72.お出かけ
リビングに戻ると、なぜか姉さんが"カーリーンはもうエルフ語を上手に話せるのよ"と父さんに自慢したらしく、俺はワシワシと撫でられながら普通に褒めてもらえたくらいで、呼び出しされた件については何も言われなかった。
俺が呼び出された理由は多分病気の事だと思っていたのだろうが、戻ってきた母さんと俺の表情を見て心配しなくても大丈夫だと判断したからだと思う。
翌日、朝食を食べ終えて稽古前の食休みを取っていると、じいちゃんが自分の所の執事さんに荷造りの手配をするように言っていた。
今日の昼間に帰るようで、アリーシアさんは朝からすこし寂しそうにしている。
――アリーシアさんもかなり打ち解けてくれたもんなぁ。昨日は姉さんの部屋で一緒に寝たみたいだし、王都ではまだ友達も少ないらしいから寂しいんだろうな。
「アリーシア、帰る前に何かお土産を買いに行くか?」
「いいんですか?」
「あぁ。私たちはセージスに手配してもらったが、ジル達のお土産にお前が選んだものがあると大喜びだろうしな」
じいちゃんは執事にお土産などの用意をさせていたようだが、アリーシアの父親は娘が大好きだからそのほうが喜ぶだろうと言う。
「では稽古の後に……」
「それじゃあ稽古は昨日ので終わりにしましょう。アリーシアちゃんは魔法の発動も上手くなったから、十分驚かせることは出来ると思うわ。ライ達も今日の稽古はお休みよ」
「えぇー! 稽古しないの!?」
「ほら、エルも一緒に行っていいから準備しなさい」
「え、アリーシアと一緒に行っていいの!? 準備してくる!」
稽古がなくなったことに不満そうだった姉さんは、アリーシアと一緒に買い物に行けると知って上機嫌になり、部屋を飛び出して自室へ準備をしに行った。
母さんが急に決めたことだったがアリーシアさんも嬉しいようで、さっきまでの寂しそうな表情は消えていた。
じいちゃん達が来てからアリーシアさんは何回かヘリシアばあちゃんと町へ行っていたが、基本的にはうちで過ごしていたため町へ行けること自体も楽しみなようだ。
「カーリーンも行ってくる?」
「女の子同士の方が楽しめるだろうし、俺はいいよ」
「そういう気づかいはどこで覚えてくるのかしらね……」
「え、えっと、カーリーン君も一緒に行かない?」
「いいの?」
「うん。一緒に行こ?」
「それじゃあ……母さん、本当に俺も行っていいの?」
「えぇ、いいわよ。リデーナ、カーリーンの準備をしてあげて」
「かしこまりました」
女の子同士の買い物に混ざるのは邪魔かと思って遠慮したのだが、アリーシアさんは俺が断ると悲しそうにしていたし、誘いを受けた時は嬉しそうにしていたので俺がいてもいいのだろうと判断し、一緒に町へ行くことにした。
――村までは結構連れて行ってもらってるけど町の方は殆ど行ったことなかったから、本音をいうと行きたかったんだよね。流石に女の子同士のところに混ざってまで行こうとは思ってなかったから、誘ってくれたアリーシアさんに感謝だな。
俺は少しワクワクしながら、準備をするためにリデーナと自室へ向かう。
部屋の前まで来ると急いで着替えたのか、姉さんがすでに準備を終えて部屋から出てきた。
「あれ? カーリーン、どうしたの?」
「アリーシアさんに誘われたから俺も一緒に行くことになったんだけど……俺がいて邪魔じゃない?」
「そんなことないわよ! それじゃあ今日はカーリーンともお出かけできるのね!」
兄さんは1人で町へ行ったことがあるし、姉さんも使用人と一緒に行ったことがあるが、俺は両親のどちらかとしか行ったことがないため、兄姉と一緒に出かけた回数は極端に少ない。
というのも、両親が町へ行くときは大体が仕事関係なため、子供のお出かけというにはつまらない内容が多く、その時は姉さんもさすがに付いてこないので、今回は俺と出かけられることも嬉しいようだ。
外行き用の服に着替えた後、リデーナに髪をまとめてもらってリビングへと戻る。
上機嫌な姉さんとリビングに入ると、母さんに"姉弟でおそろいね"と言われて何とも言えない気持ちになる。
いつもは髪を首元でまとめているのだが、今日はテンションの上がった姉さんに押し切られて、姉さんと同じようにポニーテールにされてしまった。
