98.試着
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着替えを待っていた部屋で再び待っていると、母さんと姉さんが入ってきた。
元の服に着替えるだけなので、ドレスを着るときと比べると短時間で済んだようだ。
「それじゃあ、カーリーンの服のデザインを選びましょうか」
姉さんがドレスを着ていた部屋から戻るときに、母さんにまだデザインを選んでいないことは伝えていたので、入って来てすぐにその話をする。
「といっても、普段着のようなものだからね、そこまで凝ったものじゃなくていいわ」
「えー。カーリーンのちゃんとした服も選びたいわ」
母さんの言葉に姉さんが不満そうに言うが、あくまで俺はついて行くだけであってパーティーに参加するわけではないので、そういう服は必要ない。
――父さんを見ていると、この領都ではきっちりした格好じゃなくても問題ないんだろうけど、辺境伯の息子として王都にいくんだから、それなりな服は必要そうだもんなぁ……選んでてもいいと言われてたけど、どんなものがいいのか俺にはわからないし、母さんに聞くのが間違いないからな。
「とりあえず、挨拶をするときに着るちゃんとしたものが1着は必要ね。それ以外はお出かけ用の服と同じようなものでいいわ。だんだん温かくなってきてるとはいえ、まだ上着は必要でしょうから、それと外套も一緒に作っちゃいましょう」
「え? 1着以外は、今のお出かけ用の服と同じようなものでいいの?」
「えぇ、大丈夫よ。あなたはまだまだすぐに大きくなるし、他家への挨拶も伯父さんの所だけだからね」
それなら自分で選んでいてもよかったかなと思いながら、デザインの書かれた本を一緒に覗き込む。
――うぅ~ん……姉さんじゃないけど、たしかに動きにくそうだなぁ……まぁドレスみたいに、大きく動いたら形が崩れるような心配はなさそうだけど……
「カーリーンはどんなのが良いの?」
「うぅ~ん……」
姉さんにそう聞かれて悩んでしまう。
――前世でも服装は気にするタイプじゃなかったからなぁ。無難なジーパンにワンポイントロゴのシャツとかばかりだったし……今のお出かけ用の服もほとんど飾りはなくて、生地が良いシャツってくらいのものだし……
「これはどうかしら?」
「えぇー、こっちのほうが私は好き」
そう考えている間にも、母さんと姉さんはどれにするか選んでくれている。
「俺はわからないから、まかせてもいい……?」
「あなたもエルみたいなこと言うのねぇ」
母さんのその言葉に"たしかに"と思ってしまうが、見たところでどれも"飾りが邪魔になりそう"という感想しか出てこない。
「これはどう? カーリーンが好きそうだけど」
何ページか見たあと、姉さんがページを指さして見せてくれる。
そこに描かれていたものは上着を着た際に見える胸元に、少しだけ飾りのあるタイプの服だった。
――お? これは割とシンプルだしいいな……ネクタイやリボンの代わりに、レースのようなもので飾りがつけられているのか。他のページにあったものだと肩回りまで飾りがあったり、手首や足首あたりにも飾りがあったりしてたからなぁ。
「いいね、流石姉さん!」
「ふふん。そうでしょ?」
「うぅ~ん。さすがにシンプル過ぎないかしら? もう少し飾りがあるもののほうがいいと思うのだけれど……」
「いやいや、母さん。俺はこれでいいよ。これでも動きにくそうだし」
「ふぅ……結局あなたもソレなのねぇ。まぁフェディがああだし、仕方ないのかしら」
「母さんも動きにくいドレスは嫌でしょ?」
一応、姉さんがデザインの本に集中していて聞こえていないうちに、困ったように息を吐いている母さんにそう告げる。
「……さすがに王都にいたころは、飾り気の多いドレスを着てたわよ?」
「それは好んで?」
「…………カーリーンがいいなら、このデザインでも問題はないわ」
「それじゃあコレで!」
母さんが折れてくれたので、心の中でガッツポーズをしながら店長さんにそう告げると、「かしこまりました」と言ってメモをとっている。
「ほかの服はどうする?」
「今のお出かけ用の服と同じようなのでいいなら、お店に並んでたものから選んでもいいんだよね?」
「そうね、大丈夫よ」
「それじゃあ、実際に見て選びたいので、少し見させてもらえますか?」
「もちろんかまいません。どうぞ、ご案内いたします」
店長さんが自ら案内してくれるようで、俺たちはそのあとをついて行き、展示してある売り場に戻る。
「こちらに並んでいるものでしたら、問題ないかと存じます」
店長さんに案内された場所は入口からは遠い位置で、飾りなどがあって豪華な作りになっている服が並んでいる。
