94.種族と本
さっきまで読んでいた本をもとの位置に戻し、次の巻を手に取ろうとしたときに、隣の棚にある"種族"と簡潔でわかりやすいタイトルの本が目にとまった。
――種族というとエルフとかドワーフ、獣人や魚人とか様々な種族がいるって言ってたから、こういう本もあるか。魔法のほうは母さんから教わったことばかりだったから、今はこっちを読んでみようかな。
そう思った俺はその本をもって席に戻る。
「次は種族に関する本ですか?」
「うん。こういうものもあるんだなぁって思って」
そう言って本を開き、目次部分を見るとズラっと種族名が並んでいる。
――おぉ。獣人は獣人でもそこからさらに分かれてるみたいだし、なかなか詳しく書いてそうだな。最初に書いてあるのは俺たち"ヒト"か。
そこにはその種族の特徴や寿命などが書かれており、イヴラーシェから聞きそびれた情報も得られそうだったので読んでいく。
――え、この世界は医学も発達してないって言ってたけど、ヒトも100歳まで生きる人が結構いるのか……まぁ魔法もあるし、気力や魔力が多いと長生きだとか言ってたっけ……
「100年かぁ……長生きなんだなぁ……」
「そうですね?」
リデーナは100年で"長生き"と言った俺の言葉に対し、少し疑問が残るような返事をしてくる。
「エルフに比べればそうでもないとは思うんだけど、ヒトも3桁まで生きられるのかぁって思ってね」
――まぁこれも前世の感覚だしなぁ……迂闊なことを言わないように気をつけなきゃ……
「錬金術などの研究が進んで病も治せるものが多くなったので、昔と比べるとずいぶん寿命は延びており、稀にヒト族でも120や130まで存命な方もおられますね。ですが、重い病にかかったりしますと寿命は縮まりますし、書かれていることが絶対とは限りません。ですので、我々エルフ族などと比べるとヒト族などは早いうちに子孫を残していますね」
――うん? まぁ確かに寿命が延びてるなら、"子供を産む年齢が上がってもおかしくないよな"とか思ったよ? でもうちは早かったみたいだし、病気とかもあるからそんな気もしてたけどさ。急にそういう話をされてビックリだよ……
「そ、そうなんだ?」
「はい。病気以外にも寿命が短くなる要因もありますし、それに寿命が延びたからといって身体がそういう風になっている以上、子孫を残すタイミングはそれぞれの種族である程度決まっているものです。いくら魔力や気力で老いが遅くなるとはいえ、いつどうなるかわかりませんので」
俺の言葉を聞いてリデーナが補足をしてくれるが、言葉の最後のほうはどこか寂しそうに言っている。
――エルフ族のリデーナは長命だろうしな……過去に親しかった人が亡くなったこともあるだろうし、そういう"生き死に"に関しては結構な数見てそうだもんな……
そう思いながら、エルフのページを探して読んでみる。
「エルフの寿命は大体300から500年、長いものだと千年以上……いや、幅が広すぎない?」
「そうですね。これにはちょっとした事情があるのですが……エルフ族の研究者によると、ヒト族や獣人族などと接している時間が長い人ほど、200年300年と経つにつれて無気力になりやすいらしいですね。ですが、エルフ族しかいない町で過ごしていても、長生きしているとそうなる人もそれなりにいます」
「いや、まぁ……」
――長らく接していたってことは、知り合いや友達がどんどん寿命で亡くなるんだもんな……そんな中、その友達の子供ですら寿命で亡くなっても、自分はまだ生きているってなると……まぁ中には子孫とも仲良くなって過ごす人もいるだろうけど、さすがに心を病む人もいるだろうしなぁ……
「そういうものは故郷の森へ帰り、肉体を木へと変える秘術で自然に還ったりするのですが、それもある意味寿命と考えられており――」
「うん! 別の本を読もう!」
そう考えているとリデーナが更にぶっこんできたので、話の終わりを告げる。
寿命の違いによる別れがあるのは仕方ないと思うが、身近にそういうことを経験しているであろう人もいるので、このまま続けるとお互いの気持ちが重くなると思い、本をバタンッと閉じて速足で本棚に向かう。
