89.ピクニックの予定
前にリデーナが"ロレイナートは魔法技術に長けている"と言っていたので、魔法で戦っているものだと思ってそう言ったのだが、森へ行くときは剣で戦っているらしい。
「そ、その奥の森との境界線というか、ここから先は危ないみたいな目印とかはあるの?」
ロレイナートが剣で戦っているのは何か隠している可能性もあるので、これ以上姉さんが気にしないように別の話題を振る。
「そうねぇ。ある程度行くと湖があるから、そこから奥はダメって言われているわね」
「湖があるのかぁ」
「えぇ、その近くは本当に境界線のように木々がなくなっており、草花が生えている丘もあります」
「へぇ。ピクニックとかしたら風景が良くて気持ちよさそうですね」
「そうですねぇ。ですが奥の森も浅い部分には強いモンスターは出ないと言っても、湖の近くには弱くてもモンスターは出ますからあまり気を抜くことは出来ませんよ。まぁ木々から多少離れていますし、その距離を一瞬で移動して攻撃するようなモンスターは確認されていないので、森の中で出会うより距離がある状態で発見できる分、安全と言えるかもしれませんが」
「ピクニック、いいわね。今度アリーシアが来たら探すついでに行ってみたいわ」
「……俺はそれまでに体力をつけないと、そんな奥まで森を歩いて行ける気がしない……」
「疲れたら私がおんぶしてあげるわよ?」
「いや、それなら父さんに担いでもらったほうがいいんじゃ……まぁそうならないようにも稽古を頑張るよ」
「むぅ……やる気になったのは良いことだわ……早く剣も振れるようになるといいわね」
姉さんが前半は不服そうに、後半は優し気にそう言いながら俺を撫でる姿を、神父さんが微笑ましく見ている。
「ははは。本当に仲がよろしいですね。湖の近くでピクニックというのであれば、少し小さくなってしまいますが村の近くにもありますので、そちらでしたら近いし安全ですよ」
「そうなんですね。そういえば、魚とかはいるんですか?」
「もちろんおりますよ。ここは港町が近いので魚はそちらから持ってきていることもあり、この村には漁師は殆どいませんがその分よく釣れます」
「神父さんも釣りをするんです?」
「えぇ。たまに行っております。釣りをする時にお声をかけていただければ、私のおすすめの場所をご紹介いたしますよ」
そう言って笑う初老の神父さんが、川辺に座ってのんびりと釣りをしている姿はなかなか似合っていると思う。
――屋敷と村や町の位置関係は分かったけど、それ以外の地形とかは全く知らなかったな……近くに湖があるってわかって、遊べそうな場所を知れたのは良かった。
そのあと少し話をしていると迎えに来たので、両親のお祈りが終わるまで部屋で待たせてもらってから教会をあとにした。
教会で出会ったルナのことや、神父さんから聞いたことを話しながら馬車に揺られていると、子供でも歩いて行ける距離にある屋敷にはすぐに着いた。
兄さんが待っているリビングに入って席に着くと、姉さんがさっき話していたことを提案し始める。
「森の湖でピクニックがしたい!」
「あぁ、あそこなぁ。確かに風景は良いが……」
「モンスターも出るけどあそこならまだ弱いし、木々から離れてるから見つけやすくなるって神父さんが言ってたわ」
「まぁそうだな。森の中で出会うより見つけやすいし戦いやすいが……結構遠いんだよなぁ……」
父さんはそう言いながら俺の顔を見るので、俺がちゃんとたどり着けるか心配してくれているのだろう。
「カーリーンなら私がおんぶするから平気よ?」
「いや、それなら俺が抱いた方が良いだろう……」
父さんにも俺が言ったことと同じようにいわれ、姉さんはムスっとした表情になる。
「アリーシアさんがまた来た時にって話だから、それまでに俺も体力がつくように頑張るよ」
「そうだなぁ。今の体力だときついし鍛えていると冬になるだろうから、ピクニックをするには合わないしな。そうなると春になって、エルは王都へ行く準備とかも忙しくなるし……」
「またアリーシアちゃんが来られるようになるのは春以降になるでしょうし、それまでにはカーリーンも行けるようになるわよ。ね~?」