――普段俺が着ている服より飾り気が多いものもあるな……
「うぅ~ん。こっちよりこっちかしら?」
母さんが俺の体に服を合わせて見比べているが、俺からすればどっちも同じに見える。
「……それ違うの……?」
「何言ってるの、ほら、ここが長いでしょ?」
「うぅ~ん……?」
母さんはそう言いながら、前立ての部分のレースを指さして教えてくれるが、俺にはわかりにくい。
――言われて見てみるとそうだと思うけど、パッと見ただけじゃわからないんだけど? 間近で見たうえで説明されてやっとわかるものを、他の人が見てわかるものなのだろうか……
「家で着てるようなシンプルなものでいいよ。生地がキレイだし、それでも大丈夫なんでしょ?」
「まぁそれはそうなんだけれど……」
「ねぇねぇ、カーリーン。ちょっとこれを着てみない?」
姉さんがよさそうな服を見つけたのかと思ってそちらを見ると、姉さんが持っていたのはどう見ても女の子用の、ワンピースのような服だった。
「……うん、姉さんに似合うと思うよ?」
「違うわよ。私はカーリーンに着てほしいの」
「いやいや、ソレって女の子用でしょ」
「そうだけど?」
姉さんは首をかしげながら、不思議そうにこちらを見ている。
――いや、当たり前のようにそんな服を持ってこられても……前世ではそういう服のメンズもあったけどさ……部屋着としてはゆったりできそうだし、いいのかなぁとか思ったときもあったけどさ!
「流石に外では着ないよ」
「ってことは屋敷では着てくれるってこと!?」
「ち、ちがう! 母さんも何か言ってよ」
「似合うとは思うわよ?」
「それも違うよ!」
「ねぇ、ちょっとでいいから着てみない? この形状ならこのサイズでも着られると思うわ」
――"ちょっと"というには、気が重すぎるんだが? そういう服自体は性別問わずあるだろうからいいんだけど、少しだけレースがついてるその服はどう見ても女の子用って感じだし、さっき部屋にあった姿見を見て改めて女顔だと思ったから、服装は男の子っぽいのがいいんだよ……
「……もし着たら、普段着も飾りがないシンプルなのでいい?」
「えぇ、いいわよ」
――母さんは飾りのある服を着せたがっていたようだから、こう言ったら止めてくれるかと思ったのに、まさか即答で許可されるとは……いや、さっき"似合うとは思う"って言ってたし、普通に見たかっただけだな? まぁ飾りの少ない服で済むようになるなら、別に着るくらいはいいんだけど……着心地も気になるし……
俺は自分が言ったことなので諦めて、試着室に案内してもらったあと素直にそれを着ることにした。
「かわいい!!」
「えぇ、本当にねぇ」
姉さんがはしゃいぎながらそう言い、母さんもどこか嬉しそうに同意している。
近くにある姿見を見ると、縛っている髪もほどかれて前より少し伸びた髪を下ろした状態で、ワンピースを着ている自分が映っている。
――まだ自分の顔に慣れてないっていうのもあるんだろうけど、かわいいな……まてまて! ここでそう認めると屋敷でも着ることになりかねないぞ!? でも、サイズが大きめだったこともあって、かなりゆったりしてて楽だから、部屋着としてはありかもしれない……
さすがに首元は大きかったため少し調整してもらっているが、裾の部分はギリギリ床に付かない程度の長さなので違和感はない。
温かくなった時期用の服だったので袖も短く、手が隠れることもなく煩わしさもない。
「ねぇ、カーリーン、これも買いましょ! 屋敷ではたまに着てほしいわ!」
「えぇー……」
急に姉さんにそう言われて、考え事をしていた俺はすぐに拒否できなかった。
「お父さんやお兄ちゃんにも見せてあげましょうよ」
――うぅ~ん……普段着てる服より楽だから、アリなんだよなぁ……これは飾りも少ないから寝巻にもできそうだし……
「ふふ。カーリーンがすぐに拒否しないってことは、買おうか悩んでいるのね? それなら買っちゃいましょう。着るか着ないかは帰ってからまた考えればいいわ。もし着ないとなってもエルがまだ着られるサイズだからね」
「う、うん……」
母さんが俺の考えを読み取ったようにそう提案してくるので、すこし躊躇いながらも返事をする。
そのあと店員さんに首元を調整する紐をつけてくれるように手直しの注文をして、俺でも姉さんでも着られるようにしてもらっていた。
他の服のデザインは約束どおり飾りの少ないものを選ばせてもらい、後日まとめて屋敷に持ってきてもらうこととなり、俺たちは服屋をあとにした。
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