78.アマリンゴ
週間ランキングにて、ハイファンタジージャンル1位、総合2位という信じられないことになっており目を疑いました。
読んでくださった方々に感謝しつつ、これからの話も楽しんでいただけると幸いです!ありがとうございます!
ダイニングに戻るとお皿を持った姉さんたちが、それぞれの前に置かれた小皿に果物を分けていく。
こういうことはメイドの仕事だから王都の屋敷では滅多にやることがないらしく、じいちゃんたちは嬉しそうにその姿を見ながらお礼を言っていた。
「お、これは前にもエルが買ってきてくれたアマリンゴだな」
「この果物ってアマリンゴっていうの?」
「あぁ、安直な呼び方だろ? まぁ他の町では別の呼び方をされてるかもしれないが、このあたりでは昔からそう呼ばれてる」
以前食べた時は仕事合間のオヤツとして出されていて、外から帰ってきた父さんはリビングで食べるときに「懐かしいな」と言ったくらいで、食べ終わると姉さんにお礼を言って執務室に向かったため、名前を聞いたのはこれが初めてだった。
「初めて食べた時は食感もそうだけれど、甘さにも驚いたわ」
「そのときはひと口で一気に食べてた記憶があるが……」
「うふふ。あなたが美味しそうに食べてたんだもの。変なものじゃないのは分かってたわ」
――前のとき母さんは執務室で食べたようだし、今回みたいに食後のデザートとして出たなら色々と話してたかもなぁ。それにしてもこのアマリンゴって柔らかすぎて腐ってると思う人もいるって話なんだけど、いくら父さんが目の前で普通に食べたからといって、元公爵令嬢の母さんがそれをひと口で食べたのか……
両親は昔を思い出しながら話している隣で、順番的に兄さんのお皿に分けるように移動していた姉さんは、なにか悩んでいる様子で動きを止めていた。
「……お兄ちゃんは私に内緒で稽古したから1つにしようかと思ったけど……おじさんがオマケしてくれたからちゃんと3つあげるわ」
「あはは……ありがとう」
姉さんはやはり自分に内緒で稽古をしていたことが気に入らないらしく意地悪しようとしていたが、果物露店のおじさんがオマケで多めにしてくれていたことにより、兄さんもみんなと同じ数貰えたようだ。
そのまま姉さんは俺のお皿に分けた後、自分の分を取って食べ始めたので俺もひとかじりする。
――やっぱり甘いなぁ。味は甘いリンゴなのに、食感はモモに近い感じ。でも砂糖で煮詰めたものと違ってあくまで果物的な甘さだからか、後味はさっぱりしていて食べやすい。
「たしかに目の前で皮をむいて、切り分けられたリンゴのようなものがこれだけ柔らかいと、食べるのを躊躇う人がいるのも分かる気がするわ。今回みたいにあらかじめ切り分けられて出てくると、コンポートのような感じで調理しているように見えて口にしやすいわね」
「王都では見たことがなかったからな。何回もこの町に来ているが初めて食べたぞ。このあたりにしかない果物なんだろうな」
「たしかに私もこの辺りに来た時に初めて食べたわね」
ばあちゃんが柔らかさを確かめるようにフォークでひと口サイズに分け、ゆっくりと食べつつ見た目や食感の感想を言う横で、じいちゃんは王都で見たことがないと言い、母さんもそれに同意するように思い出している。
――だとしたらこれはこの領の特産物として良い商品になるのでは? いやぁ、でもそのあたりは母さんも思いついてそうだし、そうしてないってことは厳しいのかな。このあたりの事情を聞くのは流石にまだ不自然だろうし……
「他の領で見かけないのは、日持ちしないからか?」
「あぁ、普通のリンゴより早いな。もちろん冷蔵とかすればその分鮮度は保たれるが、それだけの労力や金をかけて輸送するほどのものでもないしなぁ。何より森で採るしかないからそこまでの量もない」
そう思っているとヒオレスじいちゃんも気になったらしく、知っているであろう父さんに特徴を聞いたので耳を傾ける。
「保存がきくように砂糖漬けとかにするのなら、普通のリンゴでもいいものねぇ。生のこれはこの付近でしか食べられない貴重なものということね」