――まぁこれはこれで首元が涼しいし、この時期はいいかもなぁ。
「あ、リボン使ってくれてる」
「うん、せっかくプレゼントしてもらったからね」
先日誕生日プレゼントでアリーシアさんからもらったリボンを使っているのだが、それに気がついて嬉しそうにしているアリーシアさんも、あの時つけていたリボンをカチューシャのように髪を押さえる形でつけているので、こちらもある意味おそろいになってしまった。
「あれ、兄さんはいかないの?」
「僕はもう何回も行ってるからね。あまり慣れてない3人で楽しんでくるといいよ」
「俺たちが慣れてないからこそ、慣れてる人がいた方が良いんじゃ……」
「あはは。そこはお爺さまが一緒に行くし、リデーナも一緒だからね」
――たしかにそれはそれで楽しめそうだなぁ。住んでる町なのにまだ知らないところばかりだし、姉さんはともかくアリーシアさんも同じ感じだろうしな。
「なるほどね。あれ、母さんたちは行かないの?」
「私たちは稽古の後やる予定だったお仕事があるからねぇ。お爺さまが連れて行ってくれるのなら、その間に終わらせるわ」
今回は兄さんや両親も行かないらしく、俺がリビングを出た時と変わらずお茶を飲みながらのんびりしている。
「それでは馬車の用意をしてまいります」
「あぁ、頼む」
リデーナがそう告げて部屋を出たので、馬車の準備が終わるまで座って一息つくことにした。
「カーリーンは私達以外と行くのは初めてだから、ちゃんと見ててあげてね」
「もちろんよ」
「カーリーンもお姉ちゃんたちとはぐれないようにね。まぁ、あなたはしっかりしてるから大丈夫だと思うけれど」
「は~い」
――今回のお出かけの様子次第で、今後俺を町へ連れて行くかどうかが決まるかもしれないから、ちゃんという事聞いておかなきゃな。
「まぁ子供3人に保護者2人だ。大丈夫だろう」
「保護者2人ってことは、ばあちゃんもいかないの?」
「えぇ、私は帰路の体力を少しでも残しておくわ」
「か、帰りはもう少し休憩を多くとるぞ?」
「そうしてもらえると助かるわぁ。まぁ冗談はさておき。あまり大人数で行くと変に目立つでしょうから、私は今日は休んでおくわ。あなたたちは楽しんでいらっしゃい」
わざとらしく大げさに反応したヘリシアばあちゃんの言葉に、焦りながら答えているヒオレスじいちゃんの様子がおかしくて笑っていると、リデーナが戻ってきて準備が終わったことを告げてきた。
俺の準備をする前にあらかじめ伝えていたらしく、すぐに用意が終わったらしい。
「それじゃあ、いくか」
「は~い。いってきます」
「いってきま~す」
そのまま家に残る父さんたちにそう言ったあと、町へ行くメンバーだけで玄関へと向かう。
そこにはうちで使っている馬車ではなく、じいちゃんが乗ってきた馬車が停めてあった。
「ヒオレス様、再度確認いたしますが、この馬車でよろしいのですよね?」
「あぁ。せっかく新型の馬車に乗ってきたのだ。エルやカーリーンも乗せてやりたいからな」
「馬はうちのみたいだけど、平気なの?」
「お? よくわかったな。まぁうちの乗ってきた馬のほうが力や持久力はあるが、普通の馬でも問題ないから大丈夫だぞ」
「母さんが馬車は欲しいけど、あの馬を維持するのは渋ってたもんね。普通の馬で曳けないってことはないんだ?」
「長距離乗るのであれば、力や持久力のある馬を選ばなければならんから、今いる馬ならどれでもというわけにいかんが、そこまで大きな問題ではないな」
「振動を軽減するための構造や、車輪が太くなってるからその分重そうだもんね」
「よく見ておるな……なんだ、カーリーンはこういうのに興味があるのか?」
「う~ん……ないことはないけど、今は魔法が楽しいかな」
「ふははは。そうかそうか。さすがカレアの子だ。まぁもしこの馬車のようなものに興味が湧いたら言うがいい。王都に来たときにでも見学させてやる」
「うん、ありがとう」
そんな話をしながら馬車に乗り込み、リデーナの御者で町へと向かった。
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