73.町へ
屋敷から町まではそこそこ離れているため馬車で移動しているが、子供の体力でも問題なく歩いて行ける程度で、道は1つしかないため迷う心配もない。
町に領主の屋敷がないのは、この町はモンスター被害にあう可能性が高く、戦えない住民を一時的に屋敷の庭に避難させられるようになっているからのようだ。
庭はそういうときのためにかなり広く作られているが、もちろん全員が避難できるような広さはない。
緊急時には町の中にもシェルターのような物があるらしく、近い人たちはそちらに避難し、屋敷へ避難するのは村と呼ばれている隣の区画の人たちばかりなようだ。
――モンスターが出やすい森の方や回り込まれそうな南側には堅牢な壁もあるし、あれが突破されるような事態ってそうとうヤバイ状況だろうな……
町には東西南北の東側以外には壁と通行用の門が設置してある。
東側は畑を拡張しやすくするためなのか壁も門も存在しないが、モンスターの襲撃があるとすれば西か南からなため、問題はないらしい。
町の北にある山から流れてきている川が壁の代わりに進行を防いでくれるようで、村の方では大きなモンスター被害は出たことがないそうだ。
「そういえば町の名前ってなんていうの? いつも村とか町って言ってるけど」
「ん? ここは領都になるんだから、お前たちの家名と同じだが」
「あ、そうなんだ」
「まだカーリーンは習ってなかったか。今から行くのはオルティエン領の領都、オルティエンだな」
この世界では家名持ちが治める領と、領主の住んでいる町はその家名がそのまま使われるらしい。
――記憶が覚醒してから家名なんてほとんど聞いた覚えがないからすぐに出てこなかった……オルティエン、オルティエンね、覚えておかなきゃ。普段は名前か、村や町の人からは領主様としか言われてないもん、しかたないよね……
「カーリーンは初めてだものね、まだ市場もにぎわってるだろうし、みてみる?」
「市場! みたい!」
「んじゃあ土産物を見る前に少し寄ってみることにするか。アリーシアもそれでいいか?」
「はい。私も市場はそこまで見て回れていないので楽しみです」
町の事を色々聞いているうちに村まで着き、橋を渡って町と呼ばれている区画へ入る。
前に伐採の件で連れ出してもらった時は真っすぐ行っていた道を途中で曲がったので、村からそれほど離れてない場所に市場はあるようだ。
「ここは村の人たちも買い物に来るからな」
「なるほど」
「もう少し町の中へ行けばいろんな商店もあるから、市場を見終わったらそちらで買い物だ」
「西側とかは?」
「西側は主に冒険者たちの宿や、鍛冶屋などがある。そこから南に行った場所は……お前たちだけでは行ったらダメな場所だ」
「ダメなの?」
「まぁ、なんというか……あのあたりは飲食店というよりは、本当に酒がメインで出てくる飲み屋が多いからな。巡回もしっかりしていて治安がいい町だとは言え、酔っ払いは面倒だぞ?」
――なるほどね。飲み屋街という事は娼館とかもあるならそのあたりになるんだろうな。まぁこれを直接言うと後で色々言われそうだから言わないけど。
「それに西側には行く用事もないだろうしな。商店の類は大体東側にあるし、ギルドとかの施設も中央に固まっておる。騎士団の施設は北側だが」
「ダメだっていうならわざわざ行かないよ。うちからすると正反対だから遠いし」
などと話していると市場の近くに着いたらしく、馬車が止まってリデーナがドアを開けてくれる。
ここに来るまでの道は馬車でも問題なく通れるほど広かったのだが、さすがに市場には入ることができないようだ。
――正確には馬車でも通れそうなくらい広い通りになってるけど邪魔になるだろうし、こういうところは歩いてみて回りたいもんな。
市場と言われている通りにはあちこちに露店が出ており、野菜や肉を売っていたり料理済みのものを売っていたり、ちょっとしたアクセサリーから置物までと様々なものが売られている。
――なんか前世の祭りの出店やフリーマーケットとかを思い出すなぁ。料理も売ってるからあちこちからいい匂いもするし、朝ごはん食べてからあまり時間がたってないのにお腹がすいてくる。
リデーナはみんな馬車から降りたのを確認すると、市場の近くにある馬車預り所に馬車を預けて戻って来る。
馬車から降りる際にチラチラ見られた気がするが、父さん達は割と町の方にも来ているようだし、思ったより目立ってはいないようだ。
「わぁ。前に来た時と全然売ってるものが違うわ」
姉さんは来たことがあるらしく、その時と比べると市場の雰囲気がガラッと変わっていると驚いている。
「まぁ自分の店舗を持っていないものもそうだが、行商人たちもここで商売をするからな」
「アリーシアが買うお土産もここで見つかるんじゃない?」
「姉さん、じいちゃんが行商人もいるって言ったでしょ。他の町からの品をここで売ってるんだから、オルティエンのお土産として買うならちゃんと店舗で買った方が間違いないよ」
「あ、それもそうね」
「ははは。まぁ私たちが買って帰るお土産は無いかもしれんが、お前たちからすれば珍しいものもあるかもしれんぞ。さぁいくか」
じいちゃんがそういうと姉さんとアリーシアさんが話しながら歩きだし、その後ろをヒオレスじいちゃんが歩く。
「カーリーン様?」
「うん?」
隣で名前を呼んできたリデーナを見上げると、その視線は自分の左手に向いており、そこには俺の右手がつながれてあった。
正確には俺が無意識にリデーナの手を握っていた。
――うお!? 外出した時はいつも母さんに手をつながれてたから、無意識で手を取っちゃった!
「せっかくヒオレス様もおられますので、私ではなくヒオレス様と……」
「ご、ごめん! つい体が勝手に」
「いえ、謝られる事はございません。むしろ無意識に手を取って下さって嬉しく存じますが」
「はっはっは。カーリーンはリデーナに相当懐いているようだなぁ。まぁそうやって手をつないでいれば、はぐれる心配もあるまい」
「あ~! カーリーンも一緒に歩こうよ、私の所においで~」
「う、うん」
話し声を聞いて振り返った姉さんが、俺を誘ってくれるのでそっちへ向かう。
――ご、ごめんリデーナ。別に手をつなぐのが嫌ってわけじゃなく、さすがにちょっと恥ずかしいんだ……
などと、どことなく寂しそうに見えたリデーナに心の中で謝りながら前に行くと、姉さんに手をつながれた。
結局手をつながれることに変わりはないのだが、姉さんは普段からこういうことをしてくるし、特に気恥ずかしさなどはない。
――外ってこともあって、ほんの少しは恥ずかしい気持ちもあるが、まぁこればかりは仕方ない。はぐれるはぐれない以前に、こけるかもしれないしな……大人しく今日は姉さんに手をつないでてもらおう。
「……わ、私も手つないでいい?」
「い、いいけど」
そう思っていたら、左隣に来たアリーシアさんにそう言われて、右手は姉さん左手はアリーシアさんにつながれて歩くことになった。
姉さんだけなら平気だと思っていたところに、アリーシアさんとも手をつなぐことになったが、リデーナの時と比べるといたって平気だった。
――リデーナの時は体が勝手に動いててびっくりしたっていうのもあるしな……まぁなんにせよ初めての場所だし、はぐれようがないのは安心だな。
そう思いながら俺たち3人が前を歩き、その後ろからじいちゃん達が付いて来るという形で市場を見て回ることになった。
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