おるごーる
三題噺もどき―よんひゃくじゅう。
窓から入り込む日差しは、どこまでも暖かい。
うとうとと、光に誘われて眠気に襲われている。
「……」
いつものように、窓際の椅子に座り、読書に耽っていた昼。
昨日も程よく晴れたが、今日も日差しは室内を満たしている。
数日前までは、毎日のように曇りか雨だったから、その代わりだと言わんばかりに太陽をのぞかせている。
「……」
洗濯ものは室内乾燥でしてしまうので、ありがたみといえば、暖をとれる程度にしかないのだが。
あぁ、ベッドを日にさらすくらいはしておきたいかもしれない。毛布はベランダに干して、枕は……使ってないからいいかな。
「……」
だけどまぁ、こうも眠いと何もやる気はおきない。
瞼が重くて仕方ない。左手に預けている頭が重くなり始めている。
膝の上に置かれた本は、すでに閉じられている。無意識に閉じたんだろうか、記憶はない。
「……」
ぼんやりとし始める視界の中に。
時計と。真っ白な壁と。
隅に置かれた低めの棚。
―その上に置かれた小さな箱。
「……」
昨日までは置いていなかったものだ。
昨日、意気込んで掃除をした際に出てきたモノだった。
……あぁ、こんなに眠いのは昨日無駄に色々と使いすぎたせいか。慣れないことはするものじゃないなぁ。
「……」
押し入れの中に入っていた段ボール。
何を入れていただろうかと思って、引っ張り出したついでに中身を整理したのだ。ほとんどがいらないものだった。
「……」
小学生あたりのころ。小さなメモ帳やお気に入りのメモに、大した用事でもないようなことを書いて、授業中に回して読んで。ちょっとした手紙交換みたいなものをしていて。それぐらいの年代に一度は経験したことがあるんじゃないだろうか……女の子は特に。そんなものの跡が大量に出てきた。
何度かもらった手紙類とまとめて置いてあった。
「……」
一応手紙だしと思い、捨てるに捨てられずにあったのだろう。
こんな、何にもならないようなもの。
あの頃の、嫌な記憶がよみがえるだけのモノ。
「……」
あの箱も。
その中に入っていた。
「……」
それこそ丁度、小学生ぐらいのころ。
それまで経験したことのなかった。
裏切りに出会ったことがあった。
「……」
それまで、親友としてかかわっていたはずの人に。
突然。
何の前触れもなく。
虫の知らせなんてものもなく。
「……」
通学路に並ばなくなった。
同じ部屋にいるのに声を交わさなくなった。
視線はもちろん合わない。
こちらから声を掛けようにも、その前に避けられる。
「……」
初めてのことで、あの頃はどうしたらいいモノかと悩んだ。
当時から交友関係は少なかったから、他に広げようと言う気にもならず。
ただひたすらに混乱して、困惑して、パニックになったりもした。
「……」
どこまでも厳格だった身内が、そんな私を見かねてあれを買ってくれたのだ。
訳の分からない現状と感情とに振り回されていたわたしを。
いつまでもパニックに陥るようなわたしを。
見かねて、これでもと言って渡したもの。
「……」
思えば、あの頃が一番優しかったのかもしれない。
今じゃ、興味もなければ、邪魔だと思っている節すらある。
少々仕事がきつくて、体力も精神力も尽きた程度で、倒れるなんて、と怒られた。
……今に始まったことじゃなかったが、さすがに堪えはした。
「……」
そんな人が買い与えたものだ。
ぶっきらぼうに渡されて、どうせろくなものじゃないと思っていたのに、なんだか綺麗なものをもらったから少々驚いたのを覚えている。
今でも不思議ではあるが。
どうしてあのぐらいの子供が、何かで悩んでパニックを起こしているのに、それをあげればいいだろうなんて思うんだろうな。話を聞こうとしないあたりが、らしいはらしい。
「……」
棚の上の小さな箱。
段ボールから出てきた小さなソレ。
「……」
その中には、小さな天使が住んでいる。
箱を開くと、天使は歌いだし、くるくると回る。
何の曲が入っていたかは忘れたが、それなりに有名なクラシックだったと思う。
「……」
途切れたら、横にある小さなねじを回せばまた聞こえる。
独特の、甲高い音で奏でられる、小さな音。
「……」
昨日片づけをした時に、一緒に直してしまえばよかったんだけど。
なんとなく、棚の上に置いておいたのだ。
残念ながら、まだ動くかどうかは知らない。
オルゴールって、どうなんだろう。
電池式ではなかったと思うんだけど……まだ鳴るんだろうかアレ。
「……」
部屋の中で、あの箱を開けて。
聞こえる小さな音に耳を澄ませて。
なぜだか酷く傷ついた心を。
どうにか落ち着かせて。
「……」
瞼が重い。
視界が暗くなりだした。
うたた寝はあまり好きではないけど。
今日は。
お題:天使・オルゴール・パニック