加熱と冷却
「・・・お前、もしかして天才?」
突然先生からいわれたその言葉に私は思わずポカンとしてしまう。
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|時はさかのぼり数十分前・・・
「了解了解。じゃあハンナちゃん、早速やりますか」
「お願いします!」
「それと今日から俺のことは先生と呼ぶようにな」
いいね?と聞いてきたので私はコクリとうなづく。
「まずは加熱からやろう。魔術の一番最初は術式に魔素を送り込むことから。話してもできないし早速やるよ」
そして地面に一つの術式を先生は書いた。
まさにそれは昨日お父さんが魔術を行使していた時に使用していた術式の一つだ。
「対象を持ってくるからそれまでにこの図を暗んじて描けるようにして」
そう言うと先生はどこかへ行ってしまった。
そういうわけなので私はそこに書かれた図をじっと見る。
構造としては、二重の円の中に五芒星それぞれの頂点はいちばん外側の円に接していた。そして中心にちょっとした記号。円の外側に添うように文字みたいなものがある。でも2つあってそれぞれが3文字程度(?)なので描くときに忘れるとかそういうことはないだろう。
よし覚えた。
「どうだ。おぼえられたか?」
帰ってきた先生にそう問われた。
「はい、覚えました」
手に持っていたバケツを地面に置いた瞬間に先生は動きを止めて「ん?」という顔をした。
「覚えたの?」
「はい、覚えました」
「あっそう?ふつうはこんな複雑なの覚えられないよ!て言われるんだけど、まあいいか。一回ちゃんと書いてみてよ」
私は|先生が書いた図を背にして《見ながら書いているって思われたくないため》地面にガリガリと覚えたての術式を書き込む。
書き終わると私はすくっとたち、先生が書いた図と見比べてみる。
うん、我ながらかなりいい感じに模写できたぞ?
「へえ外側の文字までしっかりと写してる。あ、別に外の文字を書く必要はないぞ?この部分は演唱で補助するからな」
演唱で補助?そういえば今まで演唱しているところを見たことないなあ。
というかじゃあなんであなたが書いた図に文字入れたんですかね?
「大丈夫そうだしさっさとやったほうがいいだろう。じゃあ今から演唱を教えるからよく聞けよ?」
そういって一拍おいていった。
「usc цмз」
そして勢いよくこちらに顔を向け、
「覚えた?」
といった。
一応聞き取れたけど不安なので復唱して確認する。
「usc цмз?」
「そうそう、よくできてるね。じゃあ、あのバケツの中に入っている水を温めようか」
「あれ、術式はどうやってうかばせるの?」
「術式はそこにあるかのように見るんだよ。すると自然に浮かび上がる」
”そこにあるかのように”ねえ。そんな簡単にできないでしょ?
しかしやってみたところ想像以上に簡単だった。
あっさり水中に術式をうかばせることに成功。あとは演唱も普通にできたので、難なく加熱できた。
私はそこまで苦戦することなく初めて魔術を行使した。なのでボソッと呟く。
「魔術って意外と簡単?」
その言葉に先生は答えた。
「慣れたらな、ほんとは慣れるまでが難しんだがハンナちゃんはあっさり難所を突破したらしい。でさ、お前魔素の流れが見えるだろ?前にもあっさり魔術を使った人がいてな、そいつが魔素の流れがなんとなく見えるとか言っていた」
そしてバケツをのぞいていた視線を私に向けた。「見えるんだよな?」と、顔が言っている。
「無言とその顔で答えを言っているようなものだ。別に見えるから問題が発生するわけじゃねえから安心しろ。そして俺も魔素の流れが見えている」
「え?」
「約人口の3割は魔素が見えているといわれてるからな。そんなに珍しくないさ。じゃあ次にこれを冷やしてみようか」
冷やすための術式はこれだ、と先生は地面に書き込んだ。
今度はかなり複雑で少し覚えるのが大変だなと最初に思った。
構造は円の中に四角形(◇)、さらにその中に円と四角形(□)が書かれている。各種記号がちりばめられており、外側の単語数も増えていた。
「どうして冷やすのはこんなに複雑なんですか?」
「プロセスが複雑なんだよ、これでもかなり最適化されてるからましなほうだぞ?」
補助してやるからまずはやってみるからだといわれたので私はバケツに向かった。
今度は術式の構築をサウバーさんに助けてもらいつつ行う。
そうやって周りの魔素を操っているときに違和感を感じた。
すぐに魔素を操ることをやめ、考える。
「?おい、どうした?」
「いえ、あの、冷やすんですよね?」
「ああ、そうだが?」
次第に鮮明になってくる違和感。
・・・そうだよ、冷やすのに何で魔素というエネルギーを与えなきゃいけないんだ?
私はこう考えた。
熱はご存じの通りエネルギーだ。熱エネルギーが高くなればなるほど熱くなる。逆にエネルギーを奪えば冷えるということだ。加熱の時は魔素というエネルギーを熱に変換しているということから理解できる。
しかし冷却するのにエネルギーを使うというのはいささかおかしい。術式が複雑化しているのはこれが原因なんじゃないか?
つまりこの水の持っている熱エネルギーを魔素に変換してしまえばいいじゃないか。
私はこの旨を先生に伝えた。
「・・・お前、もしかして天才?」
突然先生からいわれたその言葉に私は思わずポカンとしてしまう。
続けて先生は顎に手を当てて言った。
「確かに熱をそう解釈すると魔素を与えるというのはおかしいと考えられる。これは・・・今まで俺たちは魔素を与えるという考えに固執していたのか」
そして私の頭に手をポンポンとさせつつ言った。
「いやあ、面白い考えだった。参考になったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
私は再び冷却する術式の図を見た。