99.畑
店の前で馬車と一緒に待機していたリデーナに声をかけて、真っすぐ屋敷へ帰る。
予想はしていたが、帰ったころには結構な時間がたっていたので、リビングで夕飯までゆったりと過ごそうとしていると、父さんに話しかけられた。
「カーリーン、どんな服にしたんだ?」
「えー、あー……なんか動きにくそうなの……」
「もっとほかにあるだろう……」
お風呂で俺が姉さんと話したやり取りと全く同じ会話をしてしまい、なんとも言えない気持ちになる。
――本当に動きにくそうなんだもん……
「あ、で、でも、飾りは少なめで、胸元リボンとかの代わりにあるくらいのやつだよ」
何とか服の特徴は言えたが、姉さんのことをとやかく言えるような選び方はできていないので、すこし気まずい気持ちで姉さんを見るが、特に気にしていないようで上機嫌だった。
「おぉ、そうか。他の服はどうなったんだ?」
「うぅ~ん。いつも着てるようなシンプルな感じかな」
「あぁー、カーリーンはそういう服の方が好きだもんなぁ」
「兄さんはもっと飾り気のある服を買ったの?」
「そうだなぁ。ライはそういうきっちりした服も着こなすからな。今回も同じデザインのものを注文してある」
兄さんは書庫に行っていてリビングにいないので父さんに聞いてみると、思い出すように顎に手を当ててそう答える。
――普段から俺の服より飾りが多いものを着てたりするもんなぁ。まじめで大人しく気品のある兄さんだからすごく似合ってるんだけどさ。
「カーリーンは他にも服を買ったわよ?」
「ん? 王都に持っていくやつだけじゃなかったのか? まぁ別に買っても問題はないんだが」
「私でも着られそうなやつを買ったわ」
「は? うん?」
姉さんの言葉に父さんは困惑しているが、姉さんは短パンを履くこともあるので、どう捉えればいいのかわからないのも原因のひとつだと思う。
「ね、姉さんのドレス姿、キレイだったよ! 父さんたちも来ればよかったのに!」
俺はそれ以上気にさせないように、話を逸らすことにした。
――ワンピース系の服を買ったこと自体は別にいいんだけど、アレは見た目が女の子用のものだったしなぁ……着たとしても本当に寝巻代わりに自分の部屋で着るくらいだろうし、わざわざ言う必要もないよな!
「お、カーリーンもあのドレスが気に入ったか」
「それにカーリーンのおかげでヘッドドレスもつけてくれたし、私は嬉しいわ」
「ははは。それじゃあ、当日を楽しみにしていよう」
それから俺が買った服のことは聞かれることもなく、のんびりと過ごすことができた。
翌日の昼間、俺は中庭に出ていた。
今日も書庫に行こうかと思っていたのだが、まだしっかりと見たことがない場所があるので、そこに行ってみようと思ったのだ。
といっても屋敷内ならともかく、中庭とはいえ外に出るのでリデーナと一緒ではあるが。
――まぁ中庭は母さんに連れられてきたこともあるんだけど、ここから見える畑のほうはよく見たことがないんだよなぁ。
そう思いながら、壁の近くに作られている畑のほうへ行き、きれいに並んで育てられている野菜を見る。
その畑は、中庭の近くから壁まであるのでそこそこ広く、柵の中には葉野菜や香草などが植えられている。
――料理にはジャガイモとかニンジンとかもあったけど、あれらは買ってきてたのかな?
