックは少年の後をずっと付いてきていました。

何かよこすまで付いてくるつもりのようです。


(こいつ、かりんとうに気ぃついとんな)


せやったらなんできび団子言うてん、と少年は思いつつ、かりんとうをひとつブルドックへ投げました。

途端、むしゃぶりついたブルドック。


あっという間に食べ終わりました。


あ。実際にブルドックにかりんとうをあげてはいけません。

きっと無反応です。




満足したブルドックは、帰ろうとしました。

しかし。



「どこ行く気や」


「ごふっ」


ブルドックは少年に首根っこを掴まれました。



「誰がただでやる言うた、こら」


そのままブルドックは引っ張られていきました。



世の中甘くありません。

皆さんも注意しましょう。






「キヨハラ、キヨハラ」


また足元から少年に声がかけられました。



「桃太郎やって」


あのくそじじいが、と罵りました。

少年はすっかりキヨハラとして名が広まっていました。



「きび団子くれ」


またか、と少年はため息を吐きました。



「他を当たれ。しっし!」


少年はブルドックを振り回して追い払おうとしました。

しかし、わずかに後ろへ下がられただけです。


そしてそのまま通り過ぎましたが、やっぱり付いてきました。



「なんやねんな、もー」


少年はかりんとうを投げてよこすと、ひとのみにしてしまいました。



「ありがとう、それじゃ」


かりんとうを食べてさっさと帰ろうとしました。



「まて」


「ふごっ」


少年は空いてる方の手で首を掴みました。



「羽広げても無駄やぞ」


今度は小さな孔雀でした。


実際にかりんとうを孔雀にあげてはいけません。

念のため、一応。



「おまえも来い」


ブルドックと孔雀を両手に抱え、少年はさらに突き進んで行きました。










「キヨハラ、キヨハラ」


またもや少年の足元から声がしました。



「…………」


少年は通り過ぎていきました。





「キヨハラー!キーヨーハーラー!」


少年の足元にまとわりつきながら、叫ぶように言いました。



「……………………」


少年は止まりませんでした。



「呼んでるよ、キヨハラ」


左手に抱えたブルドックがそっと話しかけます。

この犬っころが、と舌打ちして少年は立ち止まりました。





「きび団子よこせ」


今度はよこせときたか。少年は睨みつけました。

とりあえずもう、しゃべっていることもなぜきび団子なのかも、どうでも良いようです。


「な、なんだよキヨハラ」


たじろぐ相手に、少年は面倒そうに口を開きました。



「もんひとふもなひわ」


少年は、ばりばりかりんとうを食べていました。


そしてそのまま少年は無視して通り過ぎようとしました。



「まてよ、鬼退治だろ?手伝ってやるよ」


まだ足元にまとわりついていました。




「間に合うとる」


少年が両手のブルドックと孔雀を掲げます。

確かに、もう持てませんね。



「そう連れないことを言うなよ。俺は役に立つぞ」


「もういらんて」


なおも食い下がられる少年。



「それにおまえ、普通のサルやしな」


ぼそっと少年が言いました。

そう。まとわりついているのは、ただのニホンザルでした。

おこがましいですね。



「そういうわけで、おとといきやがれ」


少年はひらひらと孔雀を振り、さいならと言いました。



「こ、この……!」


サルは少年に跳びかかりました。

首に両手を回してぶらさがります。



「ちっ!しゃーないやっちゃな」


しかし、少年は拒みませんでした。

首に回されたサルの手が、寒さをしのぐのにちょうどよかったからです。


サルはタダで働くことになりました。



こうして、少年と三匹は鬼ヶ島へ向かいました。












 ――鬼ヶ島――




まるで廃墟のような打ち捨てられた施設が、ぽつりぽつりとまばらにある夢洲。

広大な空き地に鬼たちが蠢いている。



「たのもーっ!!」


ブルドックを掲げた少年が堂々と正面から殴りこみをかけた。



「なんじゃ、こいつは………」

「犬……?」

「なんで孔雀が」

「なんか負ぶっとんぞ」


鬼たちは度肝を抜かれた。


「コケッ?」


その隙に少年は孔雀を投げつける。

そして腰の刀をぱさりと抜く。



「ぱさり……?」


鞘から抜かれた刀は、扇のように広がった。

紙で出来ている。

おばあさんの持たせてくれたものだ。



いくら鬼だからといって、殺ってはいけない。




「……やったろうやないか」


少年はぐっと紙で出来た刀を握り締めた。


「コケー!コケコケッ!」


孔雀がばっさばっさして暴れているのに気をとられていた鬼。

少年はその鬼を見据え、紙で出来た刀を振りかぶって駆ける。


「よっと!」


後頭部に勢い良く紙で出来た……あぁーもうめんどくさい。

後頭部に勢い良くハリセンが命中する。

ぱかんと軽快な音がなった。


「ぐぁぁ……」


めり込むように倒れる鬼。



「……なんでやねん」


そんなんで倒れるてなんやねん、と少年の決め台詞が響く。



鬼たちがざわめいた。

身構えて、次々と少年に襲いかかる!


