9.再び精神的ダメージ
姉さんの朗読会が終わるとロレイナートが戻ってきて、代わりにリデーナが夕飯を食べに出ていった。
「それじゃあ明日の朝、早速稽古をするからな?」
「うん! わかった!」
姉さんは強くなるための稽古に参加できることが嬉しくて仕方ないようだ。
――姉さんは気づいてはいないんだろうけど、絵本の主人公のモデルになった人に教わるんだもんな。ちゃんと喋れるようになったら、あの本のどこまでが本当なのかも聞きたいなぁ。討伐自体は本当なんだろうけども……
などと考えていると俺のお腹が"くぅー"と小さく鳴った。
「あら、お腹が空いたのね。それじゃあちょっと部屋に行ってくるわ」
「あぁ。わかった」
「私は1人でいいから、ロレイナートはこっちをよろしくね」
「かしこまりました」
そう言うとリビングから出て広い廊下を歩いていく。
――ロレイナートは使用人とはいえ、男性だから流石に同じ部屋での授乳はしないよな。それにしてもそこまで空腹は感じなかったのになぁ……まぁ夕飯のあの匂いを嗅いだせいもあるかぁ。
エントランスにある階段を登り、曲がったところにあるドアを開けて中に入る。
部屋の中はクローゼットや化粧台など生活感のある家具が置かれており、大人3人くらいは並んで寝られるようなサイズのベッドがあることから、ここが両親の部屋だと推測できた。
部屋全体のサイズと比べると、あんなに大きなベッドも普通に見えるくらいには広い部屋だ。
――両親の寝室もこちら側にあるってことは、仕事とかプライベートな部屋はこっち側にあるんだろうか? リビングがあの広さだったし、客室とかも別にありそうだもんなぁ……リビングの前の廊下は夕飯の匂いがしていたからあの近くに厨房もあるだろうし。あー早く歩けるようにならないと! 探索してみたい!
そんなことを考えていると急に尿意を感じ、半ばあきらめた俺はスンっと真顔になった。
俺の表情を見た母さんは、俺をベッドに寝かせるとおしめを替えたあと授乳してくれたようだ。
今は母さんに抱かれてユラユラされながら背中をポンポンと叩かれている。
"ようだ"というのは、授乳やトイレはもう諦めはしたができるだけ意識したくないという気持ちから、記憶がすっぽり抜けている感覚になっているからだ。
――まぁ……実際はちゃんと覚えてるけど……忘れたい……
そう思っていると部屋がノックされ、「奥様、お風呂の用意ができました」というリデーナの声が聞こえた。
「わかったわ。準備手伝ってくれるかしら」
「かしこまりました、失礼します」
そういって入ってきたリデーナは、チェストの引き出しから子供用の服や母さんの服を取り出していく。その中には姉さんの服と一緒に赤ちゃん用の小さい服もあった。
――ん……お風呂って言った……? いやお風呂があるのは非常にうれしいのだが……まさか……
「おーいおー!?」
「はいはい、ちょっとまってねー」
伝わることのない疑問を投げかけていると、再び部屋がノックされてガチャっと開く。
「おかーさんじゅんびできたー?」
「もうできるわよ」
そう言うとリデーナが引き出しを閉じて衣類などを持ったので、母さんと姉さんと一緒に部屋を出る。
――いやいや、まだ父さんに預けられる可能性もある! ……いやあの父さんだからなぁ……お風呂入れるのに預けるならロレイナートか……?
