69.勉強
午前の稽古の後、昼食を食べて少し食休みをしてから授業をする部屋へ向かう。
稽古と違って身体を動かすわけではないので少し早めの時間に開始となったが、食事後すぐにとなるとそれはそれで眠くなりやすいので、ある程度食休みとして時間を空けている。
俺たちはそれぞれ席に座るが、今日はアリーシアさんが姉さんと兄さんの間に座っているため、俺は少し端の方に寄って座っている。
アリーシアさんは少し緊張しているようだが、おそらく後ろで見守っているヒオレスじいちゃんたちのせいだろう。
父さんは仕事の関係で昼から出かけているし、その父さんが今日は森へ行くわけではないからか、じいちゃんはうちに残っている。
そうなると娘や孫たちが授業をしている間はさすがに相手にするわけにもいかないので、その様子を見学することにしたらしく、授業参観のようになってしまった。
「さて、今日はアリーシアちゃんもいるから、みんなで町や人のことを勉強しましょうか」
母さんは俺達が席についたのを確認してそう言うと、算数系では無いと分かった姉さんは喜んでいた。
「ライはもう1人で町へ行ったことあるし、エルも結構一緒に行ってるわよね」
「はい。みんな優しいです」
「私もそろそろ1人で行ってもいいの?」
「そうねぇ。今度何かお使いを頼むから、それをクリアできたらね」
「は~い」
「カーリーンはまだあまり連れて行けていないし、あまり覚えてはいないかしら……」
「ううん。村長さんとか親方とかは分かるよ」
「あぁ、そうねぇ。うちにもくるものね」
たまに母さんに連れられて村の方までは行ったことはあるが、町の方はあんまり連れて行ってもらっていない。
兄さんも家にいることの方が多いが、それでも町の方まで出かけたりしているときもあり、すこし羨ましい。
「アリーシアちゃんは王都で外出はよくするのかしら?」
「は、はい。お父さまが休みの日にはよく連れて行ってくれますし、お爺さまやお婆さまも連れて行ってくれます」
「うふふ。よかったわ。それじゃあいろんな人を見たこともありそうね?」
母さんに質問されたアリーシアさんは、緊張しながらも親やじいちゃんたちと出かけていることを嬉しそうに答える。
「それじゃあ、まずは"種族"についてから始めましょう。この世界にはいろんな種族の人が存在するわ。私達ヒト族の他にもエルフ族や獣人族、ドワーフ族に竜人族。ほかにもたくさんの人たちが暮らしているの」
「リデーナや親方やドラード達だね?」
「そうね。それじゃあカーリーンに問題よ。そのたくさんいる種族の中でも、1番多いのは何族だとおもう?」
「俺たちヒト族?」
「ふふふ、正解よ。それもあってヒト族以外の事を"亜人"という事もあるわ。ちなみに次に多いのは獣人族ね」
――そういえばまだ獣人族の人は見たことないなぁ。この国には亜人も多いって神様が言ってたし、ヒト族の次に多いなら会うのは簡単かな?
