8.夕食と本の事実
一応貴族の食事ということもあり、どんな感じなのか気になっていたので机の方の様子を見る。
本を読みながらなど、さすがに前世でも行儀が悪いと思われるようなことはしていないが、普通に話したりしながら食べていた。
――もっと静かに食べたり、食器の使い方など色々あるのかと思ったけど……少なくとも家族だけのときは、普通に食べたので何も言われなさそうかな?
神様から元々貴族だったと聞いていた母さんはもちろん、兄さんもナイフとフォークで余計な音をたてないようにきれいに使っている。
姉さんは時々一度取ったものを皿に落としたり、皿の端っこにあった野菜の欠片などが少しこぼれたりしているが、まだ幼いし仕方ないと思う。
そして父さんは、パンや肉料理は大きめに切って大きく口を開けて食べ、サラダは皿を持って口元に近づけて一気に食べるという、その大柄な見た目に似合う豪快な食べ方だった。
――父さんが普段はあの食べ方なら、マナーは気にしなくても平気そうだな……流石に家族しかいない時だけだよな? あの食べ方……
「ふふ、ほらあなた。カーリーンが見ているわよ? 今日はゆっくり食べたら?」
「む……」
俺が見ていることに気がついた母さんが、父さんの豪快な食べ方を注意した。
そう言われた父さんは、兄さんほどではないが静かに食器を使って食べ始めた。
「口いっぱいに食うのもうまいんだがなぁ……」
「子供たちが見ているときは少しは、ね?」
「カーリーン様がおられますと、旦那様も大人しくなりますな。まぁ今だけでしょうけれども」
俺を抱いたままその様子を見ていたロレイナートが"はっはっは”と笑うと、母さんも「そうねぇ」と言って微笑んでいた。
――この執事、結構ズバッというなぁ……俺としては一緒に過ごすのであれば、遠い距離感よりは接しやすくていいんだけど。
母さんの言葉を聞いたからか、姉さんまでゆっくりと落としたりしないように慎重に食べ始めた。
「エルティリーナ様は、いつものように食べていただいていいのですよ?」
姉さんの後ろで世話をしていたリデーナが、少し大人しくなった姉さんを気遣って声をかける。
「でも、おとーさんあんなたべかたしてても、ぜんぜんこぼしてないんだもん!」
父さんはあれだけ豪快に食べていたが、飛び散らかせたりこぼしたりもせず、しっかり口は閉じて食べていたため全く汚くはないのだ。
それでも娘にそういうふうに言われて、更にゆっくりと少しずつ食べ始めた父さんは、少ししょんぼりとした様子だった。
「あなたの豪快な食べ方も好きだけれど、せっかく家族みんないるんだから、たまにはゆっくり食べましょ?」
「それもそうだな」
母さんにそう言われて気を持ち直した父さんは、話をしながら再び食べ始めた。
姉さんもリデーナと母さんの言葉を聞いたからか、あんまり気にせず食べるようになっていた。
「今日の勉強では何を教わったんだ?」
「僕は計算の練習でした」
「わたしはもじが少しよめるよーになったよ!」
「おぉ! それじゃあ後で読んでもらおうか?」
「うっ……い、いーよ?」
姉さんはまだ読み書きが得意ではないのか、自信はなさそうだが言ってしまった以上引くことはしないようだ。
――学校とかではなく、親や使用人達が教えてくれるのか。まぁ幼い子が貴族と混じって学ぶというのも、萎縮したり気を使わなきゃいけなくてそれどころじゃなくなりそうだし、貴族だけの学校となると人数の関係で、"別の街の寮付きの学校"に集まるとかになるだろうから、各家庭内である程度教えるのが普通か。
その後も今日あった出来事や、父さんが森で見てきたことなどを話しながら夕食の時間は過ぎていった。
食器などが下げられたあと、家族みんなで暖炉近くのソファに座っている。
父さんの右膝の上に俺と、左膝の上には読むと言った姉さんが座り、兄さんは母さんの膝の上は遠慮したようで、父さんを挟む感じで右に母さん、左に兄さんが座っている。
