83.気力の授業
走り込みの時間が終わり、俺はテラスの床に仰向けで転がっていた。
「カーリーン、大丈夫?」
「ゼェ、ハァ……ま、まって……ゼェ、今、むり……」
さっき転んでから気を付けて走っていた俺は早々に限界を感じ、父さんも同じように判断したためテラスまで何とか自分の足でたどり着いた後、倒れるように寝転がり、リデーナにもらった冷えたタオルを目元に置いた状態で何とか返事をする。
そう、走り込みが終わったのは俺だけで兄さんたちはまだ走っているのだが、そちらの様子を見る余裕すらないほど息が乱れている。
――さっき少し走った時点でこうなると予想出来てたけど、体力がなさすぎる……移動するだけならそのうち魔法とかでどうにかなると思うけど、これは流石に問題な気がする……
少しずつでも体力をつけようと心に決めつつ、とりあえず息を整えることに集中する。
「ふふふ。それでも自分の足でここまで戻って来て偉いわよ」
「ギリ、ギリ……」
「うふふふ。そのようね。エルたちと遊ぶのとは違うものね」
「兄さんも、姉さんも、すごいね」
「あなたもそのうち同じくらい走れるようになるわよ。それに魔法や気力を自然に使えるようになれば、走るのは楽になるわ」
――そう言われてみればそれもあったな……無意識で気力による身体強化が発動してるおかげで、力強さは見た目で判断できないことが多いし、体力面もそれで補えるか……
姉さんが長剣を振っている光景を日常的に見ているせいで違和感もなくなってきていたが、改めて言われると、兄姉があれほどのスピードでずっと走り続けられているのにも納得する。
「それでかぁ……なんかズルい……」
俺は前世の感覚があるせいか、無意識でそういったものを使うという事が出来ていないと知り、それが出来ている兄姉を少し羨ましく思う。
「あ~、でも今は2人とも使ってないわよ?」
「え……無意識で使ってるのも分かるの?」
「ん~私は効果が薄いものは分からないけれど、フェディなら分かるわね。準備運動は基礎体力をつけるためのものだから、そういったものは無しでやるって決めてるのよ。だから使っていたら言っているわ」
――確かに父さんなら分かりそうだなぁ……って、兄さんたちは素の状態であの速さで走り続けてるのか……魔力や気力などが存在している世界だし、そもそも体の作りが違うとは思ってたけど、その想定の幅をもっと広げなきゃダメかな……
「それであれだけ走れてるって……やっぱりすごいね……」
息が整ってきたので体を起こして走り込みの様子を見ると、急に姉さんが全力走のような走り方をし始めた。
兄さんは驚いた表情をしたあとすぐに追いかけて並走し始め、父さんはその様子を笑いながら駆け足くらいの感覚でついていっている。
――今の走りも相当早いんだけど、あれで素の状態かぁ……まぁ俺が転んだ時に姉さんは飛んできたようだし、見てはないけどそれくらいできるんなら、今のこの光景も普通なんだろうなぁ……
そう思いながら、兄さんに負けまいとさらに速度を上げて走り出す姉さんと、それに追いつこうと必死になっている兄さんを見ながら、2人の走り込みが終わるまで俺は休むことにした。
準備運動というにはなかなかハードに走り込んで戻ってきた2人は、肩で息をしながらも疲れを感じさせない表情で水を飲んでいる。
姉さんなんて、結局兄さんに抜かれることがなかったからか、笑顔まで見せているほどだ。
「カーリーンはそろそろ落ち着いたか?」
「うん。もう大丈夫。ねぇ、父さんは気力を使ってたら分かるって聞いたんだけど」
「ん? あぁ分かるが、どうした?」
「無意識に使ってるものが分かったとして、それって止めることが出来るものなの?」
「あぁ、出来るぞ。例えば~そうだなぁ……何かを手で掴もうとするとき、勝手にその形を持つのに適している指の配置になってるだろ? でもあえて変な持ち方をしたり、掴むこと自体を止めることもできる、それと同じようなものだ」
――なるほど? 確かに無意識でも動いている心臓を止めるとか、音を聞こえなくするとかは無理でも、少し息を止めたり瞬きを我慢したりは出来るし、父さんの言った手の動きに関しては、気にしていれば自由に変えられるもんな。まぁそれが出来ないと、日常生活で急に気力切れで座り込んだりする羽目になる人もいるだろうし、よく考えれば当たり前か。
「そういえばカーリーンには魔法の事ばかり教えていて、気力の事はあまり教えていなかったわね」
「姉さんたちに教えるのを、たまに聞いてたくらいだね」
正確には気力の最初の説明は聞いていたのだが、あの頃はまだ俺は赤ちゃんだったため知らないふりをする。
「一気に色々いっても覚えられないだろうから少しずつ教えていくか。とりあえず魔力と気力を感じ取るのはもうできているしそのあたりは省くとして……まずはそうだなぁ、気力にも魔法と同じく強化系もあれば、放出するものもある」
「え、身体強化だけじゃないの?」
――あれ? これは初めて聞いた気がするな……魔法ばかり気にしてたから、姉さんたちに教えているのを聞き逃したかな。
「あぁ。まぁ放出系を身に着けるには、まずは身体強化を自然に使えるようにならないといけないし、強化と比べると気力の消費量もすごく多い。そしてそれらは一般的に"武技"と言われている」
「お父さんのアレまた見てみたい!」
「あぁ、そうだなぁ。見せた方が早いか」
父さんはそういうと、ロレイが準備した土人形から10メートルほど離れた位置で立ち止まり、木剣を左脇の下に構える。
「【飛斬】!」
技名らしきものを言いながらすごい速さで父さんが木剣を振りぬくと、その剣の軌跡の一部が青白い光を放ちながら飛んでいく。
飛んで行った青白い弧は土人形に当たると、ゴシャァという音を立てながら標的を通り過ぎ、さらに少しだけ飛んで消えると同時に、分断された土人形が崩れ落ちる。
「やっぱりすごい! ねぇねぇ、それって私もできるようになるのよね!?」
「あぁ。エルも使えるようになるぞ」
アレを見たいと言っていた姉さんのテンションはすごく上がっており、父さんに近寄ってピョンピョン跳ねながら興奮している。
正直俺もかなり驚いており、崩れた土人形と父さんを交互に見ながら言葉を失っていた。
――魔法がある世界だしああいうのもあるとは思っていたけど、実際に見ると言葉が出ない……前世のファンタジーものとかでは見たことあるものを、実際に見ることができて俺も姉さんと同じく興奮してるんだけど……あの土人形の耐久とかを知っているから、母さんの魔法を見た時と同じくらいの衝撃を受けてるわ……
「うふふ。あなた見て。カーリーンが固まっているわよ」
「お? なかなか珍しいな。怖かったか?」
「う、ううん。怖くはなかった。すごかった!」
「そうかそうか。これをエルたちに見せた時はカーリーンはまだ赤ちゃんだったし、別室にいたもんなぁ」
――それで見たことなかったのか……危険だからかと思ったけど、母さんの爆発する魔法を見たことはあったし、病気のせいで稽古中は別室にいた時に見せてたんだな。
「まぁこれが放出系なんだが、身体強化と比べると習得は難しくなる。馴染んでくれば魔法と大差ないと聞いたことがあるが、俺は魔法が使えんからそのあたりは分からないんだよな」
「あとあれは気力による遠距離攻撃だから、魔法耐性が高いモンスターとかに有効な攻撃手段になるわよ」
確かに攻撃手段が増えるのはいいことだな、と母さんの言葉を聞きながら納得しつつ、気力の説明を聞き続けた。
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