96.お風呂と服屋
連日更新なのでご注意ください。
翌日の昼食前、俺と姉さんは脱衣所に来ている。
正確には姉さんに手を引かれて連れてこられたのだが。
「ほら、はやく入りましょ?」
「……うん、そうだね……」
どうしてこうなったのかというと、午前中は普通に稽古をしており、まだ春先でそこまで暑くないとはいえ、結構汗だくになるまで運動をした。
夏場では稽古後にお風呂で汗を流すときもあるが、この時期は拭くだけに済ませることが多い。
しかし、今日は昼から姉さんはドレスの確認と試着、俺も旅用の服を買いに行く予定なので、"行く前に汗を流してきなさい"と母さんに言われたため、出掛ける俺と姉さんはお風呂に入ることになったのだ。
――それにしても俺と姉さんだけでいかせるのか……まぁ姉さんはもうひとりでお風呂に入れるし、俺も問題ないと思われてるからなんだろうけど……ということは、お風呂を1人で満喫できるようになるのも近いかもしれないな!
今回はリデーナも昼食の用意などがあるため、お風呂から出るときに来る予定となっており、今は姉さんとふたりだけだ。
姉さんは手早く自分の服を脱いでタオルを巻きつけ、俺が服を脱ぐのを手伝ってくれるので「ありがとう」と言う。
――まだ手伝ってもらったほうが早いもんなぁ……女性陣と入るときは、リデーナが母さんの手伝いをしてる間に姉さんは自分でパパっと脱いでるし、慣れてるんだろうな……逆に俺は姉さんをはじめ、母さんやリデーナがすぐに手伝ってくれるからなかなか早くならない……別に前世で着ていた服の構造と大差ないんだけどなぁ。
脱がせてもらった服を見ながらそんなことを思いつつ、俺もタオルを巻いて洗い場へ向かう。
「頭と背中は洗ってあげるわね」
「うん。それじゃあ、そのあと姉さんのを洗ってあげるよ」
「やった!」
姉さんが嬉しそうに笑いつつ、椅子に座った俺のうしろに立つ。
――なんか前もこういうやり取りした気がするな……結構一緒に入ってるし、このやり取りも多くなるのは当然か……
そう思いつつ、なされるがままに頭を洗われて交代した。
「カーリーンには桶は重いだろうから、流すのは自分でやるわ」
「うん、わかった」
俺がそう返事をすると、姉さんはバシャーっとお湯をかぶる。
――水道みたいな魔道具はあるけど、シャワーのようなものは無いからなぁ……いや、作ろうと思えば簡単に作れるのでは? ホースのように中に水を通さなくても、魔道具自体を動かせばいいわけだしな。固定しないとダメならちょっと工夫が必要そうだけど……なんにせよ今の俺だとまだ作れないし、そのうち親方さんにでも話をしてみようかな。
そう考えながら洗髪液の瓶を傾けてもらって手に取り、優しく洗ってあげると姉さんは気持ちよさそうにしている。
俺の背中を洗い終わった姉さんに「先に行っていいよ」と言ってから体を洗い、少し遅れて転ばないように慎重に歩いていって湯船につかる。
「カーリーンはお風呂のときも本当に大人しいわね?」
「まぁおよ――温かくて気持ちいいからね」
そう言う姉さんも昔のようにパシャパシャと泳ぐようなことはしなくなっていたが、そのことを覚えているのはおかしいと思われそうだし、なにより不貞腐れる可能性もあるので、言いかけた言葉を飲み込んで返事をする。
「まぁ、そうよね? はぁ。お昼からは服屋かぁ……」
「そういえば、どんなドレスにしたの?」
「……動きにくそうなのよ……」
「動きにくそうなって……そりゃあドレスなんだしそうだろうけど、なにかあるでしょ。こう、ふんわりしていたとか、色とかさ」
「お母さんがほとんど選んだようなものだし、あんまり覚えてないわ」
「姉さんがあまりに興味を示さないから、仕方なく母さんが選んでたんじゃないの?」
「そ、それもあるけど……」
「まぁ一緒に行くんだから、そのときにわかるか。見せてくれるんでしょ?」
――俺はパーティーに参加できないから、王都で姉さんのドレス姿は見れないかもしれないしなぁ。いや、向こうの屋敷で着替えてから行くだろうし、姉さんなら見せにくるか……?
