95.手紙と誘い
兄さんが王都へ行くときに、姉さんが"一緒に行かないか"と誘われていたのは、元気が有り余っていたからで、俺は稽古の時間に走っているおかげで多少体力がついたとはいえ、お世辞にも体力が多いとは言えないくらいだろう。
「え! カーリーンも行きましょ!!」
母さんの言葉を聞いて、手紙を読んでいた姉さんが顔を上げて嬉しそうに誘ってくる。
「じいちゃんからの手紙に書かれてたの?」
誘いはひとまずスルーして理由を聞いてみると、姉さんは拗ねたような表情でアリーシアからの手紙を再度読み始めた。
「いやまぁ、書かれてはいたが、もとから行くかどうか聞くつもりだったんだ」
「俺はまだそんなに体力ないよ?」
姉さんが王都に誘われていたのは俺が1歳のころの話なので、知っているのは不自然かもしれないと思い、一応比較には出さずに聞き返す。
「稽古でそれなりに体力はついてきているし、歩いて行くわけじゃないからな。馬車に揺られて道中にへばらないくらいあれば大丈夫だ」
「まだ3歳だけど、行ってもいいの?」
「……そうなのよねぇ……普段の言動や、エルたちと話しているのを見ていると、そうは思えないときがあるのよねぇ……私、実は双子を産んでたかしら? って思うことすらあるわ」
母さんは困ったような表情で頬に手をついてそう言うと、父さんとロレイナートも小さく頷いている。
――兄さんがかなり賢い感じだけど、やっぱりそう思われるところはあるかぁ……ここで「姉さんのほうをあとで生んだかしら」とか言わないのは、俺がまだ小さいからか、たまにやらかしているからか……
「ふふふ、冗談よ。ちゃんとあなたたちを産んだことは覚えているわ。それで"3歳だけど"って話なのだけれど、あなたは聞き分けも良いから連れて行っても平気だという判断ね。さすがにパーティーには参加できないから、当日はおじいちゃんの家にお世話になることになるけれど」
――まぁそれは仕方ない。せっかくの機会だし、行ってみたいが……
「あれ? "当日は"ってことは、それ以外はどこに泊まるの?」
「何を言っているの? 王都にあるうちの屋敷に決まっているでしょう?」
「え……王都にも屋敷あるの……?」
「そうよ。ここよりは流石に小さいけれど、ナルメラド家の近くにあるわ。ライにしか話してなかったかしら……?」
――じいちゃんの家、正確には伯父さんの家の近くなのはいいとして……
「まぁ言いたいことはわかるぞ。俺たちは基本的にこの領から出ないからな……わざわざ王都に屋敷を用意する必要なんてあるのかと、俺も思ったさ」
チラッと父さんを見ると目が合って、苦笑いしながら俺が思っていたことをそのまま言ってくれる。
「王都に住んでいないからといっても、立場的に必要なのよ……男爵とか子爵くらいなら無くてもいいのだけれどねぇ」
――あぁ……一応上級貴族ではあるから、今回みたいにいざ王都に行ったときに、"王都に自分の屋敷を持つ余裕がない貴族"って感じで世間体が悪くなるのか?
