7.お手洗い……
23/08/19:1~6話読み直して修正してますが、文末に"だった"という文字が多いかなと思い、それの修正ですので特に追加や変更はありません。
ロレイナートは元の年配男性の姿に戻り、母さんは事務作業で出していたものの片付けをすませた。
「それじゃあ私たちもいきましょうねー」
そういいながらロレイナートから俺を抱き寄せて優しくなでてくれる。
――お、この部屋以外も見られそうだ! っと、ちょっとトイレに行きたくなってきた。……はっ! トイレ!? そうだよ、自力じゃどうしようもないじゃん! 神様! なんでこの状態で封印解いちゃったんですか!?
目を見開いてそんなことを願うがその願いが届くことはなく、じんわりと温かい感覚が下半身に広がるのを感じる。
――……そうだよね……まだ我慢なんてできそうにないようね……
母親だと認識しているが、生前の自分より若いだろう女性の腕の中でしてしまったことに対して、恥ずかしいやら泣きたいやらを通り越して出てきた感情は"無"だった。
部屋から出ようかといった時ははしゃいでいた俺が、急に大人しくなったので母さんが俺の様子を見るとスンっと真顔でいたため笑い出した。
「ふっふふふふふっ。その前におしめを替えましょうか。あなたは泣かない代わりに真顔になるから面白いわ」
どうやら俺はもとからトイレをしてしまった時の反応がこんな感じだったらしい。
「あうー……」
――まぁ赤ちゃんだし、この人は母さんだしな。1人でトイレいけるようになるまではもう諦めるしかないな……ん、1人でトイレ……せめて歩けるようにならないと無理か? となると前世では1歳前後だっけ。てことはあと半年は我慢!? いや、別に歩けなくてもトイレの前兆とかを察してもらえれば、赤ちゃん用のトイレがなくとも、連れて行ってもらえるかもしれないか……
母さんがベビーベッドの近くにある棚から替えのおしめを取り出し、交換してもらっている最中に気がそっちに向かないようにそんなことを考えていた。
――うん。今度からトイレに行きたくなったら何かしらアクションを起こそう。あと早めに歩けるように練習も頑張ろう……トイレの我慢って頑張ればできるのだろうか……
トイレ事情に不安を覚えながら母さんに抱かれて部屋を出て、初めて見る廊下はすごく長く見えた。
赤ちゃんの視点だからというわけではなく、ドアの大きさや感覚からして普通に長い。
直線に延びているこの廊下は大人が3人ほど横に並んでも余裕がありそうな幅もあり、学校の廊下を思い出すサイズ感だった。
――広いな!? これが職場とかじゃなく自宅っていうんだから驚きだ……
実際執務室で仕事をするため職場も兼ねていると言えばそうなのだが、前世の感覚と比べると広すぎる。
更には1つの廊下がこの長さというだけでも驚きなのに、左手に見える窓から今いる廊下とつながっているであろう建物も見える。
「あーあいー!」
「はいはい。お外が気になるのね」
俺は窓に少し手を伸ばしながら声を出すと、母さんが窓際へと寄ってくれたので外も確認することができた。
建物自体はL字になっており、突き当りを左に曲がるとさらに同じくらいの長さがあるようだ。
今いる位置は2階だったようで、花壇のおかげで華やかな中庭もよく見えた。中央付近には東屋やガゼボのような休憩スペースが設置してあり、建物の陰になっているが窓から見える左の部分には畑もあるように見える。
正面には少し遠くにしっかりとした壁があり、その奥には森も見えるような自然の多い場所らしい。
――辺境伯という立場だし、屋敷が大きいのも納得か……今見えてるのは中庭なんだろうけど、それでも公園サイズって感じだし、あのちょっと見えてる畑も家庭菜園ってレベルじゃないだろうことは予測できる……ここがこれから生きていく世界か。
「おうー」
初めての外の風景を感動しながら眺めていると、夕暮れに近い時間となって徐々に日が赤くなっていくのを眺めていた。
「もういいかしら? そろそろみんなのところに行きましょうね」
結構長い間外の風景を楽しそうに眺める俺に付き合ってくれていた母さんがそう言うと、ロレイナートを連れて廊下を歩きだした。