「こなくそ!」


右から突っ込んで来た鬼にハリセンの一撃。


「おらぁ!」


気合とともに少年は左後方の鬼にブルドックを振りかざした。

眼前にブルドックの顔を突きつけられ、「はっ!?」と思わずたじろいだ鬼。


「せいっ」


少年はハリセンで沈める。



「キヨハラ、後ろ後ろ!」


「誰がキヨハラやねん!」


と振り向いてブルドックをけしかける。

続けざまにハリセンのぱしんという音が鳴った。



「キヨハラ、左だ!」


後方を見ているサルが誘導していく。

孔雀を拾い上げるキヨハラ。


「俺は桃太郎やっちゅーねん!」


……えー。桃太郎は孔雀を鬼に突きつける。

孔雀は鬼の腕をついばんだ。


「いてててててて!」と情けない声を上げる鬼。


「やかましわ!」


少年はハリセンで黙らせた。




「おまえらやる気あんのか!」



少年は鬼たちをばっさばっさと――いや、ぱしんぱしんと倒していった。












「あーしんど」


あたりに立っている鬼たちはいなくなりました。


そのとき、


「助けてくれて、ありがとうございました」


物陰から姫様が現われました。



「お、ちょうどええわ」


少年は待ってましたとばかりに言いました。


「金目のモンてどこにあるか知っとる?」


姫様には興味がないようです。

少年は硬派でした。



「あちらの建物に……」


姫様が指を差します。



「あ、そう。ほなね」


少年と三匹はまっしぐらに金銀財宝へと向かいます。


あとには、ぽかんとした姫様の姿が夕日に映っていました。














「鬼倒したんは俺やろうが!」

「オレの睨みが効いたんだよ!」

「いやいや、僕のくちばしが」

「俺の誘導は?」

「おまえはぶら下がっとっただけやろ!」


無事宝を持ち帰った少年たちは、分け前をどうするかで争っていました。

奪われた人たちに返すという選択肢がありません。



そんな様子を、おじいさんはじっと傍らで見ていました。














「財宝を返すじゃと?」


宝物はとうに諦めていた殿様。


「左様で」


おじいさんが少年たちに気づかれないよう、価値のある財宝だけを抜き取って持ってきていました。


「ただ、条件ありまっけど」


おじいさんはそう付け加えました。












 ――五年後――



「おう、お疲れさん」


少年は大人になりました。


「お疲れー」


「今日もすごい活躍だったね」


ブルドックと孔雀も健在でした。



「おまえら、今日はウチ来るか?」


桃太郎は付き合いの長い二匹に声をかけます。


「いや、遠慮しとく」


孔雀は首を振りました。


「姫様に悪いし」


ブルドックも断りました。

なんだかんだで、桃太郎と姫様はうまくいっていました。



「そうか、また今度な」


桃太郎は少し残念そうに言いました。



「あ、そうそう。今日でちょうど五年だよね」


ふいに、孔雀が言いました。




ここはかつて鬼ヶ島と呼ばれていた場所。

そして今は、球を打ったり投げたりする見せ物を催す施設になっていました。

一度に四万人まで入ることが出来ます。

ずっとおじいさんに訓練を受けていた少年は、大人になってからここで大活躍していました。

ブルドックと孔雀は、名物として働いています。

周辺も様々なものが建ち並び、少しずつ賑わい始めていました。




「懐かしいな」


ブルドックが目を細めていいました。


「とりあえず、くそじじいには感謝しとるわ」


桃太郎が、全ておじいさんの仕業だと気づいたのは最近でした。



「あれ?なんか忘れてるような……」


孔雀が首を捻ります。


「うーん?」


ブルドックもわからないようです。


「まぁええんちゃう。めでたしめでたしや」


桃太郎が、にっと笑いました。





 ――めでたし、めでたし――























 ――某所・深夜――



「おい、まだかサル!」


「すんません、あと三十分です!」


急かされながら、あくせくと働くニホンザル。




(そうだ。今日で五年か)


サルは疲れた頭でぼんやりと昔の冒険を思い出しました。


(懐かしいな……)




「おら、なにぼーっとしてんだ!」


「あ、すいません!」


サルは今日もタダ働きをしています。

童話のように、示唆といいますか暗喩している部分を色々とちりばめてみました。一部社会風刺感もあったりして「あ。まずい」などとぼかしぼかし。

しかし、それらが伝わらなくても、単純に楽しめる作品であれば良いなと書きながら思ったしだいでございます。


以上、あとがきでした。

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