74.市場
子供たちを先頭にして、好きな場所を見させてもらいながら市場を巡っていく。
何に使うのか分からない道具やら変な形の置物もあれば、露店で出るには高額そうな魔道具や短剣などの武器もあった。
――怪しそうなところはリデーナが止めてくるから良くは見れなかったんだけど、ぱっと見で普通そうでも止めてるってことは何かあるんだろうし、寄らないが正解だよな。行商人も入れ代わり立ち代わり来るみたいだから、そういう人もいるのが普通なんだろうし。
そう思いながらローブを深くかぶって顔を隠した、見るからに怪しそうな店主の前を通り過ぎる。
割と好奇心が勝って覗いてしまいそうな姉さんだが、意外にもこういうところはしっかりしているようで、リデーナが止める前から立ち寄るつもりはないようだ。
「おや、エルティリーナ様。この間の果物また採れましたよ」
「おじさん、こんにちは~。あれ美味しかったわ」
「はっはっは! そういってもらえると採ってきたかいがあるってもんだ。今日も買っていきますかい?」
見て回っていると、露店のおじさんが姉さんに声をかけてくる。
――前に町へ行った日に買い物をした場所かな。そういえば何かリンゴのようなものを買って帰ってた日があったな。
「うぅ~ん。荷物になるし……おじいちゃん、いい?」
「おじいちゃん、ってことは貴族様でしたか!? し、しつれいしました! こちらから声をかけるなど……」
「かまわん。ここの領主やエルたちにはそういう接し方なのだろう? それなら別に何も言わん。それより店主よ、その果物というのはどれだ?」
「あ、ありがとうございます。えぇっと、こちらです」
そういって手に取った果物は、やはり以前見たことのある赤い果実だった。
「これはリンゴか?」
「えぇ、見た目や味はほぼリンゴですが、食感が柔らかめで甘みがつよい果物です」
「ほぉ。王都の方では見たことがないな」
「村の方の森で採れるもので、栽培は出来ていないものなんですよ。味見してみますかい? 柔らかくなって甘みがあるって聞くと、"腐っているのではないか"というお客さんもおりますが、今朝採ってきたものですので安心してください」
店主の男性はそういうとナイフを取り出し、手早く皮をむいて切り分けたものを出してくれる。
「む、確かに柔らかいな」
「すごく甘いです」
じいちゃんとアリーシアさんが、一緒に出してくれた小さなフォークで果実をひと口食べて感想をもらす。
「ほら、カーリーンも食べて食べて」
「おや、カーリーン様っていうと、この前エルティリーナ様が言ってた弟ですかい? たしかにエルティリーナ様が言ってた通り可愛らしいですな」
――姉さん外でそんな話を……それにしてもこの果物、普通のリンゴとは食感が違うから違和感あるけど、かなり甘いリンゴみたいで美味しいんだよなぁ。あのシャクシャク食感も好きだけど、味自体好きだからこれはこれで……これでジャムとか作れば砂糖も少なく済むかな。
姉さんに半ば強引に食べさせられた果物を食べながらそんなことを考える。
「いくつか買って帰るか」
「やった! お母さんたちのお土産になるわ」
「ありがとうございます。いくつにしますかい?」
「10個ほどお願い」
「はい。大鉄貨1枚になります」
――お、通貨を見るのは何気に初めてかもしれない……まだ貨幣の事は習ってないからなぁ。まぁ3歳にお金の話する前に、それを計算できるようにする方が先という方針なのかも知れないが。
じいちゃんがリデーナに荷物を持つように言った後、革袋から500円玉くらいの硬貨と、それより少し小さな同じ色の硬貨をだして店主に渡す。
「あ、あの、丁度大鉄貨1枚でいいのですが……」
「さっき試食で切り分けてくれただろ。子供達も食べて1つ丸ごと貰ってしまったからな。その分だ」
「あ、ありがとうございます。ではそのお心意気に感謝しまして、あまり渡しても迷惑ですし、子供たちの分に2つほどおまけしておきましょう」
「ふはっ。分かった、それは頂こう」
代金を受け取ったあと追加の果物の入った袋を姉さんが受け取る。
「おじさん、ありがとう」
「いえいえ。またお越しください」
店から離れると姉さんの持っていた袋もリデーナが持ち、露店巡りを再開した。
「気前のいい店主だったな」
「うん。前もおまけしてもらったんだ~」