リデーナがお茶の用意をしてくれて壁際で待機しているが、ロレイナートともう1人のメイドは夕食を食べに行ったようだ。
「フーゴは、やまへ、むかいました」
姉さんが読んでいるのは、食事の前に母さんに読み聞かせてもらっていた本だ。
"魔竜と英雄"と書かれている本は、主人公フーゴが凶暴な魔竜を討伐するまでの話を、子供にも分かりやすく書いてある本のようだ。
姉さんが読みやすいように父さんが下の方で本を持っているため、俺からも少しは見ることができる。
子供向けということもあり、分かりやすくデフォルメされている絵には、盾と片手剣を携えた黒髪の男が描かれていた。
――大型の竜を討伐するならゴツい大剣かなと勝手に想像してたけど、前の世界でいうロールプレイングゲームの勇者みたいな格好だなぁ。
武具を携えて外套をマントのように羽織り、最低限頭部を守るためのヘッドギアのような物を装着しているその格好は、まさにそんな感じだった。
「わるいりゅうが、フーゴにむかって、火をはきました。フーゴは……これなんてよむの?」
「"たてをかまえて"だな」
「そっか! フーゴはたてをかまえて、まえにすすみ、火をとめました」
たどたどしくはあるが、ちゃんと読み進めていく姉さんの朗読を大人しく聞いていた。
兄さんや母さんもその頑張っている姿を、黙って見守っている。
「フーゴは、わるいりゅうをたおし、くにはへいわになりました」
食事の前に読んでもらっていたところからの再開だったこともあり、姉さんの朗読会は思ったより早く終わった。
「よくよめたわ。えらいえらい」
母さんが手を伸ばして頭を撫でてあげると、姉さんは嬉しそうに笑うが、兄さんはなにか考えているようだった。
「……この魔竜は倒すしかなかったのでしょうか?」
「というと?」
「追い払うとか……?」
兄さんは魔竜を殺したことに対して少し疑問があるらしい。
――たしかに共存できるならその方がいいとは思うけど、不可能だからこそ討伐の話になったんだろうしなぁ……
「ライニクスは優しいわね。それで? どうだったの?」
母さんは兄さんに微笑んだあと、父さんに視線を向けて聞きだした。
「あれは無理なやつだったな。モンスターにも瘴気に当てられて逃げもせず暴れるやつがいるが、あの魔竜もそのたぐいだ。それに追い払う程度に力を抑えて戦っているうちに、街や人がどれだけ亡くなっていたか分からないしな。あれは討伐するしかなかったやつだ……っと言っていたぞ!?」
「ふふふっ。そうね。その英雄様が討伐していなかったら、その本に書いてある国は酷いことになっていたかもしれないわね」
「そうですよね。自分たちが生きるためですもんね」
兄さんは少しだけ悲しそうに眉を下げてはいるが、納得してスッキリとしているようだ。
――弱肉強食というか、モンスターのいるこの世界じゃ甘い考えでは生き残れないんだろうな。……っていうかこの本は実話で父さんの話では……? 焦って誤魔化しを付け足してた感じがするし、母さんもその時の様子を聞いていたように見えたし……兄さんたちは気づいてないみたいだけど……
「いーあー?」
言葉にはならない声を発して両親を交互に見上げると、2人に優しく撫でられた。
「わたしフーゴみたいにつよくなりたい!」
「あらあら、ちゃんと教えてあげなくちゃいけなくなったわね?」
姉さんが目を輝かせながら父さんを見上げたので、母さんがからかうような口ぶりで話す。
「……そう、だな……まぁ稽古にはまだ早いと思うが、ライニクスの稽古の時に一緒に運動するか?」
「する!」
一層輝きを増したような姉さんの瞳は、やる気に満ち溢れていた。
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