「うぅ~。カーリーンが来るなら、私も選ぶのに参加すればよかった」
姉さんはそう言いながら、拗ねたように口までお湯につけてブクブクとしている。
「ま、まぁ父さんはわからないけど、母さんが選んだんだから大丈夫でしょ」
そうやって姉さんを宥めつつ、長湯するわけにもいかないので早めにお風呂から出た。
昼食のあと、リデーナの御者で町へ向かう。
今回は父さんと兄さんは屋敷に残り、買う物のある俺と姉さん、それに母さんが一緒に来ている。
前にアリーシアとお土産を見た店のある通りを進み、目的の店の前に馬車を止めて俺たちは降りた。
「うわぁ、ここも広い店だね」
「ふふふ。そうねぇ。ここは肌着以外にも、新品の普通の服も既製品が置いてあるのよ。古着屋以外ですぐに服を買おうとしたらここになるんじゃないかしら。値段も平民でも買える程度だしね」
――そう言ってるってことは、ほとんどがオーダーメイドになるのか。まぁこういう店があるって言うことは、服に気を回す余裕があるくらい平和ってことだし、いいことだよな。
そう思いながら店内に入ると店員さんが挨拶をしたあと、「少々お待ちください」と言って奥へ向かった。
少しして奥からきっちりした服装を着た、優しそうなおじさんが出てきた。
「いらっしゃいませ、カレアリナン様。エルティリーナ様のドレスは仕上がっております。奥へどうぞ」
「えぇ。それと店長さん、この子、カーリーンの服も作りたいのだけれど」
「はい、かしこまりました。後程採寸いたしましょう」
「え、作るの!?」
「え? そうよ?」
「ほ、ほら、あのあたりの服とか、俺が着てもおかしくないんじゃない?」
オーダーメイドの服を注文されるとは思っておらず、目にとまった少し飾り気のある服を指さしながらそう言う。
「何言ってるの。あれはまだあなたには大きいでしょう?」
――子供服自体はあるけど、今の俺にはどの服もデカイか……姉さんみたいにパーティー用の礼服を作るならともかく、今回は普段着なのにわざわざ作ってもらうのはちょっと気が引けてしまうんだが……
前世でもスーツを着る機会がほとんどなく、既製品を買っていた俺はそう思ってしまう。
「でも間に合うの?」
「そうねぇ……5着くらい作ってほしいのだけれど、大丈夫かしら?」
「はい、以前おっしゃっていただいた日にちまでには間に合います」
母さんにそう聞かれた店長は微笑みながら即答する。
「流石ね」
「ありがとうございます。当店の従業員は服作りが得意で、おかげで既製品の服も量産できておりますので。さぁ、まずはエルティリーナ様のドレスの試着をどうぞ。その間にカーリーン様の採寸をさせていただきます」
店長さんにそう言われて、奥の部屋に案内される。
「それじゃあ、カレアリナン様とエルティリーナ様はこちらへ」
「カーリーン、いってくるね……」
浮かない顔をした姉さんが俺にそう言うと、女性店員に案内されて母さんと別室に向かい、その間に店長さんが俺の採寸をしてくれるようだ。
「やっぱり貴族ってオーダーメイドばかりなんですか?」
俺は採寸しやすいポーズを取りつつ、店長さんと話すことにした。
「そうですね。カレアリナン様の衣類もそうですし、お隣の領主様からもご注文をいただいております。貴族の皆様は衣類やアクセサリーを通じてその豊かさを誇示されますからね。それに、こちらとしても高額な商品を販売できるのは大変光栄なことです」
――たしかにこうやってお金を使うのもある意味貴族の役割か。
「……でも、父さんはあまり注文しなさそうだね……」
「そうでもないですよ? フェデリーゴ様は森へ行かれることも多く、シンプルで丈夫な服をお求めになることが多いので、そのようなお洋服を作らせていただいております」
「あ~。父さんはちょっと大きいしそうなるのかぁ」
測ってはメモを取っている店長さんと、のんびりと話をしつつ姉さんの着替えが終わるのを待った。
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