端の方にあった執務室から廊下の3分の2ほど進んだ先に階段があり、それを降りるとちょうど父さんたちと合流した。
「お、まだ上にいたのか?」
「えぇ、カーリーンがお外を見たいっていうから一緒に見ていたわ」
父さんの両腕には執務室から出た時と変わらず兄さんと姉さんが抱かれているが、体格が非常に良い父さんは重さなど感じていないような振る舞いで俺たちが下りてくるのを待っている。
「片付けはおわったの?」
「はい、終わりました」
「おわったー!」
兄さんは跡継ぎという立場だからしっかりした教育を受けているのか、父さんや母さんに対しても丁寧な言葉づかいで接している。
対して姉さんはまだ子供だからか、そういう言葉遣いでも問題ない環境なのかはまだ分からないが、子供らしい口調のままである。
――父さんは言葉づかいは何も言ってこなさそうだし、兄さんが自ら言葉を選ぶくらいしっかりとしてるんだろうな。
1階の廊下は2階と比べるとさらに幅があり、ただでさえ大きい父さんが子供たちを抱いた状態で横に並んでいてもまだ余裕がある。
廊下の突き当りを曲がり、少し行くと広々とした空間にでた。
――両開きのドアもあるし、ここが玄関……いやエントランスかな。それにしても広い……そう思うのは前世での記憶があるからで、貴族なら普通なんだろうか……
エントランスは吹き抜けになっており、2階へいく階段も両サイドにある。
俺は母さんに抱かれたまま、高い位置にある光る魔道具のついたシャンデリアを眺めていたが、父さんとの話に夢中なのか、その様子には気が付かないまま移動をしていた。
エントランスから奥に行き、なにやらおいしそうな匂いの漂う廊下を歩いて行き、廊下の途中にある大き目なドアをロレイナートが開けると暖炉やソファー、8人くらいは座れそうな広いテーブルなどが置いてある大きな部屋に入った。
父さんが上座に座るとその右に俺を抱いた母さんが座り、母さんの対面に子供たちが座る。
壁際には書棚や小さな引き出しのついたもの入れ、今座っている机の近くにはソファとローテーブル、その近くに暖炉もあることから、おそらくリビング的な部屋なのだろうと推測した。
その証拠に1度は席に着いた兄さんが、書棚から何か本を取ってきて読み始め、姉さんも同じように本を手に取りトテトテと母さんのところに持ってきたが、注意されることもなくゆったりとした空気が流れている。
姉さんが持ってきた本を母さんが読み聞かせるため、俺は一時的に父さんの膝の上に移動させられ、代わりに母さんの膝の上には姉さんが座ってそれを聞いていた。
――あの表紙には"魔龍と英雄"と書かれているが、母さんの読み聞かせの内容を聞く感じ子供向けに書かれた本なんだろうな。神様からもらった言語能力のおかげで文字は読めるが、読み聞かせは言葉を覚えるのに大事なことだし、俺もそのうちしてもらうことになるんだろうなぁ……
"そうなったときどんな反応がいいのか"などと考えていると、リデーナともう1人のメイドがワゴンを引いて入ってくると同時に、おいしそうな香りが広がっていく。
「おーーあー?(ご飯?)」
「あぁ、これからご飯だぞー。お腹すいてないか?」
膝の上から父さんを見上げると、言葉が通じたわけではないだろうがそんなことを返してくれる。
「起きてから飲んだから、もうちょっとあとかしらね? あ、そうそう。そろそろ柔らかいものから食べる練習を始めようって話をリデーナとしててね、そうしようって話になったから近々一緒に食事できるわよ」
「そうかそうか! それならみんなで一緒に食べられるようになるな。さて、ロレイナート頼んだ。少しの間大人しくしてるんだぞ?」
「かしこまりました」
ワシワシと頭を撫でられた俺は食事中に膝の上にいるわけにもいかないので、ロレイナートに預けられた。
リデーナともう1人のメイドは兄さんと姉さんの世話や給仕の仕事があるため、食事の時はロレイナートが俺を見てくれるようだ。
しっかりとしている兄さんはともかく、姉さんはまだ幼いから世話が必要なのも仕方のないことだ。
ブックマーク登録、評価等ありがとうございます! 増えるたびに嬉しくてモチベーションもグンっと上がりますね(*'ω'*)