そう考えているといつの間にか鏡台やかごが置いてある脱衣所に入っていた。
「それじゃあ服を脱ぎましょうねー」
母さんが俺の服に手をかけて脱がそうとしてくる。
――ダメだった……こうなった以上素直に従って、なるべく早く済むようにしよう……
そう思った俺は自ら手を上にあげたりして脱がせやすいポーズをとった。
「あら、ようやくお風呂の準備だってわかったのかしら?」
「カーリーン様はお湯につかるのは好きですからね」
そう言いながらリデーナも衣類を脱いで準備をし始めた。
「さきにいっていーい?」
「いいわよ。すぐ行くけどこけないようにね」
「はーい」
そうい言うと姉さんはトテトテと浴室へと向かっていった。
リデーナがメイド服を脱いでタオルを巻いただけの状態になると、服を脱がされた俺を抱いて母さんが服を脱ぐまで待機している。
――まさか湯あみ着なしとは……口調は使用人らしく丁寧だけど接し方は割と近しいし、この家ではこれが普通なんだろうなぁ。
リデーナに抱かれたことによって決して大きいとは言えない胸が、腕に当たっている事実を意識しないように別のことを考えていた。
母さんの準備も終わり浴室に入ってみると、足を伸ばした状態でも10人は余裕で入れそうな浴槽に広々とした洗い場があった。
のびのびと浸かれる風呂が好きで、前世でもよく休みの日に銭湯や温泉に行っていた俺からすると、自宅にこのサイズのお風呂があるのはとてもうれしいことだ。
姉さんは先に洗い場の椅子に座っており、そこに設置されているひねる場所のない蛇口のようなものからお湯を出して、桶から浴びつつ母さんたちが来るのを待っていたようだ。
――手をかざしてオンオフしてるのかな? ということはあれも魔道具の一種か。
母さんは俺を抱いたまま姉さんの隣にすわり、瓶からトロっとした液体を手に取ってから俺の体に付ける。
隣では姉さんが同じように瓶から出された液体を頭につけられてリデーナに洗われており、俺はまだ赤ちゃんだから手で洗われているが、姉さんは頭を洗われながらも布に洗剤をつけて腕などを洗っていた。
「カーリーンがいるから背中だけお願いね、それ以外は自分でやるわ」
俺を洗い終わった母さんがそう言うと巻いていたタオルを取ったので、そのふくよかな胸に意識が行かないように浴室を観察し始める。
――授乳で見てるとはいえ……いや割と目をつむってるからそこまでは見てないんだけれど……やっぱ部屋と風呂とじゃ違うんだよ……
母さんとリデーナも洗い終わると浴槽に浸かる。
浴槽はきれいに磨かれた石でできているため、姉さんは慎重に歩いていってゆっくりと入っていた。
母さんもリデーナも長い髪がお湯に浸からないようにまとめているが、姉さんはまだ気にしていないのか、湯船に入ると軽く泳ぐように移動するから諦めたのか、髪はそのままだった。
赤ちゃんの俺が入っても熱くない温度なのか、それとも体質的に元から平気なのかはわからないが、じんわりと温まっていく感じが丁度よくて気持ちがいい。
「ふふ。カーリーンはお風呂の時間が一番大人しいわね」
「えぇ。普段もそこまで暴れたりはしませんが。授乳とおしめの時以外は」
「おしめは気持ち悪いでしょうし仕方ないと思うけれど、授乳はなんでかしらねぇ……」
「……親に似たのではないでしょうか……?」
「フェディのことを知ってるはずがないし……もしかしなくても私のこと?」
「えぇ。カレアリナン様も授乳の際は結構暴れてましたよ」
「……そう、だったの……それならしかたないわね!」
お風呂で体が温まったからか恥ずかしくなったのかわからないが、母さんは顔を少し赤らめた。
「リデーナはおかーさんの子どものころしってるの?」
パシャパシャと手でお湯をかきながら姉さんが寄って来て質問する。
「えぇ。見ての通り私はエルフ族ですので長生きなんですよ。エルティリーナ様のお世話をするように、カレアリナン様のお世話もしておりました」
執務室で子供たちにエルフだとばれてからは変装はやめたようで、ずっと緑髪のエルフの姿で過ごしている。
「へー。あれ、リデーナはなんさいなの?」
「……お嬢様、あまり女性に年齢を聞くものじゃありませんよ?」
「は、はい!!」
長らく純ヒト族と暮らしているためか年齢に関しては思うところがあるらしく、子供とはいえそれに触れてしまった姉さんは笑顔で圧をかけられていた。
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異世界要素の薄い日常ばかり書いてる気がする……けど!徐々に増えていくので、今は"こういうのんびりとした生活なんだな"と思っていただければ!
あと前話で見方によっては兄が堕ちそうに見えたかもしれませんが、そんなことはないです。目指せスローライフ、のんびり生活なので!