「隣の領くらいであれば行商人が売りに行ってるかもしれんが、王都までとなると……」
――確かに足が早いらしいアマリンゴを、片道2週間ほどの輸送となると設備とか色々準備が大変だろうなぁ。冷やす魔法を頻繁に使える人も少ないだろうし、そういう魔道具はものすごい高価らしいからモンスターや盗賊被害にあう可能性を考えると、普通の商人が扱うにはリスクが高すぎるか。それにばあちゃんが言った通り、味はあくまで甘いリンゴだし生で食べないと大差ないものにそこまではしないか。
「まぁそうだな。割に合わんか。それにしても露店の店主も言っていたが、森で採れる分だけっていうのはどういうことなのだ? お前が昔から知っているという事は最近見つかったものではあるまい。だが珍しいものであることに変わりはないし、売れるのであれば栽培していてもおかしくはないと思うのだが……そうしないのは管理しようとすると大変だからか?」
「ここの領民たちはたまに食べるし売れるは売れる。だから色々と試したらしいんだが、挿し木してみたり種を植えてもアマリンゴは実らないらしくてな。普通のリンゴになってしまうようだ」
「あぁ、その類のものか」
「どういうこと?」
俺は"アマリンゴの種を育てても普通のリンゴになってしまう"というのが気になったので、これくらいなら聞いても問題ないと思って話に混ざることにした。
「たまにあるんだ、そういう果物や野菜とかがな」
「自生しているものだけが特別なの?」
「あぁ。地域によるが"神の気まぐれの果物"やら"妖精にいたずらされた野菜"などと言うところもあるな。この辺りでは何ていうんだ?」
「俺たちは普通に"変種"ってそのまま言ってたが、神のなんとかって言っている地域の人に怒られそうだな……まぁ見た目こそ大差はないが味や香りが変わっていて、それを種や挿し木から育てようとしてもその変種は実らない、という不思議なもののことだな」
「へぇ。そういうものもあるんだ」
話を聞いていると、自生しているアマリンゴの近くの土を持ち帰ったり、すぐ隣にも植えてみたりしたが実ったのは普通のリンゴだったらしい。
そもそも植えてから実るまでに5年近くかかるようで、時間のかかる実験になるため今でも村で試しているらしいが、実るのは普通のリンゴばかりのようだ。
余談ではあるが、そういう理由でこの町ではリンゴが比較的安価で買えるらしい。
「さらに厄介なのは、このアマリンゴのように普通のリンゴが実るものもあれば、"そもそも芽が出ない"とか"そろそろ花が咲くかって頃に急に枯れる"とか様々なのだ。だから研究者たちも今では諦めていて数は少ないし、"神の気まぐれの果物"と言っていた信仰心の高い奴らからは"人間の手で増やそうとするのは冒涜だ"とか、"枯れたのはその地が汚れているからだ"とか騒動になったこともあったらしい」
「うわぁ……父さん気をつけないと」
「あ、あぁ。そんな話初めて聞いたが……」
「まぁかなり昔の話だからな。私が生まれるよりかなり前の話で、"変種"の研究が盛んだった時代の話だ」
「本当に神様が関わってたりしたら、研究したところで分からないってなったんだね」
「まぁ当時の研究者が解明できなかったからそう語ったのか、本当にそうなのかは知るすべもないが、現在は研究者もほとんどいなくなったし、原因がわかっていないのだけは確かだな」
――なるほど、今度イヴに会ったら聞いてみようかな? 管轄的には豊穣神であるグラルート様になるのか? まぁイヴなら知ってるか。
そう思いながらもう一つ口に入れて食べていると、大人たちに見られているのに気が付いた。
「な、なに?」
「いや、カーリーンにはまだ難しかったかと思ったんだが……」
「今は飽きたのか食べているが、途中まではしっかり反応していたし、やはり賢いのだろうな」
俺に説明していた父さんとじいちゃんがそういうので、俺はごまかすように残りの1つを急いで食べた。
ブックマーク登録、評価やいいね等ありがとうございます!