「よろしいのですか?」
「う、うん! 俺にはまだよくわからないから!」
「ふふ。そうでございますか」
リデーナは俺が考えていたことを読み取ったかのように穏やかに笑ってそう言うと、それ以上補足を言うことなくお茶をひと口飲んでいた。
次はどの本を読んでみようかと探していると、ドアがノックされて姉さんの声がした。
「カーリーンいる?」
そう言いながらドアを開けて顔をのぞかせ、俺がいるのを確認すると笑顔になる。
「どうしたの? 姉さんがこの部屋に来るのは珍しいって兄さんが言ってたけど」
「そ、そうなんだけど……ちょっとお母さんが話があるから呼んできなさいって」
「うん? なんだろう……」
「たまには本を読みなさいって言われたのかと思ったけど、違ったようだね」
「むぅ~……言われたけど、お父さんと話してたわ」
――父さんと話すのはいつものことだが、それで話をはぐらかすくらい読みたくないのか……
そう思いながら手に取っていた本をもとの位置に戻して、姉さんのところへ行く。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
俺が兄さんとリデーナにそう声をかけると、姉さんが俺の手を掴んで歩いて行く。
「用件は聞いてないの?」
「聞いてないわ。なんかお母さんが手紙を読んでて、その途中で呼んできてって言われたのよ」
「手紙でってことは絶対じいちゃんからの手紙でしょ? 何があったんだろ……」
「私の所にもアリーシアから手紙が来ていたから、カーリーンにも来たんじゃないかしら?」
「うぅ~ん……仲は良くなったと思うけど、姉さんみたいに手紙のやり取りの話はしなかったしなぁ。それに俺宛ての手紙だったら、姉さんに頼んで持ってこさせてただろうし」
「それもそうね?」
――そもそも、娘を溺愛しているであろう伯父さんが、男である俺との文通をすんなりと許可するとは思えないしなぁ……
そう考えているとリビングに着いたので、中に入っていつもの席に座る。
「書庫はどうだったかしら?」
「思った以上に本があってビックリしたよ……ほとんどは母さんが実家から持ってきたって聞いたけど、物語とかも読んでたんだね?」
「物語とかは、ほとんどこっちに来てから購入したものよ?」
「すごい金額だったんじゃ……」
物語系の本だけが並べられてある棚を思い出して、そう聞いてみる。
「ん~。まぁあれだけの本を買おうとするとさすがに高いけれど、本自体は平民でも普通に買えるわよ?」
「1冊1冊ちゃんと手書きだったみたいだけど、そこまで高くないんだ?」
「あ~、カーリーンはやっぱり魔法系の本を読んだのね? あなたの言うとおり、アレらは手書きだから高いわ……一般的に娯楽として読まれているようなものは、魔法を使って書いてあるから安いのよ」
――紙自体も魔法を使って作ってるからそこまで高くないのかなとは思ってたけど、文字も魔法で楽に速く写せるなら値段も落ち着いてくるか。娯楽として本があるのは俺としても嬉しいな。兄さんはリビングでくつろいでるときも、モンスター関係の本を読んでたりするけど……
「そうなんだ」
「えぇ。でも魔法の本とかは図解とかもあるから、ちゃんとした資格を持ってる人がそれぞれ書いているからね。どうしてもソレらはちょっと高くなるのよ」
「なるほどねぇ。って、そういえばなんか俺に用があるって言ってたけど、手紙に何か書いてあったの?」
チラッと姉さんを見てみると、アリーシアから届いたという手紙を読んでいたため、大人しかったようだ。
――まぁ話の内容が本のことだったからっていう可能性もあるけど……
「えっとね、カーリーン。もう少ししたらエルは王都に行くのは知っているわよね?」
「7歳になるからお披露目パーティーでしょ?」
「えぇ。それでね、カーリーンも王都へ行きたい?」
「え?」
俺はお留守番が確定していると思っていたので、突然そう言われて困惑した。
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