81.久しぶりの
母さんは準備が終わると、俺がこけないように手を引いてゆっくりと浴室へ入る。
「それでね、アリーシアと頭の洗いっこもしたのよ」
姉さんは待っている間に、アリーシアさんと2人の時は何をして遊んでいたかなどの話をしていて、浴室に入っても話を続けている。
――うぅ~ん。このままお風呂での話とか聞いてていいのか……? なんか女の子同士の話を盗み聞いてる気分になって、アリーシアさんに申し訳ない気持ちになってきてるんだが?
「その時にうまく洗えなくて、お互いに泡が顔に垂れてきちゃってね~」
「普段自分のはやっても、人の髪を洗うことなんてないもんね。ていうかお互いって……まさかとは思うけど、向かい合って洗い合ったりしたの?」
「その方が早いでしょ?」
「言葉どおりに同時に洗いっこしたらそうもなるよ……目をつむったりしたらうまく出来ないでしょ」
「それはそうなんだけど……あ! 今日は私がカーリーンの髪を洗ってあげるわね」
「今の話を聞いて喜ぶと思う?」
「むぅ~……いいじゃない」
「それに俺も他の人の頭とか洗ったことないから、交代で洗ったとしても同じことになるかもしれないよ?」
――前世では1人っ子で子供はいないどころか独身だったし、他の人の頭を洗った経験なんてないな……一時期ペットを飼ってたことはあるから、その子たちなら洗ったことあるけど。
「え? カーリーンも洗ってくれるの?」
そう思っていると、姉さんがキョトンとした表情で首をかしげながら俺の方を見る。
「え、洗いっこの話じゃ……」
「やった! それじゃあカーリーンに洗ってもらうわ」
「え、ちょっと? えぇ……」
話の流れ的に俺とも洗いっこしたいのかと思っていたら、姉さんはそういうつもりではなく、いつもの"弟を構いたいモード"で洗ってあげたいだけだったらしいが、俺の勘違いによる発言のせいで洗いっこが決定してしまった。
――まぁ嬉しそうだし別にいいか。泡まみれになるのは勘弁してほしいけど、アリーシアさんとの経験がいきてるといいなぁ……
「先に私が洗ってあげるわ」
「……お手柔らかにお願いします……」
姉さんの前に座らされた俺はそのままお湯を掛けられて、なされるがままに洗われる。
――おや? 意外と優しい手つきで丁寧に洗ってくれてるなぁ。
「……"意外と"ってどういう意味よ」
「さ、さっきの話を聞いた後だから……泡もそんなに垂れてないしすごく気持ちいいよ?」
思っていたことが口に出ていたらしく、慌てて言い訳をしながら姉さんを褒める。
「えへへ、そうでしょ~? 昨日はアリーシアもそう言ってくれたのよ」
アリーシアさんがいたうちは、姉さんとアリーシアさんは毎日一緒に入っていたことを思い出し、毎回向かい合っての洗いっこをしていたのだろうかと思いつつ、洗われることの気持ちのよさに浸る。
結局泡まみれになることもなく、ひたすらに心地よかった姉さんによる洗髪は終わり、交代で俺が洗う番となった。
「それじゃあ、お願いね」
姉さんが低めの椅子に座り、その後ろに俺が移動して姉さんの髪をお湯で軽く洗い流す。
背の高さ的に俺は立っている状態じゃないと届かないのでこうなっているが、問題はシャンプーが入ってる瓶だと思っていたら、姉さんもそれに気づいているらしく瓶を持ってくれていたので、傾けてもらって中身を手のひらに出す。
――この小さな手じゃ落としそうだもんなぁ。こんなことで体の小ささを恨めしく思うことになるとは……
そう思いつつ、丁寧に姉さんの髪を洗っていく。
「ふわぁ。気持ちいわ。カーリーン、すごく上手ね?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、あまり動かないでよ、泡が垂れちゃうよ?」
ご機嫌になった姉さんが頭を少し揺らすので、洗っていた手を止めて動かないように言っておく。
「だってほら、目を開けても平気なのよ! お母さんやリデーナに洗われてる時みたい!」
浴室には鏡がないので、姉さんは目を開けていることを見せるために、わざわざ振り向いてくる。
「わかった、わかったから。もう少しだから大人しくしててよ……」
「気持ちいいから、もっとしててほしいくらいだわ」