母さんが俺を見ながらそう言ってくるので、声を合わせるように「ね~」と言うと、父さんは微笑みながら「そうだな」と言ってくれる。
「よし、それまでにカーリーンは体力づくりだな。戦闘の方は俺やカレアに任せておけばいいが、心構えも鍛えておかないとな」
「私も戦うわよ!」
「あぁ、頼りにしているぞ」
姉さんの言葉を聞いて、娘の成長を喜んでいるような表情で父さんは返事をする。
そのあとしばらく森のことや稽古の話をしていると、徐々に眠くなってきた。
――今日はそこまで魔力は使ってないんだけどなぁ……あぁ、朝の稽古で結構走ったし、今日は出かけてたからお昼寝もしてないからか……
重くなってきている瞼を必死に持ち上げていると、今度は頭が重くなってコックリコックリとし始めたのを自覚する。
「ふふふ。今日はお昼寝してなかったものね」
そんな俺の様子を見て母さんが笑いながらそういう。
「まだ夕飯には時間があるが、あんまり寝すぎると夜眠れなくなりそうだから、少しソファーで寝るか?」
父さんがそう言ってくれるので「そうする……」といって、リビングのソファーに横になる。
大柄な父さんが母さんと2人で座っても余裕があるサイズのソファーは、俺が横になるには充分な広さがあるので、"ベッドと大差ないな"などと思いながら目を閉じた。
「よくお祈りのときや、待っている間に眠らなかったわね」
「すごく熱心にお祈りしてたわ。いつもそうなの?」
「僕は何回かカーリーンと一緒に教会にいってるけど、いつもそうだよ」
「そうねぇ。私から見ても真剣にお祈りしているように見えるわよ。目を開けるのも私より後になるくらいにね」
「今日もそうだったわ」
「ふふふ。エルも出かけた際にお祈りするときは熱心にしているって、リデーナから聞いているわよ? それに普段からカーリーンを構っているのに、教会内では大人しく一緒にいたって神父様が言っていたわ」
「むぅ~。私だってお祈りはちゃんとするわよ」
「何を願ったの?」
「……カーリーンが元気でいられますようにって……」
「ふふ。結局カーリーンのことなのねぇ」
――教会で聞いたときに言い直していた感じがしたのは、そういう内容だったからか……普段から構われているから不思議ではないけど、姉さん的には直接言うのは恥ずかしかったんだろうなぁ。
まだ意識が落ち切っていない頭で、聞こえてくる話を聞きながらそう思う。
「も、もちろん、家族やリデーナたちも元気にいられますようにってもお願いしたわ!」
「エルなら"強くなれますように"とかお願いしてると思っていたわ」
「それは神様にお願いしなくても頑張るわ! お父さんとお母さんに教わってるんだから、強くなれるはずだもの」
「あら、そう思ってくれて嬉しいわ。さらに気合を入れなくちゃね、あなた?」
「あぁ、そうだな。ライもエルも素質は十分すぎるほどあるからな。強くなれるさ」
「そう言ってくれるエルには、魔法も頑張ってもらいたいわね?」
「う、うぅ……はい……」
自分からそう言ったため頷くしかなかったようで、姉さんの諦めの混じった返事が聞こえる。
「エルティリーナ様が魔法も使えるようになれば、カーリーン様に教えることができますね?」
「そ、そうね! がんばるわ」
タオルケットのようなものを掛けられる感覚と共に、近くでリデーナの声がした。
「その意気で頑張りましょうね。でもカーリーンに教えるようになるには、お兄ちゃん以上にうまくならないと難しいわよ~?」
「それじゃあ、まずはお兄ちゃんに追いつくわ」
「ははは。エルに抜かれないように僕も頑張らないと」
タオルケットを掛けられたことで心地よくなった俺は、兄姉の意気込むような言葉を聞きながら夕飯前に少しだけ眠った。
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話数的にきりよくあと1話書こうかと思ったのですが、話の区切りが出来たので、次の話から半年ほど経過する予定です。
あと前回の話なのですが、黒髪の人に関してドラードも黒髪ですが彼は竜人なので別換算しております。ヒトとしては珍しいという意味でした。