「めんどうだね……」
「本当にねぇ……」
俺がポロっとそう言うと母さんも同意する。
「そういえば、兄さんは一緒に行くの?」
「そうね。カーリーンが行くならみんなで向かうことになるわね。まだ1人で約ひと月もお留守番は可哀そうだもの。"残りたい"と言われればそうしてあげたいけれど、今回はせっかくだからみんなで行きたいわね」
「みんなってことは、今回は母さんも行くの?」
「えぇ。そうなるわ」
「父さんと母さんが両方出かけて、仕事というか領の事は大丈夫なの?」
「うふふ、本当に賢いわねぇ。まぁそこは大丈夫よ。代理としてロレイが残ってくれるから、その間の仕事もこなしてくれるし、1ヶ月くらいなら問題ないわ。さすがに頻繁には無理だけれどね」
「パーティーの主役はあくまで子供たちであって、同年代の子たちとの顔合わせみたいなもんだから、貴族がみんな集まるわけじゃないからな。今回は隣の領主は参加しないから、万が一のことがあっても手助けしてくれるようになっている」
「そうなんだ。一緒に行っていいなら、行ってみたいかな」
「やったぁ!」
俺が言い切るのとほぼ同時に、姉さんが嬉しそうに声をあげて席を立つ。
――あぁ、俺が行かなかったら1ヶ月間会えないんだもんな……普段の姉さんを見ているとこれくらい喜んでも不思議じゃないか……
席を立った勢いのまま横に座っていた俺に抱き付いてきたので、衝撃で体が横にずれるのを感じながらそんなことを思う。
「ふふ。カーリーンよりエルのほうが嬉しそうね。私も久しぶりにお兄さまに会うのが楽しみだわ」
「前に話をしたときも、おまえのことばかりだったからなぁ。まぁそれじゃあ、ライも呼んで話をしなきゃな」
父さんがロレイナートに目配せすると軽く頷いてリビングを出たので、兄さんを呼びに行ったようだ。
「アリーシアからの手紙にも"良ければカーリーン君も一緒に"って書かれてたから、アリーシアも喜ぶわね」
「義父上からの手紙にも書かれていたからなぁ。アリーシアからの手紙に書かれていたってことは、ジルも許可したんだろうが何か書かれてないのか?」
父さんにそう聞かれて、母さんはまだ開けていなかった手紙を読み始める。
「……書いてあるわね。"可能であれば次男のカーリーンと是非話がしたい"って……」
「え、"顔を見たい"とかじゃないの?」
「うぅ~ん……何かしらね?」
「前回アリーシアと魔法の練習をして、魔法技術が高いことを知ったからか?」
「そうなのかしらねぇ」
――シスコン疑惑がかかっている伯父さんのことだから、"母さんに似ている俺の顔を見てみたい"ならわかるんだけど、"話をしてみたい"か……本当に魔法のことで何か聞きたいことがあるのかな? まさかアリーシアさんと仲良くなった男だから言いたいことがあるってわけじゃないよな? 従姉なのは置いておいてもまだ3歳の子にそういうことは言わないよな?
そんなことを考えていると、ロレイナートが兄さんを連れて戻ってきたので、両親が今回の王都行きの説明をすると、兄さんは残りたいなどと言うこともなく、嬉しそうに一緒に行くと答えていた。
「それじゃあ、色々準備しなきゃいけないわね」
「そうだなぁ。エルはパーティー用のドレスの最終確認しに行かないといけないしな」
「か、確認だけだったらすぐに終わるわよね?」
姉さんは少し前、ドレスを作るために町の店に行ったのだが、そのときに採寸やらデザイン決めやらにかなり時間がかかったらしく、また同じように時間がかかるのではないかと不安になっているようだ。
――活発な姉さんからすれば、動かずに気を使うほうが疲れるだろうしな……しかもそのときに時間がかかったのは、姉さんはドレスのデザインを気にしないとわかっていたから、両親がついて行って相談してたせいで、姉さんは殆ど頷いているだけだったらしいし。まぁ娘の社交デビューなのだから、気合が入るのも仕方ないな。
「えぇ、今回は試着してみて確認するだけよ」
「し、試着……」
パーティーに行くような飾り気の多いドレスを着たことがない姉さんからすると、それすらも億劫なようだ。
「店に行くときはカーリーンも連れて行くから、きれいな姿を見てもらえるのになぁー」
父さんがわざとらしくそう言うと、姉さんがピクッと反応する。
「……カーリーンも一緒に行くの?」
「えぇ。ライの服はあるけれど、カーリーンの服は追加で用意しなきゃいけないからね。パーティーに参加するわけじゃないから豪華なものじゃないけれど。エルにはカーリーンの服も選んでほしいのよねぇ」
「わかったわ! いつ行くの? 明日?」
「うふふ。そうね、明日の昼食後に行きましょうか」
「うん!」
「カーリーンもそのつもりでね」
「は~い」
両親は急に乗り気になった姉さんを微笑ましく見ながら明日の予定を話して、再び自由な時間となったのだが、上機嫌になった姉さんが俺を捕まえて話しかけてくるので、その日はもう書庫に向かうことは出来なかった。
まぁこの流れは章タイトルで察していたと思います……隠しとけばよかったかな(遅い
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