「あまり時間をかけると髪の毛が痛むよ」
「むぅ~……わかったわ……」
隣では母さんと、母さんの髪を洗い終わったリデーナが微笑ましそうに俺たちのやり取りを見て、「どっちがお姉ちゃんか分からないわね」と笑っていた。
――少なくとも俺は男だからお姉ちゃんではないよ……
心の中でツッコミを入れながら、「少しだけ上向いて、目を閉じててよ」と言いながら、姉さんの髪に付いた泡を洗い流した。
お風呂にゆっくりとつかった後、リビングへ戻って父さんたちと交代し、冷えた果実水を飲みながらゆったりと過ごす。
先にお風呂に入った俺と女性陣はみんな髪が長く、結構ゆっくり入るのでそれなりに時間がかかる。
逆に父さんや兄さんはそこそこ早く上がってしまうので、俺が男性陣と入るときは"もう少し入っていたかった"と思うことが多く、女性陣と入るときはゆったりと入れるのでありがたかったりする。
――まぁ女性陣と入ると姉さんに構われたり、女性と入ることに対して気にしちゃうことはあるし、男性陣と入ると俺の気持ちを察しているのか、父さんは俺に付き合って少し長めに入ってくれるから、どっちもどっちかもしれないが。
などと考えながら果実水を飲んで母さんたちの話を聞いていると、父さんたちが戻って来てすこし談笑した後、寝る時間となり「おやすみ」と言ってそれぞれの部屋に向かった。
今日も日中は気温が高かったため、リデーナに魔法で空気を入れ替えてもらった後、窓際で最近の日課になった氷と風の魔法の練習をする。
と言っても派手にやって迷惑をかけるわけにもいかないので、氷は出しても爪の先ほどの大きさ、風もふわりとやってくるレベルに抑えている。
――まぁじいちゃんから貰ったあのランプの効果範囲内だから、少し多めに魔力を消費しちゃってるけど、これはこれで魔力量を増やすのに一役買ってくれているからありがたい。最初と比べると、今はちゃんと影響下でも細かな調節できるようになったし、成長してると実感できて楽しいな。
そう思いながら魔法を使い、氷を粉砕したものを目の前の約1メートルほどの範囲に散らして固定し、自分の方へそよ風のような風を送る。
「うんうん。【クーラー】も安定してきてるし、いいね。でも母さんとかリデーナが使ってるのはもっと細かな粒なんだよなぁ……」
目の前に出した、部屋の明かりを反射してキラキラと光る氷の粒と、母さんたちが使っている魔法を比べながらそうつぶやく。
「まぁ母さんたちは水魔法でやってるみたいだから違うんだろうけど、近くにいても濡れたりしないから相当細かい状態なんだろうな……俺のはまだ雪の粒くらいのサイズだし」
――イヴから適性をもらったから使うこと自体はできるとはいえ、やっぱり精密な魔力操作は練習あるのみなんだな。
魔法を止めて改めて母さんたちの魔法技術の高さを感じていると、ドアがノックされて姉さんの声がしたので入室の許可を出す。
「カーリーン、一緒に寝よ~」
今回は枕も持参してきた姉さんが、部屋に入って来てすぐにそう言う。
「アリーシアさんが来てから1人で寝てたし、俺は1人で寝られるよ?」
「いいじゃないの。あれ? やっぱりカーリーンの部屋の方が涼しいわね?」
「う、うん! わかったよ、今日は一緒に寝よう!」
「やった。それじゃあ、ほらカーリーンもおいで~」
俺は魔法のことをごまかすために勢いで了承してしまったが、そのおかげで姉さんの気はそらせたので、よしとすることにした。
――まぁ姉さんは寝相が悪いわけでもないし、寝るとなったらすぐに寝付くから俺の睡眠が妨害されるわけじゃないしな……
部屋の明かりを消した後、姉さんの手招きに従ってベッドに上がると、姉さんが抱き着いて来る。
前もこんな姿勢で寝て朝になっても同じ姿勢だったが、痛くはならないのだろうかという俺の心配をよそに、姉さんは「おやすみなさい」と優しい声で言うので、俺も眠ることにした。
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そして今回の話は……完全にエルティリーナ回になってしまった。
お姉ちゃんよりお姉ちゃんしてる弟(?)ですが、家族は受け入れているので取り繕うこともしてないです。