そう思いながら畑を見ていると、壁にあるドアのカギが開く音がして、オーバーオールを着た小太りの男性が入ってきた。
「ベルフ、おかえり?」
「おや、カーリーン様にリデーナさん。何か御用でしょうか?」
ベルフはたまに料理の手伝いをしているが、基本的には庭師兼畑の世話をしているので、この辺りにいることが多い。
畑の話を聞くならベルフなのでここで待っていたのだが、俺が待っているとは思っていなかったベルフは、キョトンとした表情で聞いてくる。
「ちょっと畑がどんな感じなのか見たくて」
「なるほど、そうですか。言われてみれば、カーリーン様とエルティリーナ様は、畑に案内したことがありませんでしたね」
――たしかに姉さんは興味なさそうだもんなぁ……兄さんは勤勉だから、説明したことがあるんだろうな。
「うん。葉野菜がみずみずしく元気に育ってるみたいだし、すごいね」
「はっはっは。ありがとうございます。他の野菜もご覧になりますか?」
「え? ここだけじゃないの?」
「えぇ、こちらへどうぞ」
ベルフはニッコリと笑ってそう言いながら、さっき入ってきたドアを開ける。
――あれ、そこって使用人用の別邸があるだけだと思ってたけど……
本邸がある壁の内側には他の建物はないが、壁を挟んで来客用の別邸や、住み込みの使用人用の別邸があることは両親から聞いていた。
住み込みの使用人と言っても、ロレイナートとリデーナは本邸に部屋を持っているし、掃除などをしてくれる他の使用人は町から通っているので、今はドラードとベルフの2人しかいない。
ベルフが開けてくれていたドアをくぐると、聞いていた通り平屋の別邸が目に入り、それと同時に様々な野菜がキレイに植えられている畑が目に入った。
「ひろ!?」
俺はまずその畑の広さに驚いて、そう感想を漏らしてしまった。
――屋敷でベルフが育ててるとは聞いてたから、本邸のほうにある畑くらいだと思ったのに、こっちはその何倍あるんだ!? もう売りに出すほど採れるだろこれ……
「はっはっは。そうですね。旦那さまに許可を頂いてこちらに広げていたのですが、気がつけばこのような規模になっておりました」
「うちだけだと使いきれなくて、これで商売できるレベルなんじゃ……」
満足そうに言うベルフに、思ったことを直接言ってみる。
「そうですねぇ。屋敷で使ったり、通っている使用人に差し上げたりしておりますが、それでも余った分は売りに出しております。全額お渡しするつもりだったのですが、それは断られまして……」
「そりゃあ土地はともかく、ベルフが作ってるものだもん……」
「土地もそうですが、種や肥料などの代金も出していただいており、私はただ世話をしているだけなのですがねぇ。庭師としての給金も頂いておりますし……」
「その世話が大変でしょ」
「私は好きでやっておりますので、そこまで思ったことはありませんが……まぁ旦那さまや奥さまがそうおっしゃるので、販売した分のいくらかはいただいております」
ベルフは少し困ったようにそう言いながら頭を掻く。
「これだけの広さとなると、水やりですら大変そうだもん。正当な報酬だと思うよ……」
「はっはっは。水やりなどはそうですねぇ。私は魔法でどうにか出来るわけではないので、時間はかかりますね。ですが、ドラードがたまに手伝ってくれたりもするので、カーリーン様が思っているほどではありませんよ?」
――そういえばベルフはあんまり魔力がないんだっけ。まぁこの広さの畑を魔法だけでどうにかするならそれなりに必要そうだとは思う……まだそういう魔法は使ったことがないし、実際どれくらい必要なのかはわからないけど、ドラードも手伝ってるみたいだし、本人が満足そうにしてるからやりがいはあるんだろうな。
「そういえば、向こうは葉野菜とかハーブとかばかりなのは、管理しやすいように?」
「それもありますね。虫などの駆除もありますのでそれらを育てております。まぁ根野菜だからといって簡単なわけではないですし、開錠する手間はありますがドア1枚の差ですから、料理にちょっと追加で使うことが多いというのが1番の理由ですかね」
「なるほど」
そのあともしばらくの間、葉野菜の手入れやよく使う香草などを教えてもらっていた。
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ベルフのことと畑のことを書いておきたかったので、ここで挟みました!
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