「そういえばみんな同じ言葉で話してるけど、それぞれの種族の言葉とかはないの?」
「一応普段私たちが話している言葉は"共通語"と言われている言葉になって、それ以外の言葉ももちろんあるわ」
「という事はそれぞれが別の言語も使えるのですか?」
言葉に関して気になったのは俺だけではなく兄さんも同じなようで、真剣な表情で母さんに聞いている。
「えぇ。そうねぇ、リデーナ何か言ってみてくれる?」
「かしこまりました」
今日はじいちゃん達もこちらに来ているため、ナルメラド家の執事さんとリデーナもこちらに来ている。
ロレイナートは父さんと一緒に町へ行ってしまっているが、授業の時は執務の仕事を手伝っていることも多く、先生役はほとんど母さんやリデーナがやっているので不思議ではない。
『私達エルフ族の言語は、こういう感じでございます』
壁際に控えていたリデーナは軽くせき払いをした後、今まで聞いたことのない言葉を言っているようだ。
というのも、俺は神様からもらった"言語理解"のおかげもあってか、普通に意味も分かりあまり違和感もないが、姉さんが驚いたような表情になっているのでエルフ語を話しているのは間違いないのだろう。
「このように、それぞれの種族特有の言語があるわ」
「俺たちが使ってる言葉が"共通語"になったのは、やっぱり人数が多いから?」
「そうなったと伝えられているわね。町で暮らしている人たちはだいたい共通語で大丈夫だけれど、全員が全員共通語で話せるわけじゃないのは覚えていてね」
「まぁ元々自分と同じ種族が使っている言葉があってそれだけで生活できるなら、わざわざ別の言語を覚えるなんて面倒そうだもんね……」
「覚えること自体は難しくないわよ? きちんとやる気があって勉強すればすんなり覚えられるわ」
『こんな風に、私もエルフ語を話すことができるからね』
母さんは途中からエルフ語で話す。
「習っておいた方が良いでしょうか?」
「なんでも知識があることに越したことはないわよ?」
「なら教えてほしいです!」
兄さんは頭もよく、授業の時も勉強内容が書かれている紙だけですんなりと学んでいて、知識に貪欲気味だ。
それでいて剣の方の腕も立つのだから、"物語の主人公らしい"と言われた父さんの血を濃く受け継いでいるのだろう。
――父さんはああみえて知識量もすごいからなぁ。勉強の時に関しては姉さんにかかりっきりなる事があるから、兄さんに手がかからないのは教える側も助かってそうではあるが……
「そうねぇ。リデーナをはじめ、使用人にもいるから頼んでみましょうか」
「リデーナとかロレイ、ドラードもいるから2つの言葉は教えてもらえそう?」
「何言ってるのよカーリーン。ロレイは違うじゃない」
「あ、い、いや、ロレイはたまに先生をしてるからいくつか話せそうだなぁと思っただけだよ」
ロレイナートが母さんとリデーナ以外には本当の姿を隠していることを忘れていた俺は、焦りながらなんとか姉さんをごまかす。
『幼かった頃に見たのを覚えているのでは?』
『でもあれはまだ1歳にもなってない頃よ?』
『本当にただの言い間違いでしょうか……?』
『うふふ。まだ3歳よ? 大人びてるとはいえ、あの頃の記憶があるとは思えないわ』
『そうですね……』
母さんとリデーナは俺たちに気づかれないようにエルフ語で会話する。
おそらく名前を言わないのは、言語が違っても名前の音で分かってしまうからだろう。
――まぁ聞き取れてしまってるけど、間違いなく俺の事だよな……
『それにしても、今も可愛らしいですが、あの頃も可愛かったですね』
『うふふ。あなたは世話をしてくれるからすごく懐いていたし、よく抱いていたものね』
『えぇ。お風呂に入れるときはお顔を真っ赤にされていましたが暴れることはなく、身体を洗われるときも大人しかったですしね』
「り、リデーナ!?」
「はい、なんでしょう?」
子供達には伝わらないと思って、俺にとっては恥ずかしい話を始めそうになったので、声をかけて止めることにした。
「お、俺にもエルフ語教えてくれない?」
「それはもちろん。よろこんでお教えします」
「むぅ~。お兄ちゃんもカーリーンも教えてもらうなら、私もやるぅ……」
1人だけのけ者にされそうになった姉さんは、しぶしぶと勉強の話を自ら受け入れた。
「私も教えてほしいけれど……覚える前に帰ることになりそうで寂しいです……」
「あと3日ほど滞在予定だから、頑張れば覚えられるぞ?」
兄姉に挟まれて座っているアリーシアが寂しそうにつぶやくと、後ろで見ていたヒオレスじいちゃんがそういう。
「そうね。やる気があるなら神様が手助けしてくれるわ。それじゃあ、アリーシアちゃんが帰るまでに覚えられるように、他言語の勉強を集中してやりましょうか」
「は、はい!」
――短期間で覚えるのは無理があるのではと思っていたけど、どうやら頑張って覚える気があるなら神様からそういう祝福的なものを貰えるのか。なんにせよアリーシアさんが嬉しそうでよかった。
予定変更で始まったエルフ語の授業はさすがに1日で覚えられるわけはなく、アリーシアさんが帰る予定の日まで続くことになりそうだった。
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