「まだ畑では作れてないみたいだけど、森には結構自生してるのかな?」
「そうじゃないかしら? 前に買った日もいっぱい積んであったし」
「ふむ。王都の方では見たことのないものだったが、こちらの森でそういうものがあるのであれば、この領にはまだまだ目新しいものがあるかもしれんな」
さっきの果物の露店あたりからは食べ物系の露店が多く並んでおり、野菜や肉などの店が増えてくる。
野菜はともかく肉は鮮度の関係もあるからか、燻製にされたものや火を通したものなども並んでおり、いい匂いがあちこちからしてくる。
そんななかあたりを見ていると、見知った顔が目に入った。
――顔というよりあの角の存在感のせいだな。身長も高いから人ごみの中にいても見つけるのは簡単そうだ。
黒紫色の角を生やした、うちの料理人であるドラードが露店で代金を支払って袋を貰っていたので、食材を買いに来たのだと思う。
「ドラード」
「ん? おぉ。カー坊、っと……ヒオレス様と一緒でしたか」
丁度正面から歩いてきていたので、せっかくだから声をかけることにしたのだが、じいちゃんが一緒にいることに気が付いて口調を改める。
「ふん。前と同じ話し方でかまわん。どうせカレアたちにはそんな話し方ではあるまい」
「はは、それじゃあいつも通りで。カー坊もエル嬢も買い物か? っとそちらの見たことあるようなお嬢さんは……」
「は、初めまして。アリーシア・ナルメラドです」
じいちゃんに口調の事を許してもらえたドラードは、普段通りの話し方で俺たちにあいさつした後、一緒にいるアリーシアさんの事に気が付いた。
「あぁ、初めまして。俺はドラードだ。口調に関してはヒオレス様から許可が出たから勘弁な。ナルメラドって事は、カー坊たちからすれば従妹か? カー坊とよく似てるし」
「うん。母さんの兄の娘だね。って、男の俺と似てるって失礼だろ……」
「いや! 悪気があったわけじゃないんだ! すまん!」
「そうよ。カーリーンは可愛いんだから、別に失礼じゃないわ」
ドラードは俺の言葉を聞いて、焦ってアリーシアさんに頭を下げると同時に、なぜか俺が姉さんに責められるように言われる。
――アリーシアさんと似てるって言われてるから、ここで"別に俺は可愛くない"なんて言えるわけないしな……アリーシアさんもなんか姉さんに同意してるし……
「それに人数はもちろん分かってるんだが、顔までは知らなかったんだ」
「え?」
「ドラードはうちの料理人だよ」
「あぁ! 料理すごく美味しかったです、ありがとうございました」
アリーシアは一瞬驚いた表情をしたあと、頭を下げてお礼を言う。
「はっはっは。嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。こちらこそありがとうな。昼食も期待しておいてくれよ」
「ドラードはいつもこの時間に買い出しに来てるの?」
「いつもではないな。今日は昼に追加で何か作ろうかと思ってな。時間もあるし見に来たところだ」
「買ってたってことは良いものがあったんだね。それで買い物は終わり?」
「あぁ。これから帰って昼食の下ごしらえだな」
「それじゃあさっき買った果物持って帰ってよ」
「ん? あぁリデーナが持ってるやつか?」
「姉さんが母さんたちのお土産に買ったやつだけど、どうせ切り分けたりするのに厨房に行くことになるし」
「分かった。それじゃあ持って帰っとくぞ」
「うん、よろしく」
ドラードが荷物を受け取ろうと近づくと、リデーナが小さな声で話しかける。
「ドラード、後でお話が」
「いやいや、まてまて。許可は貰ってるから問題ないだろ。いいから荷物をくれ」
――じいちゃんの前で注意するわけにいかないからずっと黙ってたんだろうな……散々口調に関しては言われてるし。
「それじゃあ、お先に」
リデーナから荷物を受け取ったドラードは、再び何か言われる前にと足早に俺たちのもとを去った。
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部屋の明かりや照明などのことを、"ライト"であれば魔法があるので違和感ないのですが、"電気"という世界観にそぐわない間違いをしておりました……
ついつい普段の感覚で書いてしまっておりました(´・ω・`)